異世界から帰って来たらボッチだけど、魔法があるからそこそこ楽しい
こういう妄想……するよね?
次だ……次の一撃で決めるっ!!
「トドメだ魔王!!『魔を裂く光の斬撃』」
「ぐおおおおおおおおお……ぉぉ……っ」
はぁ……はぁ……。やった……やったぞ!!
「やったな、勇者!」
「えぇ、ようやくね……勇者」
「お前のお陰で世界は救われたよ……勇者」
俺の名前は真倉……いや、この世界では勇者。そう呼ばれている。召喚当時、齢十五才でしか無い俺に世界の命運を託すこの世界の人も、本当に救った俺も意味が分からないけど、女神との約束で仕方なく勇者を演じていた。
今から一年ほど前に突如として女神を通じ、この世界へと召喚された俺は、魔王を討伐すべく戦いの世界へと身を置いていた。
本当は堅苦しく、荘厳な雰囲気を出さないといけない勇者という役割は俺に向いてない。ふざけて冗談も言えないし、中二病的な行動も変に思われないし……もう飽き飽きしている。
「いや、これもパーティーとして頑張って来たからだ。ありがとう、剣士、僧侶、魔導師」
パーティーの結成からだいぶ経つが……別れの時を考えて、寂しく無いようにお互いに名前なんて教えない事にしていた。でも、意味なんか無かったな。いざ、戦友と別れるとなると普通に寂しくなる。
「勇者、魔王を倒したという事は……」
「あぁ、俺は元の世界へと帰る事になる。これは決まっていた事だ」
「それは、分かってる……分かってるけど……どうにかならないの?」
「僧侶の言う通りだぜ!……って言いたい所だがよ、勇者にも勇者の生きるべき本当の世界があるからな」
俺は現代の日本から召喚された日本の高校生だった。友達は少なく、親は仲悪くて、そこそこ貧乏な……普通の範囲から少しだけ下回っている高校生。
俺には、この世界の方がもっと上手くもっと楽しく生きられるのかもしれないが……やはり、元の世界へと帰りたい。
「勇者はこの世界より、元の世界の方が好きなの?」
「いや、この世界の方が好きだ。毎日大変だけど、楽しい日々だった」
「僧侶、お前の気持ちは分かるが……それでも帰る理由がある。そうだろ?勇者」
あぁ、この世界には魔法や不思議な力もあるし自然も美しい。だが――――飯が不味い。めっちゃ不味い。
味付けを間違えた……そんな優しい物じゃない。くそ不味い。同じ人の形をしているのに味覚だけ別の生き物か……?そう思う程に俺とこの世界の食材や完成した料理とは合わない。
熟成された高級なお肉と思って食べたら、一%しか原液の入って無い薄過ぎるカルピス味だった時の衝撃は……忘れられない。
「あぁ、俺は帰らなくちゃ行けない。今になって思えば、俺に頼らなくてもお前等なら世界を救えていたさ」
「いや、お前が居てくれたからさ。せめて、お前が居なくなった世界を平和に保ち続けてやるよ!」
「そうね……勇者が帰らなければ良かったって思える程に素敵な世界にしていくわ!」
なら、食の改善を求めるけど……味覚が違うから無理だろうなぁ。あんな肉を美味いと言っているお前達には気付けないもんな。
おっと……光の魔法陣。そろそろ帰宅の時間か。長いようで短い一年間。今更ながら、こだわりなんて全て捨ててしまおうか。
「真倉蒼士!それが俺の名前だ。ありがとう、この世界で最愛の戦友よ!!生まれ変わったらまた会おう」
言い逃げになってしまったが、俺はこの世界と仲間達に別れを告げて女神の部屋へと召喚された。
◇◇◇
『やっぴー、おつかれおつかれ~』
「やっぴー」
この、天界で流行っているという挨拶をして来たお方が先程まで居た世界の女神『ノノレン』様。『ノルン』じゃなく『ノノレン』。とても美しいお方だ。だけど、なんか軽い。
『真倉ちゃん。この一年間で成長したね!人族が召喚という方法を取ってしまったが為に連れて来られたけど……怒ってたりする?』
