恋の花の付ける実は
ヤンデレルートへようこそ~♪
とある屋敷の片隅で、ヒロインだった少女の、声にならない悲鳴が響きます。
お城から出ていかきゃいけない日。
「セルピナ。我が家にあなたを迎えさせて下さい」
え~、来てくれたのナルキスだけ? ロースタスは?
え? ロースタスまで火事で? 本当どうしちゃったの?
まあ、ナルキスも悪くないし、いっか。
「ありがとう。うれしいわ」
それが悲劇への入り口。
お城と比べたら見劣りしちゃうのは仕方ないけど、それ抜きにしてもなんだか辛気臭い屋敷ね。
人気もないし…
「急なことで用意も行き届いておりませんけど、まずお茶でも飲んで落ち着いてください」
飲みながらお屋敷の改装についてお話してたんだけど、あれ、なんか眠く…
… え? ここどこ!?
え? なんか手足が動かない… 声も出な…
「ふふ、セルピナ。これで私だけのものです。あちこちの男たちの間をひらひらと飛び回っていけない子ですね。もう飛び回れませんし、どこへもいけませんよ? その誰にでも優しく話しかける声も、可愛らしい顔も、そのままだとまた馬鹿な男たちが引きつけられてきますからね。 大丈夫ですよ。私は貴女の全てを覚えていますから。 大丈夫ですよ、私はどんな貴女だろうと愛していますから」
え? ナルキス、なに言って…
あれ、あそこの鏡… え、あれに映っているモノは……
いやぁーっ!!
「どうしました、セルピナ? どうして涙など、ああ、これからずっと一緒なのがそんなにうれしいんですか? 涙を流すあなたも可愛らしいですね。 ふふ、大事にしますよ」
「そういえば、こんな幸せな二人の門出にふさわしいワインを少し前に… 」
ゴクリ
「え? な、ゲホッ… グフッ… 」
何故? あ、まさかアイツが…?
~過去 side:ナルキス
ふふ、ローズベルトもリースリーンもダンテリオンもオルキッドも勝手に消えてくれた。
残るはロースタスくらいだが、所詮あっちは地位も成果も俺にはかなわない。まあ、それなりのコネは持っているから手を打つにこしたことはないが。
「あれ、ナルキス様?」
「なんだメルか」
「新しい魔道理論の論文拝見しましたよ。これでますます便利になりますね」
町でばったり顔を合わせたのは灰色の髪の地味な青年。学園に通っていた頃、たまたま魔法の授業で一緒に発表をすることになり知り合いに。
当てにせず一人でやるつもりだったんだが、傍から出された意見は的確で。面白く思い、いろいろな分野に水を向けてみたら、どれにもしっかりしたアドバイスをしてきたので、ちょっと一目置いてやってる。
やはり付き合う相手にはある程度のレベルが無いと、この天才たる俺にはふさわしくないからな。
久しぶりだったので、近況も含めいろいろ話してるうちに…
「そういえばセルピナ様、城から出るらしいですね。やはりナルキス様がお迎えに? それともロースタス様もまだ? ああ、それとも他に誰か立候補でも? とても魅力的で王太子様にも望まれたほどの方ですからね」
「可愛らしい方ですから見かけただけで恋に落ちる方もいるでしょう。本人も周囲に気安く接しておりますからね。思いやりや気遣いもおありですし」
「でもそんな浮ついた相手では、セルピナ様が困ったことになったら逃げ出しそうですね。あ、ナルキス様はそんなのとは違いますよね。きっと彼女がどんなことになっても愛せるでしょう?」
確かに、セルピナ、王太子をはじめとして余計な奴らに群がられていたな。優しいせいもあるだろうが。
でも、このままだとまた余計な奴らが出て…
そうだな。 なら彼女が飛び回れないように。 惹き付けないように。 笑いかけないように。 話しかけないように。 すればいいのか。
そうだな。とりあえずロースタスは要らないな。元より出る幕ではないが、退場願おうか。
幸い薬草などを扱ってる関係上、良く言えば閑静、悪く言うなら辺鄙なあたりに住んでるからな。
夜なら人目も警備もたかがしれてるはずだし…
side:ヒロイン____
いや、いや、いや、いやーっ! こんな、こんなことなんてあるはずないわ。 私はヒロインなんだもの。みんなに愛されて望まれる…
「ふふ、ご機嫌いかが ヒロインさん? 皆さんに殺し合いをされてまで奪われ合って、深く深~く愛されて貴女のお望み通りでしょう?」
え? ドーラ?
動かなくなったナルキスを平然と踏み越えて現れたのは、私の知っている少女。
確かに私の知ってる通り、黒髪に茶色の目の地味な姿なのに… でもこんなのは知らない…
私の知っているドーラは、学園でいつも人がよさそうにぽや~んとしてて、私がちょっと我儘言ってみても、お願いしても、いつだってにこにこと受け入れてくれるサポートキャラのはず。
攻略対象者の情報をくれたり、イベント起こすのに協力してくれたり、婚約破棄が早く済んじゃってるの教えてくれたり…
なのに。
なんでここに現れて楽しそうな顔をしてるの? なんで当たり前の顔してるの? ナルキスそこで倒れてるのに。私だって…
そもそも何でここに? え、さっき私に、ヒロインって言った?
