相棒は残念少女
俺が日本から持ち込んだ唯一のチートアイテム、トイレットペーパーをジャージのポケットに突っ込んで、召喚された部屋に戻ると、10人くらいいたはずが残っているのは、僅か2,3人。
俺を散々に罵倒していたツインテ少女も何処にも見当たらない。
残っていたのは、神官らしき爺さんが1人と、女性騎士が1人だ。
いや、暗い雰囲気で一瞬気付かなかったが、ブレザータイプの制服を着た小柄な少女も1人いる。
痩せぎすの彼女は、無造作に伸ばされた前髪で目が隠れてその表情は読めないが、猫背で下を向きなにやら落ち込んでいる様子だった。
その3人に、先導役の青年騎士と俺が合流し、だだっ広い部屋にたった5人。
随分と寂しくなったものだ。
「ただいま戻りました神官様、今はどういった状況でしょうか?」
「案内ご苦労じゃ。しかし、なんと説明すればよいかのう、正直困ったことになっておる……」
訊ねた青年騎士に、神官の爺さんが答える。
その後躊躇いながらも、ボサボサ髪の少女の様子を申し訳なさそうにチラチラと窺いつつ、今さっきあった出来事を順に説明してくれた。
爺さんの話によるとこうだ。
・俺が居ない間にボサボサ髪の少女が守護獣召喚をすることに
・召喚されたのは高潔な存在を好むペガサスであった
・ペガサスは召喚主を尻目に、ツインテ少女になつき
・ツインテ少女がこれ幸いと、ペガサスと守護契約を結び
・契約を結んだ1人と1匹は、友達らしき少年と部屋を出て行った
・爺さんの上司と他の騎士も、後の事を2人に任せて出て行った
で、召喚主に見捨てられたオッサンと、守護獣にそっぽを向かれた少女が残されたというわけらしい。
「えーっと、それでは私は用済みって事でよろしいですね? でしたら送り返して頂けません?」
「無理じゃ、少なくとも今のワシ等には不可能での。送還するには、最低でも魔王の幹部級の魔石が必要になるそうじゃ」
「あーやっぱり、そうなっちゃいますか」
うん、わかってた。
しかもこのパターンは、魔王倒しても帰れない奴じゃね?
「随分ものわかりが良いんじゃな?」
「まあ、ごねて今の状況が好転するなら、いくらでもごねますけどね。それに妥協や諦めは俺達にとって十八番ですからね……」
「残念な理由じゃのう、まあよい、ならばついでにワシの提案を受け入れてくるぬじゃろうか?」
「はあ、いいですよ。話の内容にもよりますけど」
もう毒を食らわば皿までって気分だ。
さっきちょっと強気に出れたのは、切羽詰まっていたからで、現在の俺は波にさらわれてるペットボトルの如くである。
「まずは前提としてじゃな、お主ら2人は既に戦力外と判断され、この後すぐに城の外へと出される事は決定しておる」
「そらまた急ですね、こっちの常識も知らずに放り出されるのは、さすがに厳しいと思うんですが……」
「大丈夫じゃ、最低限の常識はそっちの嬢ちゃんが学んだはずじゃ」
「ふぇっ……?」
爺さんに話を振られた少女は、首を傾げてあたふたしてるよ。
これ絶対ダメな奴だろ。
「なんかその子、めっちゃ首傾げてるんですけど……」
「きっと気のせいですよ、今は時間が有りませんので続けてください神官様」
「うむ。それでの、ワシ等も鬼ではないからのう、最低限の支援はするつもりじゃ。まずは当座の資金として銀貨10枚ずつ支給しよう。あとは……」
女性騎士が話を促し、爺さんも俺のツッコミを無視して続ける。
どうやら聞く耳は持ってくれなさそうだ。
あれよあれよという間に、俺と少女は2人の騎士によって身支度を整えさせられる。
俺は青年騎士によって腰に剣帯を巻かれて、左腰にショートソード、右腰に硬貨入った革袋を下げられた。その後、焦げ茶色のフード付きローブを着せられて完成だ。
少女のほうも同様の支度を女性騎士によってなされた。違いといえば、少女が下げているのがショートソードではなく、ナイフであることくらい。
「うむうむ、これでその見慣れぬ服を隠せるじゃろうて。さて、これで最低限の身支度は整えたわけじゃが、これだけではお主らが生き延びるの厳しかろうて」
「そらそうですとも」
「そこでじゃ! お主ら2人で守護契約を結ぶのはどうじゃろうか? いや、結ぶべきじゃな! 分かったら儀式を始めるぞい!」
「ふゅい!?」
「ちょっ!? その前に、まずはその守護契約とやらを教えてくださいよ! その子だって、凄く驚いてるじゃないですか」
「仕方ないのう、ならばよく聞くのじゃぞ……」
爺さんの説明によると、守護契約をすることで主に3つのメリットがあるらしい。
・レベルが共通になり、実質1人分の経験値で2人分のレベルを上げられる
・契約者同士が近くにいる時に使用可能なコンビスキルが発現する
・ほとんどのスキル効果を契約者同士で共有できる
とまあ、かなりいい感じだ。
どうでも良いけど、この世界ってレベルとかスキルが有るんだな。