「していませんよ。むしろ、良い転機だと思ってますよ……自分の環境を変える転機だと」
言い訳かもしれないが、家では親の喧嘩に巻き込まれない様に部屋で大人しくしている子で、外でも貧乏で少しからかわれて……環境がいけないとずっと思っていた。
この世界に来てからようやく、環境だって自分から動かないと良いとか悪いとかじゃなく、何も変わらない……という事を学んだ。
「女神様、約束は覚えて居ますか?」
『勿論だとも。一つ、勉強に遅れるのは嫌だから高校入学からやり直させてくれ。二つ、この世界で得た技術、魔法を元の世界でも使わせてくれ。三つ、どうせなら一人暮らしをしたい。四つ、携帯も欲しい。五つ……』
よく、覚えているなぁ。自分で言ったのは最初の三つくらいしか覚えて無かったな。
「それで、その条件でいけますか?」
『だいたいはね。でも、条件付きのもあるのだよ』
やっぱり、条件というか制約かな?そういうのは世界が違うと有るんだろうな。
『まず、一つ目、さっきまで居た世界に転移した時に、元の世界で君に関する記憶は他人から辻褄が合う様に全て消されている。だから、神パワーで戸籍や何やらを弄ればだいたいオッケーさ。君の見た目は一年前の状態に戻しておこう。見た目だけね……それと、こちらの一年は地球でも一年だから……その点はごめんね』
うん。そんな話は聞いてないですね…………何それこわっ!!それってつまり、俺の事覚えてる人が居ないって事でしょ?しかも時間も経過しちゃって……あっ、考えてみれば不都合は特に無いな。
『二つ目、技術、魔法の事だけど……これも許可するよ。空気中の魔力の素を集めて発動する魔法だけど、真倉ちゃんの世界で言う所の二酸化炭素だから。むしろ、世界を混乱させなければ推奨だよ!』
二酸化炭素!?学が無いから知らなかった……。二酸化炭素にそんな可能性があっただなんて。エコじゃん、世界の誰よりもエコな人間になれるじゃん。バレない程度に使って行こう。
『三つ目、一人暮らしね。これも条件付きだけと大丈夫。戸籍上、天涯孤独にするか私や君の世界の神を仮の親として設定しておく事も出来るけど……どうする?』
どっちがいいんだろうか?……流石に未成年だと色々と制限されるし、親という設定はあった方が良いかな?
なら、どちらの神を親とするかだけど……ノノレン様だと世界が違うし、大変だよな。地球の神には会った事ないから分からないけど、話し易さならノノレン様がいい。
「一応、戸籍上だけでも親というのはあった方が良いと思いますけど……地球の神様は了承してくれますかね?こっちの世界を救った報酬ですよね?これ」
『それは心配しなくても大丈夫よ!話はしてあるわ……呼ぶ?』
呼べるの?呼べるなら会ってみたいし、お願いしてみようかな。
『おーい、アーセル!』
ノノレン様が空中に幾何学的な模様を浮かべ、そこに話しかける。アーセル……それが地球神の名前だろう。
『何用でしょう?あまり、呼び出されても……おや?その子は』
『ほらっ!この前話した子だよ。ついに、世界を救って帰る所さ!』
「初めまして、真倉蒼士です」
和服に黒髪ロングの大和撫子って感じだ。言葉が平坦で感情の起伏が少なそうだけど……。明るく軽いノノレン様とは正反対な感じだな。
『私は地球神ですし、貴方を知っていますよ。そうですか……私を呼んだという事は一人暮らしの件ですか?』
『そうそう!真倉ちゃんは親の設定を必要と思っているみたいでさー、アーセルにお願い出来る?』
「忙しいなら、天涯孤独でも構いませんよ?とりあえず魔法が使える様なので好きに生きてみようと思いますし!」
学校には通いたいと思うけど、無事に卒業出来れば十分かな。卒業後は、マジシャンとかになってほのぼのと暮らすのもアリだ。
『私が引き受けましょう。それでは私は先に戻り、世界をイジ……手続きをしてきます。ノノレン、携帯はアレをお願いしますね。では』
