最終話【覚醒】
カイトに出会ったのは、中等部から高等部へ上がる進級の時だった。
中等部の三年の最後。
寮生だった僕は、暮らしていた寮から高等部専用の寮へと移動。
中等部の頃に仲良い友達などはいなかった僕は、移動中は空でも眺めたり一人寄り道したりを繰り返していた。
その道中に僕は、彼に出会った。
「おいお前!」
「……ん?僕?」
「そうだよ、お前だよ。他に誰がいるんだよ?ちょいと手伝ってくれないか?」
それが僕の始まりだった。
今まで僕は、一人で本を読んだり、散歩などをして日々を過ごしていた。
決して人と話す事が嫌いな訳ではない。
ただ、人と会話するのが苦手なだけだ。
「サンキュー、助かったぜ。えっと、そういえば自己紹介がまだだったな!俺は那須島カイト、気軽にカイトと呼んでくれ」
「僕は、北條幸村です」
「じゃあ幸村だな!よろしくな、幸村!」
それ以来、僕はカイトのおかげで日々を楽しく過ごす事が出来るようになった。
二人で馬鹿やったり、怒られたりとかもしたけど……楽しい日々を過ごしていた。
クラスメイトと話す事が出来なった僕でも、カイトとなら何でも出来る気がしていたのだ。
一緒に遊んで、一緒に笑って、そんな日常が僕にとってはかけがえのない時間だった。
それが今……目の前で失った。
心の中にあるガラス玉が砕かれ、記憶の中にある映像が破壊される感覚。
徐々に暗くなり、僕はノイズの中に堕ちていった。
『いやぁ惜しい。もう少しでお兄さんも殺せたのに。一番弱そうな奴斬っちゃった』
少年はそう言うと、カレンへと視線を流した。
『ねぇお姉さんも、そう思わない?』
「……っ!!お前ぇ!!」
カレンは目を見開き、力の限り氷の刃を高速で作り出す。
それを少年目掛けて、複数放った。
『おぉ、危ないなぁ。よっと、ふふん。そんなんじゃ、ボクに当てられないよぉ』
大鎌を振り回し、氷の刃を砕いていく。
「生徒会長!幸村と一緒に逃げてください!」
「しかし君は!?」
「すぐに追いつきます。先に行って下さい」
カレンは顔を見せず、背中で語る。
それは覚悟の表れだった。
蓮はそれを感じ取り、すぐに幸村を運び出すのだった。
「幸村君、幸村君?」
蓮の声は届かず、幸村は彼の名を呼び続ける。
そんな蓮は見てられず、早急にその場から幸村を抱えて離れていった。
「幸村を任せましたよ。〝天月先輩〟」
『お姉さんがボクの相手?嬉しいなぁ、ボクを楽しませてよ!!』
「ここから先には行かせない!私がアンタに教えてあげるっ!」
『――っ!?』
氷の刃を放ち、少年の体勢を崩す。
そのまま飛び上がり、少年を殴り飛ばした。
少年はすぐに立ち上がり、何をされたかを確認する。
「痛かったでしょ。私の能力は空気中の冷気も利用できるだけじゃない。私の身体を自由自在に凍らせる事が出来るのよ」
カレンはそう言いながら、少年を殴った腕を前へ向ける。
その腕は、拳から肘にかけて凍っていた。
ドライアイスのように冷気を放ちながら。
『これは、楽しめそ♪』
少年はそう言って、不気味な笑みを零すのであった。
「幸村君、しっかりするんだ!」
幸村の肩を揺らし、蓮はそう叫ぶ。
だが声は届かず、能力が見え隠れするようになっていた。
「これは……」
限界だな、と蓮は思った。
能力は能力者の精神状態に影響を受ける。
それは精神状態が堕ちれば堕ちるほど、能力の暴走度は増してしまう。
そして暴走する能力は、体力を著しく消耗させていく。
幸村の状態は、能力が暴走しようとしている傾向にあった。
校舎で発動していた片目の光は、両目になり手も足も人間のではない物が見え隠れしているのだ。
蓮はそれを見て、幸村の抹消されていたデータを思い出す。
能力者のデータベースには、通う生徒の情報を掲示されている。
だが何度確認しても、北條幸村という生徒のデータは更新もされなかった。
成績を上げれば、他の生徒は更新される。
だが幸村だけは、更新も何もされた形跡も更新される気配も無かったのだ。
……明らかに不自然だ。
『やっと、追い着いた。みぃつけたぁ♪』
蓮は考え事をしていた所為で、反応を送れてしまう。
身体を硬化する前に、片腕が少年の鎌の餌食となった。
「あぁあぁあぁあぁあぁ!!」
痛みが叫びとなり、血が地面へと滴り落ちる。
