水に映る月
胸悪ネタあります。 注意!
え? 彼らの末路に良心の呵責?
え? …… ああ! そうですわね… まあ、目の前で事故に遭う方を見た程度には痛ましいと思ったりはいたしますけど?
他人事のように? 私の責任?
うーん、そもそも私がやっているのって、へべれけに飲酒して速度大オーバーで飛ばしてる車の、進路上の路面状態を悪くしてみたり、注意を散らすような掲示をしてみたり、といったことですし。
そもそもまともに進んでいる方なら引っかかりませんし、引っかかってもたいしたことにはなりませんわよ?
今まで大丈夫だったから~ って、問題あるままやってらっしゃるから派手なクラッシュになるんですわよ? むしろそういった方、慣れが出て悪化していくものですし。
くすくす。 『今まで大丈夫だった』と『今後も大丈夫』 に なにか因果関係ありまして?
そうですわね。 お兄様なんか血の繋がりはあったのですけどね。
もっとも前世の記憶あると、どうしても客観的に見てはしまいますけど。
そうですわね。こちらの世界自体も客観的に見てるところはありますわね。いえ、元からでしたかしら。
ああ。「私」の目覚めが、ずいぶんインパクトのある状況だったせいもあるかしら?
なにせ目の前に人の足がぶら下がっていて。ええ、実体の有る物が。
床に座り込んだまま見上げると「わたくし」の知っている顔が首に紐を巻きつけてみたことのないかおをして……
「わたくし」は「私」とおなじだからいっしょになって… そして同化した「私」の知識でぶら下がる彼女の肌に残る痕や乱れ破れた服から何があったかどうしてそうしたのか「わたくし」も理解してしまって…
…… 優しくて懐いていた侍女。幸か不幸か見目もそれなりに良く。昨夜はだだをこねて引き留めて。
大叔父様。いつもお酒の匂いをさせて大声で誰彼構わず話しかけて掴まえて。侍女たちは陰でひそひそと、時折怖い顔をして見ていて。
昨夜はパーティ。わたくしは子どもだから早めに部屋へ。引き留めた侍女は帰りそびれて。大叔父様も昨夜は来ていて。普段は別の屋敷だけどよく王城内もふらふらと。それできっと遭った。遭ってしまった。
こっそりと好きな人がいるとわたくしにおしえてくれたのに。わたくしのせい。わたくしがひきとめなければきっとあわないでこんなことにも…
「え? ひっ! きゃあーっ」
「どうした… 姫様、こちらへ! 誰か!」
そして「私」を識った「わたくし」は願った。
「わたくし」ではない「私」なら可能なのね? おねがい。ひどいことをした大叔父様をこらしめて。こんなふうにひどいめにあうひとをいなくして。わたくしをあげるからおねがい…
「私」ではなく、育まれていた今世の「わたくし」、そのまま心の奥底で閉じこもって…
「私」の呼びかけや慰めにも「わたくし」からの声は返らなくて…
そうして「私」が第一王女、ローレライに。
本来のこちらの「わたくし」。貴女は悪くない。
でもそうね。こうなってしまいましたし希望は叶えましょう。元々「私」の意思ともさしてズレは無いですしね。
それから「私」は、こちらに慣れつつ情報収集を。
一部の記憶や感性は「私」の中に取り込まれておりましたものの、大部分はぼやけてしまっておりまして…。
とはいえショックのせいということで納得されておりましたけど。元々幼かったことも良かったですわね。
依然「わたくし」から、はっきりした意志は返らないものの、時折感情は伝わってきて。
特に当時赤ちゃんだった弟を見たりすると、胸にぽかぽかしたものが。
試しに、庭で見かけた猫を撫でてみると、わくわくするような感じが。
「私」はそこまででもなかったはず。
動物? 餌やってほどほどに構うと直ぐに懐くモノじゃ?
お兄様?
前世の記憶を取り戻してから、初めてお会いした時に、
「おまえはしょせんソクシツの子なんだから、せいぜいつぎの王のおれのヤクにたつようにしろ」とか、
「せいぜい見た目をミガイテ、男にキニイラレルようにしろ」 とか、おっしゃって下さって?