「ご足労有難う御座いました。それで……携帯も支給してくださるんですか?」
『そだよっ!しかも最“神”機種ね。はい、コレね』
手渡された携帯電話はスマートフォン……いや、裏側に小さい文字で『神フォン』と書かれていた。どういうことなの……。
『それはね、普通の携帯と同じ様に使えるけど……困った時の為に、私とアーセルに繋がるようにもなってるの!どう、凄いでしょ?』
「正直、ありがたいですね。ノノレン様に繋げば、剣士達の事も知れそうですね」
せっかくの戦友だ。戦いの後に楽しく暮らせているのか、少しだけ気にはなる。少しだけ。
『まぁ、それでも良いし、普通に電話してくれても構わないよー。五つ目の可愛い妹か姉が欲しいは流石に無理かな』
それは、もう良いですかね。そもそも、一人暮らしを希望しているのに姉か妹が欲しいとか訳の分からない事を言ってるな……一年前の自分は。
「そうだ、お金ってどうなりますかね?ポケットに金貨とかありますけど…」』
『あっ、なら丁度良いね!お金の説明をするね!』
ノノレン様によると、神フォンからお金の出し入れが可能となっているみたいだ。魔法を使って二酸化炭素を減らすと、その分アーセル様からお小遣いとして振り込まれるらしい。
さっき渡されたこの神フォンには、既にノノレン様から褒美としてお金を入れて貰っている。とりあえずで百万……入れてくれていた。
『その金貨を画面の上に置いてみて!』
「分かりました……んんっ!?」
言われた通りにしたら、金貨が消えた。もしや……と思って残高を確認すると、百万から二百万へと増えていた。金貨一枚、百万円みたいだな。
俺は手持ちの金貨や銀貨を全て神フォンに投入すると、かなりの額になった。これならしばらくは生活も楽になりそうだ。ノノレン様が金貨一枚しかくれなかったのは、他の報酬が豪華だからと思っておこう。
『さて、そろそろ説明は終わりだよ。真倉ちゃんは今から元の世界へと帰る訳だけど……君は何をするんだい?』
何をする……か。異世界へと行く。そんな貴重な体験をさせて貰ったからこそ、俺がしたい事しなきゃいけない事……そんなモノはとっくに決まっている。
「とりあえず、週二でコンビニスイーツを食べますね!よろしければ、ご一緒しますか?」
世界を救ったんだ、美味しい物を食べてもバチは当たらないだろ?
『ふふっ、お邪魔させて貰おうかな。向こうに着いたら神フォンの案内にしたがってくれ。では、またね。真倉ちゃん』
「えぇ、また」
――気付けば俺は、アスファルトで綺麗に舗装された路地の上に立っていた。一年ぶりの地球……この夜空よりビル群の方が眩しい感じ、懐かしい。そして、視線も少しだけ低くなっている気がした。
◇◇◇
神フォンの画面上に地図アプリを開くようにと指示が入っており、開いてみると……ルート案内が開始された。多分、これ通りに進めばどこかしらに着くのだろう。
「ふぅ……夜だし少し肌寒いな。このマントの……マント!?ヤベッ、着替えなきゃ!」
夜にマントで彷徨くのは危ない。しかも剣も帯剣したままだ……流石にこれはコスプレで誤魔化せられないな。よし、さっそくアレを試してみるか。
「『物置部屋』。そして、『仮の姿』」
『物置部屋』の中には色々と入っている……筈だった。向こうの世界の二酸化炭素じゃないから、別の『物置部屋』扱いになったのだろう。勿体ないが……とりあえず剣をしまっておこう。
そして、『仮の姿』……単純にいかにも勇者的なコスプレ姿に見えるのを、普通の服に見えるようにしただけだ。上部だけだから普通に触られたら違和感しかないだろう。
それよりも、とりあえずはちゃんと魔法を扱える事に安堵した。気分が上がりながらも神フォン通りに道を進み、目的地までようやく辿り着いた。
「ここは……」
プルルルルルルルルルル!!