少年は斬り落とした腕を持ち、蓮の足元へと投げる。
『お姉さんの能力なら、くっつける事が出来るんじゃない?さっきのお姉さんは、出来なかったけど』
「……!?彼女は!彼女はどうした!」
『どうしたって。そんな事、ボクがここにいるのが答えでしょ』
森林地帯の中、一人の少女が木に座り込む。
……否。座り込めてはいなかった。
上半身が切断されている状態。
そのまま少女は、どこかを眺めるように倒れこんでいた。
その方向は、幸村たちが逃げた方向。
身体能力を向上させる蓮には、その状態を強化した視力で確認する。
『あー、これ。そこで虫の息のお兄さんにおみやげ♪』
少年はそう言いながら、幸村の傍へそれを投げる。
壁を背に座り込む幸村に見えるよう、肉眼で確認できるように……。
「……(ドクン)」
投げられたそれは、カレンの足とカイトの首だった。
それを見た幸村は、無意識に鼓動が跳ね上がりその姿を変貌させた。
「ゆきむら、くん?君は……」
「……ぐるぅぅぅぅぅ」
――能力は獣人化。
能力リストの中で、それを蓮は思い出す。
そしてそのリストに書かれた、獣人化の特徴を口にしていた。
「……君は、科学者に作られた、存在。獣人化の発動条件は、絶望と怒り……」
『……へぇ。お兄さんが、ね』
獣人化した幸村は、遠吠えする。
嘆き、絶望し、怒り狂う番犬と化して。
その姿は、群れを失った狼のようだった。
――北條幸村、それが僕の名前。
『これで完成ですね』
『ああ、素晴らしい出来だ。まさか交通事故にあった固体から、ここまで進化するとはな』
科学者はそう言った。
これは記憶だ。
忘れていたはずの……いや、忘れさせられていた記憶だ。
見た瞬間、それは確信した。
――僕の名前?本当に?
呼ばれて、微かに感じる心のざわめき。
本当にそれは本物なのだろうか?
僕の家族は、目の前にいる人たちなのだろうか?
僕自身、本物なのだろうか?
――分からない。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない……。
――僕は、誰?君は、誰?
『……ふっ……』
僕は目の前にいた影に、喰われた。
「ぐるぅぅぅぅぅ」
『ははは、いいねぇ!いいよぉお兄さん!もっと、楽しもうよ!』
「がう、がう、がう!!」
幸村が振るう拳は壁にぶつかれば砕き、足を振れば空気を切り裂く。
笑ってはいても、少年は防戦一方になっていた。
『これは、どお!』
鎌を振り、飛び上がる。
そのまま少年は向きを変え、背後へと回り込んだ。
『取った!――へ?』
一瞬でも首を取ったと思った少年は、油断する。
その油断を獣人化した幸村は、見逃さなかった。
意識がまだあるような動きで、鎌が振り切られる直前、少年の身体を殴り飛ばしたのだ。
遥か後方へ吹き飛ばされ、少年は起き上がるのに時間が掛かる。
『負ける?ボクが?』
少年は走馬灯のように、過去の記憶が巡る。
拾われる前の記憶。
ボロボロの服、ビンで殴られる瞬間。
そして、周囲からの嘲笑い。
それを思い出し、少年は起き上がり空中へと飛ぶ。
『ボクは負けられない!!ボクはもう、誰にも!!』
「……っっ!……」
獣人化した幸村の放った拳は、少年の胸を貫く。
少年の身体から、大量の血飛沫が溢れる。
振り落とし、雨が振る空へと吠える。
「……幸村君?」
「……?」
遠吠えを止め、ゆっくりと振り向く。
喉を鳴らし、声の主へと身体を向ける。
「北條幸村!目を覚ませ!もう仇は終わりだ!もうこれ以上、手を汚す必要はないんだ!」
「ぐぅ……あぁ!」
幸村に声は届かず、蓮に勢い良く向かう。
殺意を向け、睨み、黒く真っ黒に。
「くっ……」
蓮は避けきれず、幸村に首を捕まれる。
「っっ……うぅ……ゆき、むら」
「ぐるるるるる!」
蓮は幸村の腕を掴み、片手ながら抵抗する。
そして思いっきり、蓮は幸村へ叫んだ。
「幸村!聞こえてるなら、聞け!お前が今しようとしてるのは、お前の大事な者たちを殺した奴と同じ事だ!そんな事をすれば、いずれはお前が憎しみの相手になる。この先の生きる道、お前は二人の犠牲を無駄にする生き方をするつもりか!!聞こえているなら、答えてみろ!幸村ぁぁぁ!!」
――声?誰の声?