そんな事すら教えずに放り出すとか、どうなってんだよという突っ込みは今更か……。
「なるほど分かりました。たしかに契約を結んだほうが有利そうですね」
「じゃろう。ならば今すぐ契約じゃ!」
「ふぇぇぇ~~~っ!!」
「むっ、待ってください。なんかその子、めっちゃ狼狽えてますけど……他に何か隠してません?」
「隠し事は、そうさのう、契約方法が口付けってことくらいじゃの。その程度たいしたことじゃなかろ?」
「それ、十二分にたいしたことでしょっ!」
今後の生活が懸かっているのだから、とやかく言える立場じゃないのは分かっている。
とはいえ、こんなところで、しかも人前でキスとかは流石になぁ……。
それに何より、俺みたいな中年オヤジが相手じゃ、彼女に対して余りに申し訳が無いだろう。
「やっぱり、どうにかならないんですか? ほら、彼女のためにもう一度、守護獣召喚をするとか……」
「無理じゃな、守護獣召喚が出来るのは人生で一度切りと決まっておる。試してみても時間の無駄じゃ」
「あの…………良いんです、もう……私も、こうするのが一番って、分かってます」
少女の幼げな声は、少々擦れてはいるものの、十分すぎるほどに愛らしいものであった。
「だから…………おじさんも……相手が私じゃ、嫌だと思いますけど……「嫌なんかじゃないさ!」ふゅい!?」
「あっ! 大声だしちゃってごめんね。けっして、君とするのが嫌なんじゃ無いんだ。その……キスって女の子にとって大切な物だと思うから」
つっかえつっかえでも、自分の意思を相手に伝えようと、必死に話すところにも好感が持てた。
だからこそ、彼女が自身を卑下するのを我慢できなかったのだ。
どうにかして彼女の誤解を解こうとするも、途中から自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
「えぇーい、まだるっこしいのう! お主も男ならしっかりリードせんか! 良い歳なんじゃから、口付けの一つや二つしたことあるのじゃろう?」
「……………………」
「…………お主、まさか……?」
爺さんのツッコミに冷や汗が一筋。
「はっははは、あっ、あるに決まってるじゃないですかー」
「……そうか、お主もつらかったんじゃなぁ。わかった、そう言う事にしてやろうの」
「あの……元気出してください、おじさん。私も……その……初めてですし」
爺さんが涙ながらに俺を慰め、少女が元気づけてくれる。
つうか30過ぎのオッサンと、10代半ばの少女を同列に語ってはいけない。
涙が出て来ちゃうじゃないか……。
「ではさっさと、契約の口付けを交わすのじゃ。騎士の2人も手伝ってやるのじゃ!」
「「ハッ! 神官様!」」
青年騎士が俺を、女性騎士が少女を羽交い絞めにし、向かい合わせになるよう移動させる。
つうかこいつら力強っ! 抵抗してもびくともしやがらねぇぞ!
「なーに、ちょっと触れるだけじゃよ。さあ、そのままブチューっといくのじゃ」
「「さあ! さあ! さあ!」」
騎士の2人が、精神的にも物理的にもプレッシャーを掛けてくる。
徐々に近づいてくる彼女は涙目で、羽交い絞めにされて宙に浮いた両足も、ぷらんぷらんと悲し気に揺れている。
長い前髪から覗いた目元は紅く充血して瞳が血走っており、目の下に深いくまが刻まれていることからも、日頃の不摂生が覗える。
肩にかかる長さのセミロングの黒髪は、洗い晒しのようにボサボサではあったが、よく見れば艶が有るしシャンプーの良い香りが漂ってくる。
少々痩せすぎで小柄な身体は、細い手足は不用意に掴めばポッキリ逝きそうだし、襟元から覗く鎖骨もくっきりと浮き出ているが、色白の肌はシミ一つ無く綺麗だ。
鎖骨に水を溜めればメダカくらいなら飼えるんじゃなどという、現実逃避の妄想は慌てて打ち消す。
骨格とかで見れば、全体的にとにかく素材は良い。
素材は良いんだけど色々ともったいない。
そんな彼女の顔が無情にも、刻一刻と近づいてくる。
「「さあ! さあ! さあ!」」
「あっ、ひぅ、あうぅぅぅ~~~」
「ちょ、おい、お前ら、うぶぅ」
「「……………………」」
「「………………」」
「「…………」」
「「……」」
ちょっとどころか10秒近く接触状態で固定された俺達は、どちらからともなく離れて力尽きる。
離れた後に頬を赤らめ俯いた仕草には、迂闊にもドキッとさせられてしまった。
そして……
「その…………責任、取ってくださいね」
ポツリと囁かれた言葉に、別の意味でドキッとさせられた。
なお、彼女の唇は少し荒れてて、かさかさで少しくすぐったかった。
今後の生活改善は必須だと記憶しておこう。
ヒロインの名前すら出てきてないのに!
次回にちゃんと出しますぜ
11/23) 全体的にちょっとずつ修正(ストーリーには影響なしです)