「うぉっと!神フォンか……。はい、もしもし」
『アーセルです。目の前のアパートが見えますね?二階の一番奥が貴方の部屋となりますから来て下さい』
たしかに目の前にはアパートがある。……けして綺麗な外観とは言えないが、異世界だともっとボロかったし、その前にこの世界で住んでいた家もボロかった。その二つと比べるとマシだな。
俺は階段を上がって奥の部屋へと行き、表札には既に『真倉』と書かれているが……一応はノックをしてみた。
『入りなさい。開いていますよ』
中からアーセル様の声……という事はここが俺の家になるという事だろう。
「お邪魔します……おぉ!意外と綺麗」
『高校生が一人で住むならこの程度かと。とりあえず座ってください。色々と話しておきましょう』
部屋は二部屋とリビングキッチンで……この広さだから二LDKかな?一人暮らしにしてみれば広いくらいだ。
靴を脱いで中に入ると、そこは畳がメインのリビングで中央にはちゃぶ台と座布団。左側にはキッチン、奥に二部屋、右には風呂場とトイレがある。
とりあえずお話があるみたいだから、既に座布団の上に座っているアーセル様の正面に俺も座った。
「アーセル様、それで話と言うのは……」
『母です』
……ははっ。いや、違うか。どういう事だ……あれか?戸籍上は家族だからとりあえず母と呼びなさい的な。アーセル様がそういうなら呼んだ方が良いか。俺の生活はこの神様のお陰だしな。
「母様、それでお話というのは」
『……良いでしょう。話と言うのは貴方のこれからです。具体的には――』
要約すると、今は四月。既に同い年の人達は新一年生として学校生活はスタートしているらしく、俺は転校生としてここから徒歩で通える普通科高校へと二日後に入学する予定だ。この部屋の家賃は既に三年分支払ってあったり、制服や教材等も準備してくれていたらしく、感謝する事ばかりだった。
親の同意が必要な書類に関しては、とりあえず自分で名前を書いて良いらしいく、親を同伴させなければいけない場合だけ呼び出せとの事だ。何か分からない事があれば、神フォンで電話しろとの事である。
「母様、今更ですけどここって何処ですか?」
『住所や必要な事も神フォンに記載されていますが、ここは日本の東京の端の方ですよ』
そうか、前に住んでいた所とは違い、だいぶ都会に進出してしまったな。知り合いは居ないが……転移した時だって居なかったけど最高の戦友が出来たんだ、大丈夫だろう。
『では、母は戻ります。勇者のお務めご苦労様でした。今日から好きに生きなさい』
「……はい。この世界でお世話になります。母様」
アーセル様は帰っていった。明日は平日だけど一日フリーだし、この辺でも散策してみようかな。
今日はもう寝てしまおうと、俺は奥に二つある内の右側を使うことにして、布団を引っ張り出した。とは言っても、どちらも畳で似た様な部屋だけど。
◇◇
「そうだ、服を買いに行こう」
翌朝、快適な目覚めから洗面所で顔を洗った後に朝食を食べているとそんな事を思った。ネット通販でも良いけど、すぐに欲しいから買いに行った方が良いだろう。
そう思えば行動は早く、神フォンからお金を引き出して服装も偽り家を出た。空き巣は怖いから鍵をしっかり閉めて、鍵は無くさない様に『物置部屋』に入れておく。
「んん~っ!良い天気だなぁ。まだ八時だけど散歩でもしておけば時間なんてあっという間だろうし、行くか!」
快晴な青空の下、制服を着て学校へ行く者と何度かスレ違う。同じ制服だし、もしかしたら同じクラスになる人が居るかも知れないと思いながら流れを逆走して行く。
東京の端とは言っても、俺の住んでいた所よりはかなり栄えている。何故ならコンビニが多いからだ。それだけで十分に栄えてる。東京って凄い。
他にも激安スーパーや飲食店や雑貨屋……公園に本屋に色々だ。さっそく激安スーパーで飲み物や冷凍食品を買い、誰も居ない道に入って『物置部屋』に片付ける。便利だなぁ。
「別に重たい訳じゃないけどね。俺、一人で引っ越し屋出来るかもな!」
なるわけでも無い事を口走りながら街を散策し、ようやく開いた服の量販店でジャージや無難な黒や灰色のパーカーにジーパン。下着や靴下類も購入して行く。
買ってすぐに着替えようと店の試着室をまたお借りして、着替えを済ませた。よし、物凄く無難だ。裾は後で切ろう。
「ありがとうございました~」
店を出た俺が次に向かったのは靴屋。今履いている靴はいろいろと加護がついていて便利だが、少し仰々しいからな。
「いらっしゃいませ~」
「すいません、今人気の靴ってどれですか?派手じゃない感じで……」
半音くらい声が高くなった店員さんに色々とオススメされて、とりあえず無難な靴を二足くらい選択して購入させて貰った。靴って意外と高いのな。金はあるけど節約はしよう。
◇◇◇
靴も履き替えた俺は、完全に溶け込んだ。だからだろうか……平日の昼間にぷらぷらしている少年に警官が近寄って来たのは。
「きみっ!学校はどうしたんだ!?」
スキル発動 『嘘を真に』