「ふふ。幸せなヒロインさん。お花畑だったヒロインさん。種明かしをしましょうか。
あなたはきっと私のことをサポートキャラと思っていたでしょうね。
くすくす。 そのように振る舞って、いろいろ焚き付けたり誘導したりさせていただきましたもの。
本物? それなら運よく援助する方が現れて別の学校に通っておりますわよ。
そう。私も前世の記憶ありますの。ずうっと前からね。ゲームの記憶もありますわよ。
本当にゲーム通りになるかは分からなかったですけど、いろいろと準備はしておりましたのよ?
なぜって? この姿、仮のものですの。 実は私も婚約を破棄される1人でしたの。
ふふ、いえ別に怒ってはいませんわ。むしろ楽しみに待たせていただいてましたのよ?
ねぇ、貴女。リアル乙女ゲームは楽しかったですわよね? 攻略対象者たちにちやほやされて、愛をささやかれ、プレゼントされて。
私が手を加えた分、障害は減りましたけどイベントは増えて、恋愛モノとしては本来のストーリーより楽しめたんじゃなくて?
そして最後は攻略対象者全員とのハッピーエンド。いわゆる逆ハーエンドでしたわね。
良かったですわね~。
ふふ。じゃあ、そこからは私も楽しませてもらっていいでしょう?
だって「ゲーム」はエンドを迎えていますもの。 逆ハーでのハッピーエンド。
ね? だからゲームはそこで終わり。 だから今は現実。 これが現実。
ね、ヒロインだった、貴女。
ああ、でもあなたたちがこうなったの、たいしたことをしたわけではありませんのよ?
そもそも、永遠に逆ハー状態でちやほや? そんなことが続くわけありませんでしょう?
愛していればこそ、自分だけを見てもらいたい。独り占めをしたい。
なのに貴女は、ちやほやしてくれて甘やかしてくれる相手であれば誰でもいい。ああ、ただしイケメンも条件、と。
ふふ、王太子の婚約者という立場になってからも、他の攻略対象者にも変わらない態度で接して、今までと同じ距離や態度を強請って。しかもそれぞれに気を持たせるようなことを言って。
ねぇ、結局本当には誰も選ばず、愛情を搾取するだけだったお花畑なヒロインさん?
そのおかげで攻略対象者の頭に咲いてたお花は、立派に嫉妬や独占欲という実を付けましたわ~。
私も育てる手伝いはしましたけど、当たり前の結果ですわよね。嫉妬も独占欲もいずれ恋の花から生じるモノですから。
放っておいてもいずれ、でしたけど、現実は厳しいのですよ?
攻略対象者たち、ハッピーエンド後も頭にお花が咲いたまま貴女をちやほやと。マトモな判断力は無いままですし、職権乱用に横領などなど。
貴女も王妃教育を投げ出し、苦言はひどい、いじめるで終わらせる。
現実ではこの現状こそがハッピーエンドですわ。あなた方の周りにとって。
ゲーム終了時点で王太子達が廃嫡になっていなかったのは、ひとえに元に戻る希望があったのと成長に期待していただけですわ。どちらもないというのはすぐに明らかになりましたわね?
でしたら貴女方、存在自体必要ではないんですの。 特に王太子と貴女は。
いずれの王が一人の娘の言葉だけを信じ、そのために愚かとしか思えない判断をし権力を使う?
しかも貴女はちやほやされてお願いされれば、なにも考えずに便宜を図るように頼む。
やれやれ。 もはや王太子がああなるに至った一原因の甘やかしていた正妃ですら見放しておりましたのよ? あれで一応高位貴族で、国の顔を務めておりましたし。
王太子が亡くなって、悲しみつつ一番ほっとしていたの彼女ですわ。貴女方の言動を間近で見ておりましたらねえ。
貴女も元凶とみなされておりますのよ? 攻略対象者たち、貴方に関わる以前は許容範囲内でしたし。
身内にこれ以上問題を起こされることが無くなり、ほっとした方々からは、八つ当たりも兼ねて、憎まれ恨まれておりますわ。今までの現実を踏まえない言動も相まってね。
こうならなかったにしても、さあ、どこまで無事でしたやら?
ああ、でも後押しはしましたけど、結局この現状になったのは、皆さんの選んだことですよ?
貴女だって愛され求められることを望んでいたでしょう?
ふふ、その通りのルートではありませんの? 皆さん最後まで愛し求めてらして。
乙女ゲームでだってよくあるパターンですわよね? まあ、本来の終了したゲームの中ではありませんでしたけど。」
「さて、長々とお話しましたけど、私がここに来たのはちょっとしたご褒美です。
お花畑の末路がこの現状。ですけどとことんお花畑だったおかげで、御しやすくはありましたからね。
貴女達だけで愛だの恋だので踊ってくれてたおかげで、無用な犠牲は少なかったですから。
私のフォローあってのことですし、貴女方の行動のとばっちりが全て無かったことにはなりませんけど…、あくまで本来のシナリオに拘わって生贄を出そうとしなかったことは評価しておりますのよ。
ですので、ここで貴女がそう望むなら、終わりはあげましょう。
本来、この家に来る者などおりませんし、私がこんなところで直接出るのは趣味ではありませんから、これは大サービスです。
不要なら貴女をこのまま置いて去るだけですが… さあ、どうします?」