9 原因はパニック
9 原因はパニック
さて、乱入してきたケバいオバサンは、声高に父上に対して偉そうに宣っている。
やれ、父上が意固地に神に供物を捧げないから、新たなお子ができないんだとか、領地経営が上手くいかないとか。
挙句に俺の将来はお先真っ暗だってか。
供物を捧げて悪しきモノを払わないと子々孫々まで祟られるって……馬鹿か。
はっきり言って、迷惑を通り越して、何様って感じだ。
だいたい領地経営に、たかが占い師の意見を採用する方が間違っている。
占いが政治に絡んでいたのは、前世では古代だし、この世界でも国が形作られる前の神代の時代くらいだ。
何をふざけた事言ってやがる。
それに、お前の言う神ってのはどの神だ。
この世界では多神教で、信心深い人も多いが、形骸化しつつある。
日本の様な扱いだ。
先祖供養はするし、新年の挨拶や、子供が健やかに育つ様に祈願したり、亡くなった人への葬いもある。
目に見えないモノに対する畏れと敬愛はあるが、生活に支障が出る様な信仰はほとんどない。
そんな世の中で、供物を要求する神なんてのは偽物としか言いようがない。
でも母上は、信じてしまった。
いや、信じたくないけど、信じてしまいそうな事があって、迷ってるんだろう。
あー、アレか。
前世姉貴が高校卒業した頃、姉貴を誘拐したっていうイタズラ電話があって、母さんが慌ててたっけ。
目の前で、煎餅齧っている姉貴に『どうしよう、お姉ちゃん、攫われた!』なんてパニックになっているのを、姉貴と二人で落ち着かせるの、大変だったなぁ。
警察に行ったら、『この時期、こういうイタズラ多いんですよ~』なんて言ってて、それでも『金銭を要求されても絶対に支払わないでくださいね』って念を押された。
姉貴は姉貴で、旦那と別れて帰ってきた頃、甥っ子が『会社で使い込みしたって~』って泣きながら言ってて、『まだ、赤ん坊だ! 会社になんか行ってねーだろ』って、これまた母さんと二人で落ち着かせた。
うん、母親ってのは子供に弱いみたいだ。
母上も俺の事を話しに出されて、パニックになった所を畳み掛けられているっぽい。
あー、でも、言われるまま、なんか壺とかアミュレットとか高額で買わされたみたいだ。
その使い込んだ金額が、母上に計上してる予算額を大幅に超えていて、父上が頭抱えてるんだな。
確かこのケースって、占い師と神職とアクセサリー業者がグルだったあの事件に似てる。
という事は、出入りしてる商人とかも怪しいのか。
んー、裁判沙汰になるとこっちが不利なんだよな。貴族だから。
自分で解決できないと、後々噂で首を絞められる。
ここでスパッと切っておかないと。
もう一度オバサンをよく見てみた。
ジャラジャラと大粒の首飾りをぶらさげ、腕輪、指輪もこれでもかというくらいつけている。統一感はなく、大粒でギラギラしてるのを手当たり次第身につけてる様だ。
趣味が悪すぎる。
そしてオバサンの後ろに控えている侍女。ウチのメイド服を着ているが、狼狽える母上を見る目は嘲笑っている。なるほど。
「ケヴィン、たのみがある」
「はい、坊ちゃん」
小声でいくつか指示を出した。
「ねえ、オバサン、おれにさいやくがふりかかるらしいけど、どんなさいやくなの?」
「テオドール! あなたは何も心配しなくていいのです。母がついています!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、ははうえ」
母上に抱きすくめられたが、腕を叩いて離してもらう。
「テオドール」
「だいじょうぶです、ちちうえ。ははうえをおねがいします」
しばらく俺を見つめていた父上が頷いて、母上を下がらせてくれた。俺の後ろでケヴィンとマーサが力強く頷いていたのも大きいだろう。不安そうなセバスも黙って成り行きを見守ってくれている。
オバサンを見ると、オバサンの目が吊り上がっていた。が、すぐに笑顔を作って猫なで声を出した。
「まあまあまあ、テオドール様でございますね。占い師のターラと申します。ターラとお呼びくださいませ」
「ん、オバサン。で、おれのうんめいなんだけど」
「ターラでございます、テオドール様。テオドール様の運命を良い方向へ転換させ、運気を上昇させるターラです。ワタクシことターラはテオドール様に降りかかる災厄を見事追い払って見せましょう。その為には侯爵様がお持ちの『聖女のティアラ』が必要でございます。どうかテオドール様からも御身の為に侯爵様をご説得くださいませ」
「だから、そのさいやくはなにかを、おしえてほしいっていってるんだよ。みみがとおいの、オバサン」
うわー。笑顔のまま顔が引きつってるよ。面白い。
「さ、災厄は災厄でございます。どの様な、とは一概には言えませんわ。ですが、テオドール様が近い未来に不幸が訪れてしまうのです。今はセリーナ様が功徳をなされておられますので、恙無くお過ごしになられておられますが、『聖女のティアラ』を捧げなければ今まで積み上げられた功徳はたちまち無くなってしまうでしょう。『聖女のティアラ』を捧げればよろしいのです。彼の宝物さえ捧げれば、テオドール様の未来は完全に約束されたものになるはずですわ。それと、ワタクシはターラでございます」
「ながくてよくわかんないけど、オバサンがわかってないことはわかったよ? つまりはおれのみらいなんて、わからないってことだよね。ははうえから、おかねをむしりとってるだけってことでしょ」
「ワタクシを、このターラを愚弄されるのですか?」
「してないよ。おれのみらいがふこうだっていう、こんきょをきいているだけだ」
睨みつけていると、急にオバサンが笑い出した。
「根拠、根拠ですね。ええ、ございますとも。神の代理人であるワタクシにこんな暴言を吐くこと自体、テオドール様が悪霊に取り憑かれていらっしゃる証拠ですわ。ワタクシ、ターラがいま、正体を暴いて差し上げます!」
うぁー。根拠を聞いただけで、悪霊のせいにしやがった。
「天地に数多在る聖霊達よ、無垢なる魂を穢す悪霊を消滅させ給え……」
オバサンがなにかブツブツ言い出すと、どこかから風が吹き始め、部屋がガタガタと鳴り出した。
「ああ、テオ! テオドール! 私が代わります! 私が罰を受けます! だからテオは許して!」
「テオドール!」
母上と父上が叫ぶ。大丈夫だよ、二人とも。
風はますます吹き荒れ、家具が吹き飛ばされる。
「ケヴィン!」
「はい、坊ちゃん!」
「きゃあっ!」
俺の合図とともに、ケヴィンが動く。
ケヴィンに押さえつけられていたのは、オバサンに付き従っていた侍女だ。
暴風は侍女を抑えた時には収まっていた。
カラカラと、侍女の手から転がり落ちた板状のモノをセバスが拾い上げる。
「風の魔導具……!」
おおう、やっぱり、タネを持ってたか。
ケヴィンにサムズアップしてると、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
「ああ、テオ! テオ、テオドール、無事ね、無事なのね!」
「テオドール、君は……まったく……」
父上も泣きそうな顔で俺と母上を抱きしめた。
うん、これでもう二人とも大丈夫かな。
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