説明しよう。このスキルは半ば洗脳に近いスキルである。勇者の威厳がスキル化した物で、ヤバいから普段はあまり使わないと心に決めている。
「風邪で早退して、今は病院からの帰りです。ケホッケホッ」
「そうか……早く良くなるといいな。お大事に!」
そう……。良心の呵責を覚えるのだ。人を騙すのは良くないな、使う時は使うけど。警察官にも止められたし、今日はもう帰ろうかな。
俺は神フォンを取り出して、自宅までのルート案内をして貰い……お昼を過ぎた頃に辿り着いた。この町は戦いの無い、実に平和な一日が流れているのだと思いましたね。
それに――冷凍食品ですら、異世界の高級料理より美味しいこの世界は実に素晴らしく、食の神とアーセル様に感謝を捧げざるを得なかった。地球最高。お昼御飯を食べ終わった俺はこの世界がいかに凄いのかを再認識していた。
◇◇◇
夜になり、ついに明日から学校へ行く俺は何度も神フォンを確認していた。そこのメモ欄に、明日の流れが書かれてあるからだ。学校の概要から始まり、何時までに事務室へ行くのかを入念に見直している。成功とまでは行かなくとも、失敗は避けたいからな。
十分な予習をした俺は――――八時に事務所に着く所を七時五十分に目を覚ました。
「着替えよし、荷物よし、神フォンもよし。行くか――『転移』」
転移。それは……転移。つまり遠くに移動できる魔法だ。異世界に居た時は、一度自分で確認した場所にしかいけなかったのだが、ここは日本。地図アプリなる物に航空写真という物がある。昨日の内に確認しておいて良かった。
こうして、学校の裏に来ることが出来たからな。二酸化炭素も削減するし、俺も遅刻しなかった。WINーWINだ。
まぁ、それでもギリギリな事には変わり無いし急ぎ目で生徒が入る玄関では無く、先生達やお客さん達が入る玄関口から入り目の前の事務室の扉をノックした。それを合図に――俺の学園生活が幕を開ける。
◇◇
「はい、静かに。四月のこの時期だが、転入生を紹介する。入って来なさい」
“男か?女か?”
“それにしても急というか……朝も特に何もなかったよな?”
“どんな子だろう?”
すまない。そこまで悪いとは思わないが、容姿も優れてる程じゃないだろう。あと男だ。掴みも一応は考えて来ている。よ、よし。
教室の中に入ると、視線を集める。それ自体は慣れた者だし平気だ。意外と落ち着けているし、大丈夫な気もする。
「初めまして、真倉蒼士です!結構遠くから引っ越して来ました。えっと……自己紹介変わりに得意のマジックを披露したいと思います」
『奇術師』じゃなく『魔法使い』だから、二酸化炭素さえ在れば他にタネは必要ない。
“マジックだって!”
“マジか、面白そうじゃね?”
“たしかにヤベーな”
「はい、私は今手に何も持っていませんね……指を擦るとだんだん煙が……」
“ん?なんか、あんな玩具あったよな?”
“俺もそれ知ってる……何だよしょーもない”
“つまんなーい”
凄いのはここからだ。奇術師と魔法使いの違いをみせてやろう。
「熱い……熱い……せーのっ!はい!!」
俺の頭上に掲げた指先から火柱がボッ!と立ち上がる。その光景に教室中の誰もが目を丸くして声も出せずにいた。
「これが、マジッ……」
プシャーーーーーーーー!!
おかしいな。ハハハ……水魔法は使ってない筈だけど……。
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!
火事です。火事です。一年一組から火災を検知しました。生徒は速やかに避難してください。
「真倉、職員室についてこい。……お前達はとりあえず教室の水を拭き取っておいてくれ。一時間目はその時間とする」
この日を境に学校でのマジックは禁止となり、俺は何かしら火を発生させる物を持ち込んだとして一週間の自宅謹慎となった。
一週間、とりあえず家では勉強と運動をしていた。謹慎が終わり、いざ学校へ行くも噂は既に立っており――。
「よしっ、学校終わり!さて、帰りますか」
友達は出来ない所か近寄って来てすらくれないけど……
「おぉ、リミザ!どうする?一緒に帰るか?」
『ピヨピヨ』
動物とも話せるし、魔法は使えて楽しいし……とりあえず、めちゃくちゃ楽しい毎日を送っている。ありがとう、ノノレン様、母様!
俺は、これからも魔法と共に楽しく生活を送っていけそうです!
「この数日、貴方を観察していたわ。まさか……私以外にも力を持つ物が居たとはね……」
「……リミザ、どこかに寄っていくか?」
『ピヨピヨ!』
さて、行きますかっと!
「ちょっと!無視するんじゃないわよっ!」
たしかに友達は居ないけど、俺にだって選ぶ権利くらいはあると思うんだよね。
――だが俺はこの時……この、頭のおかしな女子生徒に付きまとわれる日々が続くとは微塵も思っていなかった。
読んでいただき、ありがとう御座いました。
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