相棒は早くもダウン
3/17) 変更箇所はスキル名と2ヶ所の微妙な表現だけです
「えと……その…………何が出たんです?」
「ああ、『拠点購入画面』だってさ。これでテントとかを購入して、設置できるみたい」
「よくは分かりませんが、こっ……これで勝つる……です?」
勝つるかどうかは知らんが、光明は見えたかもしれん。
しかもだ、俺のスキル『拠点設営』によって現れた『拠点購入画面』と、その右下に現れた、57012ジェムという表示。
レベル1で購入可能な拠点の一覧と、その横にある数値をその値段とするなら、右下の数値は現在の所持金であろう。
そしてこの57012という数値は、俺が日本で所持するあるものの数値にほぼ一致するものだった。
それは預金額である。俺の10年間の血と涙の結晶である570万円、それを100分の1にした値なのだ。
拠点のラインナップとその値段を見ても、だいたい100倍すると日本での値段相当になりそうな値なので、100円=1ジェムという事なのだろう。
もしかしてこれって、使うと俺の預金額も減るって事なのか?
もし使い切ったりした後、何かのはずみで日本に戻されたりしたら……いや、それを考えるのは止そう。
今はこれを使って、どうにか生き残ることを考えるべきだ。
ちなみにレベル1で購入できる拠点はテントだ。
価格帯はだいたい100~1000ジェムってとこだ。
まずは試しに100ジェムの2人用テントを購入してみる。
素材が安っぽくて脆そうだが、内部の広さが横2mで縦1.5m、高さ1mと、俺でも横になれるサイズだ。
色は目立たないように濃いめのベージュを選択した。
購入が完了すると、『拠点購入画面』の横に『拠点設置画面』が表示される。
ただ、『拠点設置画面』で先ほど購入したテントを選択できたのだが、現れた設置ボタンが非活性となっていた。
どうやら、この場で設置することは出来ないようだ。
さもありなん、部屋の中だしな。
「試しに2人用のテントを購入したよ。明日にでも設置できる場所を探してみようか」
「はい…………もしかして、拠点が出来れば私の『通販生活』も……?」
「さあね、でも試してみる価値はあると思うよ」
俺達のクラスは、引きこもりに自宅警備員だからな。
自宅限定でしか発動しないとかいう、ふざけた制限だって普通にあり得そうだ。
そんな何処か浮ついた空気の中、ノックの音で我に還る。
「あけとくれ! 食器取りに来たよ」
いつの間にか木戸の外は暗くなっており、女将さんが食器の回収に来たようだ。
俺が食器の乗ったお盆を手に取り、扉を開けようと立ち上がると、小森ちゃんは慌てて毛布を被って隠れた。
この子はまったくもう……。
そのまま扉を開けて食器を返すと、女将さんは代わりとばかりに光を放つ石を差し入れてくれた。
「この光る石って何ですか?」
「なんだいあんた、灯り石も知らないのかい? こいつはね魔力を込めると光る石さね、高級品ってわけでもないけど安いもんじゃ無いからね、失くすんじゃないよ」
「へ~そんな物があるんですね。少し試してみても良いですか?」
女将さんが頷くのを確認して、光る石を持って魔力を込めようと頑張ってみる。
触ってみると石からポワポワした物が出ているのを感じた俺は、それに近い物が自分の中にもある事に気付く。
後はそれを操ってやるだけだ。
ポワポワした何かを手から石に移すと、すぐに光が強くなった。
簡単に出来たけど、俺って意外と器用なのかも。
そういや、パラメータの器用値は高めだったや、その辺の補正もあったのかもしれない。
「どこの田舎者かと思ったけど、なかなか上手いもんじゃないか」
「ありがとうございます。ちなみにこの石をいらかで譲ってもらう事は可能ですか?」
「灯り石ならそこらで買えるけどね……そろそろ灯りの魔道具に買い替えようと思ってたとこだし、買った時の半額、銀貨1枚でどうだい?」
俺はそれに頷き、銀貨1枚を対価に灯り石を手に入れた。
女将さんが出て行って部屋の扉を閉じると、小森ちゃんがモゾモゾと毛布から這い出して来る。
暗い部屋の中で、乱れ髪の小森ちゃんが這い寄る姿は軽くホラーだ。
ほら、前髪からチラリと覗く目とかも血走ってるしさ。