朦朧とする意識の中、微かに聞こえた声。
その言葉は、何か胸に刺さる物がある。
〝幸村ぁ、飯に行こうぜ!〟
「……カイト。うん、すぐ行くよ」
不意に言われた言葉。
だけど僕の脳裏に、赤い記憶が遮る。
――これは、何?……カイト?
〝どうした、熱でもあるのか?〟
カイトは手を伸ばし、僕の額に手を伸ばす。
「ゆき、むら……逃げ、ろ」
――カイトの言葉?でもカイトは目の前に……。
カイトが、死んだ?
僕の、目の前で……。
〝幸村、聞こえてるなら、聞け!〟
――だれ?僕を呼んでる?
でもカイトがいるなら、ここに。
でもこの声は……。
『どうして迷う必要がある?』
――誰?
『ボクは僕さ。君の中に作られた、僕』
――もう一人の、僕?
『違う。ボクたちは一つの固体。別々の意識の集合体さ』
――別々の意識?
『そう。ボクが生まれたのは、君が事故にあった日の後だ。覚えているかい?』
――……覚えて……。
『いないだろうね。君は全ての記憶を忘れているんだ。だけどそれは必要ない。ボクにさえ任せていれば、全部上手くいく。だから……ボクにその身体、譲りなよ』
――僕は……。
『さぁ、こっちへ』
僕は足を進め、僕の元へと向かう。
だがその瞬間、肩を叩かれた。
振り向いた時、目の前は光り輝いていた。
――ごめん、僕はそちらには行けない。
『……どうして?君の世界は苦しい、そう思っているんだろう?』
――確かに世界は苦しいよ。
『なら!』
――でもね……。
「僕には、帰らないといけない場所があるんだ!」
光り輝く場所から伸ばされるその手は、僕の知ってる手だ。
〝生きて、幸村〟
〝生きろよ、幸村〟
「うん……ありがと。僕、行ってくるよ」
僕はその光に背中を押され、暗闇の世界から輝く世界へと戻っていった。
「幸村!幸村!」
獣人化が解け、幸村は気を失った。
蓮は幸村を抱え、雨上がりと共に姿を消したのだった。
幸村は考える。
光り輝く階段を昇りながら。
――目を開けたら、何て言おう。
大きく聳え立つ扉。
前に立ち、扉に手を当てる。
――やっぱり、僕の好きな言葉にしよう。
そう考えながら、幸村は扉を開ける。
病室で、少年が目を覚ます。
窓の外から吹く風は、少年の頬を撫でる。
「あぁ、起きたか」
傍らから、声が掛けられる。
少年は笑顔で、こう言った。
「おはよう」
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!
作者のみっきーと申します。
「ギフト」はいかがだったでしょうか?
面白かったでしょうか?それとも物足りなかったでしょうか?
それとも満足は出来なかったでしょうか?
個人個人で、いろいろと差があるかもしれません。
それでも最後まで読んでいただき、本当に感謝致します。
ですが、「ギフト」はこれで終わり・・・ではありません。
この作品は、アニメでいう二期を考えております。
第二期をお楽しみに!
ありがとうございました!!!