第二話【フラッシュバック】
――僕たちの願いは、自由だ。
幸村は、寮の屋根の上でそう考える。
訓練中の怪我は、学園の医務室によっては治療が行われる。
その為、生徒会長『天月蓮』に蹴られたカイトは学園で集中治療をしている。
天月蓮。彼女の持つ能力は、肉体改造。
自分のイメージした事をそのまま肉体へ意向し、改造する能力。
その為、訓練を受けなくても彼女は常人の遥か上の力を持っているのだ。
この学園にいる大人たちは、彼女にだけは慎重に行動するらしい。
「カイト、大丈夫かな」
「大丈夫でしょ?怪我するのは、いつも通りなんだから」
幸村の呟いた時、下から声の主が窓から顔を出していた。
その者は風呂上りなのか、まだ髪の毛が軽く濡れていた。
「カレン。ちゃんと乾かさないと風邪引くよ?」
「お母さんみたいな事言うのね。心配してくれるのはありがたいけど、私はそんなにか弱くない!」
カレンは宙返りをし、窓から屋根へと軽々とした様子で幸村の隣へと座る。
「ね♪」
「そんなドヤ顔で言われても、僕は何も突っ込めないよ」
「ノリが悪いのー」
カレンはジト目で幸村を見て、そう言った。
「幸村はカイトの事になると、本気で落ち込むから放っておけないよねホント」
「別に落ち込んでなんか……」
「落ち込んでるでしょう?たまにクラスで話題になってるんだから!実は幸村とカイトは、禁断の壁を越えてるんじゃないかぁって!」
「禁断の壁って……何を想像してるんだ」
幸村は、困った表情でカレンを見ていた。
「どうしてそんなに、カイトを大事にしてるの?家族でもないのに」
「僕にはその家族がいないから、同じくらいにこの学園に入ったカイトを兄弟と思ってるのかもしれないなぁ。僕が勝手に、だけどね」
「ふーん。幸村はここに来る前、何をしていたか覚えてないの?」
カレンの言葉に、幸村は思考が止まる。
「……分からない」
幸村は小さくなり、体育座りをした。
「僕には何にも無いんだ。何かを思い出そうとすると吐き気がして、何かに遮られるようにして……」
「……もういいよ、幸村。ごめん」
「どうして」と幸村が聞こうとしたが、すぐに遮られた。
カレンは悲しそうな顔をしていたからだ。
そして何より、その目に映る自分の姿に驚いたからだ。
カレンに目に映る幸村は、泣いていたのだ。
「ごめんね、こんな話して。私はただ、もっと幸村を知りたいと思っただけなの。今日はもう、寝ようか」
「……うん。おやすみ」
「うん」
屋根の上に取り残された幸村は、星の海をただ眺めていた。
翌日、見舞いを兼ねて幸村はカイトの病室へと足を運んだ。
幸村が想像してたものとは違い、怪我は軽く意気揚々としたカイトの姿を確認出来た。
「一時はどうなるかと思ったぜ。あの人、マジで蹴るんだもんよ」
カイトは自分の腹部に手を乗せ、そう言った。
その様子を見て、幸村は笑顔になる。
「無事で良かったよ。カイトが格闘漫画みたいな血の吐き方してたから心配で」
「どんな吐き方だ。そして何だその例え方は」
コンコン。
突然のノック音に、幸村とカイトは声を発するのをやめる。
「……どうぞ」
カイトはそのノックに対し、先程よりトーンを落として言った。
『やぁ、那須島カイト。怪我の具合はどうかね?』
その訪ね人は、意外な人物であった。
「あ、天月蓮……生徒会長」
「なんでここに……」
『何だ?鳩が豆鉄砲を喰らった顔をして。私が怪我をさせたんだ。様子を見に来ても、可笑しくはないと思うが?』
「それは、そうですけど」
幸村は黙り、彼女を観察していた。
そして、平坦に幸村は呟いた。
「生徒会長。僕の家族に、次怪我させたら許しませんよ」
「――おい!ゆきむ、ら?」