思わず灯り石に魔力を供給し、部屋を明るくしてしまったのは不可抗力だ。
これでもう怖くは無い。
「小森ちゃんも練習しておくかい? これで、魔力を扱う感覚に慣れると良いんじゃないかな」
「なるほどです…………その為に買ったのですね」
「まあね、灯りも必要だったし一石二鳥だろ」
自分で買っても良かったんだけど、店の場所も分からんし、取り急ぎ灯りも確保しておいた方が賢明だろう。
日本の都市部みたいに夜も明るければ問題は無いけど、外を見る限りそれも望み薄だ。
自前の灯りが無ければ、いざという時に身動きが取れなくて詰んでしまう。
ともあれ、小森ちゃんに灯り石を渡す。
その後、小一時間ほど魔力を込める練習をして、どうにか魔力の操作方法を習得したようだった。
放つ光が異様に強くなったりもしてたが、魔力を込め過ぎたのだろう。
その辺りの微調整は今後の課題として、その日は2人とも夜更かしせずに眠りについた。
翌朝、俺は日の出と共に目覚めてしまった。
こんな早い時間に起きるのは久しぶりのことで、やはり寝るのが速すぎたようだ。
それに何だか、全身がギシギシする。
筋肉痛とかとは少し違う痛みで、はるか昔に感じたことがあるようにも思えるが、どうにも思い出せない。
身体をほぐすように軽くストレッチをしていると、女将さんが朝食を届けてくれた。
食事はお盆ごとサイドチェストに乗せておく。
これから朝食を摂るのに、小森ちゃんを起こさないとならないわけだが、どう起こすべきか。
「小森ちゃーん、朝だぞー、おーい」
うん、起きないな。
あまり大声を出すのも近所迷惑だし、これはもう……良いよな?
まずは毛布をペロリとめくって寝顔を拝む。
少々童顔ではあるが、顔の造形はかなり整っている。
目の下のクマも昨夜ぐっすり眠ることで、だいぶ薄くなっている。
気持ちよさそうに眠る寝顔は充分に可愛らしい。
吸い込まれるように俺の手が動き、指先が彼女に触れた。
ツンツンとほっぺを突いてみると、柔らかい感触が押し返してくる。
少し肌荒れがあるが、さすが10代の肌は張りがあって瑞々しい。
花の蕾のように小さく愛らしい唇は――って、これ以上は駄目だ。
ふぅ、危ない危ない。
危うくおかしな扉を開けてしまうところだったよ。
いい大人がこの程度でと思われるかもしれないが、俺のメンタルの脆さは筋金入り。
アリの穴から堤も崩れると言うのだから、俺の理性など針の一突きで崩壊すること間違いなしだ。
それはともかく、今は小森ちゃんを起こさねば。
肩を揺するくらいなら、問題無いよな?
「おーい、起きろー」
「ぴゃっ!?」
呼びかけつつ肩を揺すると、小森ちゃんが飛び起きた…………のか?
一応眼は開いているので、目は覚めているとは思う。
しかし、ピクピクと震えるだけで一向に起きようとしない。
「えーっと、朝食だから起きてくれ」
「えと……先にどうぞ…………お腹空いてないので」
「そうか? まあ、先に食ってるからな」
俺はそう答え、先に食べ始める。
まあ、食いたくないなら無理強いはすまい。
苦行をこなすかの如く淡々と食べ物を口に運んでいると、「きゅるるる」という音が聞こえて来た。
「やっぱり、お腹空いてるんじゃ?」
「…………気のせいです」
「……そうかい」
そのまま食事を続けると、お腹の音がまたまた聞こえて来る。
仕方が無いと、ササっと自分の分をかっ込んで食事を済ませる。
「せめてスープくらい飲んだらどうだ、ほら身体に良くないしさ」
「…………」
「不味いのは分かるけど、少しくらいは食べたほうが良いと思うんだ!」
「えと……その…………違くて……」
俺の説得に対して小森ちゃんは微妙な表情を浮かべ、何かを言いたそうにしている。
「何か他に理由でもあるのか? なんだったら相談に乗るぞ」
「…………良いんですか?」
「もちろんだ!」
「でしたら…………食べさせてください」
「はあ!?」
「ですから、食べさせてください! 身体中が筋肉痛で動けないんですよ!」
ああ、それでピクピクしてたのね。
どうやら小森ちゃん、久しぶりに動いたから筋肉痛でダウン中らしい。
半日ちょっと動いただけでコレとはね。
期待を裏切らない子だよ、ホント……。