ええ、ご多分に漏れず、寵愛はうちの母親たる側室に。正妃は尊重されてはいるけど、煙たがられてもいる、という王族ご家庭事情ですわね。
人前であからさまな態度に出す方ではないのですけれど、我が子の前ではそれなりにぼやいていたのでしょうね。
「私」が初めてお会いした時はそのようなかんじで。それ以降も似たような有り様でしたからね。
まだ子供ですから、最終的な判断を下すにはちょっと、ですけど「私」としては『あまり好きではない』ですかね。
「わたくし」もそれに反する感情はありませんでしたわね。どちらかというと「私」の意見に同意しているような。
ああ、そういえば。 絆とは紡いでいくもの、でしたっけ? 良い言葉ですわね、ええ。
まあ、ある程度大きくなりましたら、王女は私一人ですから利用価値を認めてと、女だから敵にはならないと認識して突っかかっては来ませんでしたけど、弟にはねえ。
出来の良さを隠しなさい、とアドバイスしてそれなりに落ち着きましたが。おかげで時々醒めた目をして兄を見ておりましたわ。
え、私の影響? えーと、どうでしょうか…
さて、大叔父様。
あ~、これは… 文化的な差異もありますのね。青い血という言葉で表されるように、貴族は平民とは一線を画すモノ、という認識ですのね。
最近はだいぶ緩和されているようですけど、大叔父様の兄であるお祖父様の時代の教育ですと…。
曲がりなりにも王族でしたし、下の者は、すべからく同じ人間では無いと感覚的に本気で思ってらっしゃる。
お兄様たちも、ある程度はそう思ってらっしゃいますのね。前世の記憶が有る身としては、違和感はありますが、そもそもの社会が違いますし、今はまだ許容範囲内ですけれど…
そもそもその観念の無い人間に理解させるのは…。
仕方ありませんわ。この際、これ以上の犠牲を出さないための、駆じょ、いえ排除を優先しましょう。
さて。 独学で魔法もいろいろと習得し。 水で作った着ぐるみモドキで別人に擬態。
水を操って城壁を乗り越え、屋根の上を移動して目的の屋敷へ。
おやおや、ずいぶんと爛れた生活ですこと。あの方々はまだ商売でしょうけど…。
ふうん。気持ち良くなるお薬までですの。 あら?
ろれつの回らない怒号と共に、子供が飛ばされて来て。
丸くなって頭を庇っているのを、さらに蹴りつけている。
しばらくして大叔父が去った後、眺めていると、ふらふらしながらもなんとか子供も起き上がって。
ずいぶんと栄養状態の悪そうな…。 ここでは真っ当な世話も期待できませんでしょうし。
ああ…、今日は下見だけで実行は準備を整えてから、と思っていたんですけど… 飢え死にかしら。打ち所が悪くて、でしょうか。
このままだと遠からず…
残念ですわ。じっくりとおもてなしさせていただきたかったのに。 せめて、ね。
<次の日、この国の先王弟であった者が亡くなっている姿が発見された。特に不審な点は無かったので、元々奢多な生活振りが知られており、それが祟ってのことであると判断された。
なお、遺体の形相は変わり果て、亡くなるまでにずいぶんと苦しんだことを窺わせた。
とかく悪い噂も絶えなかった人物であったので、それを聞いて快哉を叫ぶ者も多かったという。
なお、屋敷には手を付けた使用人に産ませた子供が、母親を亡くし引き取られていたが、哀れに思ったとある王族が従者として引き取ったという>
さてと。一応は気が済みましたかしら。
ふふ。ご協力ありがとうございました。おかげで実践的な力の効果、把握できましたわ。さすがに年齢と体格との問題で直接戦闘は厳しいですからね。
水魔法って対人には便利ですわね。人体の大部分は水ですし、血も水分ですから。
しかも一部滞らせると、ねぇ? 心筋梗塞だったか脳梗塞だったかって、前世では死因として多かったはずですわよね。
それに水って大気中にもありますから、それを集めて操ってもいいですし。
ではさっさと… って、さっきの子ーっ!
屋敷の中で行き倒れ…。 人気のない所を選んで進んで来ていれば…。
えーっと、これはどちらかしら。
まずはざっと治癒を。 … 骨折がいくつか。いっぱい打ち身。
あとは、ここに有る物だと… 仕方ない。クッキーのペースト水分増量バージョン。 よし。飲んでる。
なんとか持ち直してぼんやり目を開けたのを確認して、脱出。帰還。
ええ、まあ途中、ちょっとしたトラブルはありましたけど…