カイトは驚いて、言葉が途切れる。
何故なら、普段穏やかな幸村の表情が別人のような雰囲気を纏っていたのだ。
『ほう?次はお前が、私に蹴られてみるか?彼だって、立ち上がるのに随分時間が掛かったんだ。お前の体格では、その倍の時間は掛かってしまうぞ?』
「幸村、落ち着け。今のお前じゃ、生徒会長には。そもそもあの時サボってた俺たちの責任だろ?」
『お友達は、こう言ってるが?』
カイトの言葉は最もなのだ。
カイトの能力は開花はしていても、まだ覚醒したばかりで生徒会長には歯が立たない。
そして幸村に関しては、まだ開花すらしていないのだ。
あるのは、幼少期にかすかに覚えている暴走の記憶。
しかし逆に言えば、暴走の記憶しか幸村の中には無いのである。
学園に通う生徒のデータは、随時更新されている。
そして生徒会長である彼女は、そのデータベースにアクセスする権利を持っている。
そして当然、幸村に関する情報も知っているだろう。
『お前は確か、まだ能力値の成長が確認されていない落ちこぼれではないか。私の知らない内に、能力が開花しても可笑しくないがね』
彼女は幸村に近づき、耳に口を近づけた。
『……また暴走して、大事な者を失うぞ』
「――っ!?」
その言葉によって、幸村の記憶の一部がフラッシュバックする。
頭を抱え、幸村の脳内で思い出したくない映像が流れ込む。
「うわぁあぁあぁあぁあ!!」
「幸村っ!」
幸村は自分の肩を抱き、小さく震える。
『ショック療法というものがあるだろう?私はこいつの為に、協力をしてあげただけなのだがな。何を睨む事がある?那須島カイト』
「アンタ、それでも人間か?今アンタがやってるのは、非道な科学者とやってる事と一緒だぞ!」
『この学園の方針は、能力の目覚めた者は優遇し、目覚めない者へは処分と決まっている。このままでは、北條幸村は処分という結果なるぞ。それでも良いなら、私は構わんよ』
「……外道がっ!」
カイトは吐き捨てるように、彼女を睨む。
その様子を嘲笑うようにして、彼女はニヤリと口角を上げていた。
「……そこまでにして、頂けませんか。生徒会長」
病室の外から、そんな声が投げられる。
彼女は振り返り、その声の主の姿を確認する。
「カ、レン。何でここに?」
カイトはその声の主を見て、咄嗟にそう聞いた。
「私のクラスメイトがこの病室の近くで、治療してもらってるの。それで戻ろうとしてたら、聞いた事ある声で悲鳴みたいな声が聞こえてくるじゃない?そしたら生徒会長が、私の大事な友達に何かしたみたいじゃない」
カレンは天月の隣に並び、睨みつける。
「一体私の友達に……何したんですか。いくら生徒会長でも、殺しますよ」
カレンがその言葉を発した瞬間、その場の空気が凍ったと思わせる程寒気が走る。
いや、実際に凍っていっていた。
二ノ宮カレン。彼女の能力は、氷雪系の能力の使い手である。
そして怒りによって、無意識に室内の空気干渉してを凍らせているのだ。
『ふむ。室内でお前とやるのは、どうも分が悪そうだ。今日の所は、引き下がるとしよう』
ニヤリとしながら、彼女は身を翻して病室から出て行った。
「……ふぅ。幸村、大丈夫?幸村?」
カレンは幸村を抱え、幸村の安否を確認する。
「大丈夫。気を失ってるだけみたいだ」
「そんなの見れば分かるわよ。とりあえず私は幸村を寮に運ぶね。アンタも、早く怪我治しなさいね」
「あぁ、分かってるよ。幸村の事、任せるぞ」
「うん。幸村を守るのは、私たちの義務だからね」
カレンはそう言葉を残し、病室から出て行った。
カイトは一人ベッドの上で、夕暮れになる窓の外を見て口を開く。
「義務じゃない。約束だ」