85 時は人を成長させる
85 時は人を成長させる
そうこうしているうちに、みんなも会場に揃った。
料理も並べられて、舌鼓を打ちながら花見と歓談を楽しむ。
その中で、フレドリックから一昨日の事が話されると、ミュリエルの表情が固まった。あの時の事を思い出したのだろう。
リチャードが背後で「絶対に許しません」と黒い笑顔を浮かべている気配が窺える。
一昨日、部屋に帰ってから話をしたら、怒り心頭だった。
けれども、みんなはあの騒動を知らなかった為か、半信半疑の様子だ。
カトリーナだけはわかっているようで、複雑そうな表情をしていた。
まぁ、お見舞いに来てくれたしな。
「でもその女生徒が、昔、テオドールに危害を加えた者だとは限らないんだろう? まあ、問題児である事には変わりないようだけど」
「そうですわねぇ~。間違えて男子寮敷地内に侵入してしまった、までは大目に見る事は出来ますけれど、その後が問題ですわねぇ~」
眼鏡をクイっと上げて、ルークが『狂犬』だと断定してしまうのは危険だと忠告した。
オリアーナも同意するが、やはり守衛相手に暴れたのは問題だと指摘した。
ルークは本をよく読むせいか、中等部に上がる頃には眼鏡をかけるようになっていた。
それでもガリ勉みたいな雰囲気はまるでなく、理性的とか理知的と言うのが似合う感じだ。
オリアーナもルークに合わせたように、賢さが前面に出ているような、おっとり美人だ。
まさか、こののんびり優しそうな彼女から、心を抉るような言葉が出て来るとは思うまい。
そんな二人の仲はかなり良くなっていて、共同で魔道具アクセサリーの製造販売をする会社まで立ち上げていた。
なんでも、自分達の魔道具を普及させて、みんなが魔族の魔道具に引っかからないようにしたいんだそうだ。
本当によく考えているよな、こいつら。
きっかけは、今もオリアーナの胸ポケットに光る杖のブローチらしい。ルークからの贈り物だそうで、初等部の頃からオリアーナはいつも身につけていた。
「守衛相手に怯まないのは、大したものだとは思うが、謝罪をしないで悪態を吐くのはどうかと思うぞ」
「怯まないって言うより、開き直りでしょ。しかも悪い意味での。明らかに間違っているのに、過ちを認めないっていうのは、確かに問題あるわよね」
ルーク達に同意したのは、大型コンビのヴィンスとラモーナだ。
ヴィンスはまだ一年生なのに、一九〇センチ超えているし、ラモーナも女子では一番高く、一七〇センチを超えている。まだ俺の身長を追い越されていないが、三年生までに追い越されそうで怖い。
二人とも体格も良くて、ヴィンスはガッチリしてるし、ラモーナは元気溌剌な健康的美人と言っていい。胸の発育も一番だ。
剣の腕ではこの二人に勝てる気がしねえ。
「そうだよねぇ。神殿からも忠告があった人物なんでしょ? どうしてそんな危険人物を僕らに面倒見させようとするのさ。むしろ遠ざけなきゃいけないよね?」
「ですが、その女生徒は六属性なのでしょう? カトリーナ様と同じ実力があるとは思えませんが、六属性が使える以上、複数属性を持たない方々では、荷が勝ちすぎると判断されたのでは?」
「だったら、魔導研究所あたりが面倒を見ればいいと思うんだけどね」
不満を吐き出しているのは、シミオンだ。
相変わらず儚げなイケメンの雰囲気なのに、吐く言葉は結構キツイ。
ソニアは、俺達にその問題児の世話を指名された理由を推測していた。
神秘的な雰囲気を纏った美人だけど、何でも良いように解釈しようとするのが玉に瑕だ。
いや、良い事なんだけどな。ただ、相手の言い分を聞きすぎて、どう見ても相手が悪いのに下手な口車に乗せられて、信じてしまう事がある。
まぁ、シミオンがそばにいる以上、騙される事は少ないだろうけど。
ひねくれているシミオンと、信じすぎるソニアは、ある意味お似合いだ。
まぁでも、俺もシミオンに賛成だ。
問題児の世話なんて、誰もしたくないんじゃないか?
「だが、実際に入学した以上、誰かが監視しなければならないだろう。不本意だが私達がしなければなるまい。その女生徒のためだけに、魔法省や研究所、神殿から学園に監視者を派遣する事は難しいだろうからな。ソニア嬢の言う通り、六属性持ちというのが本当であるなら、正直に言って、私達以外では抑えることも難しいと思う」
「そうですわね。その女生徒が上手く六属性を制御が出来るならば良いのですが、魔力を暴走でもさせたら、さらに大変な事になるでしょう。用心に越したことはありませんわ」
レックスとシェリーが真面目に対処法を考えていた。
俺に対しては怒鳴る事が多いレックスだが、実務的な事に手腕を発揮する。
見た目通りクソ真面目で、常に冷静に状況に対処し、鮮やかに片付けていくのだ。
中等部で起こったイジメも、副会長として公平に双方の言い分を聞いていた。
まぁ、相手の言い分は自分は悪くない、ミュリエルが悪いの一点張りで何が悪いのかを懇々と説明するのが大変だったそうだが。
うん、その事については感謝している。
シェリーも真面目が服を着ているような、黒髪の似合う凛とした美人だ。
レックスより四角四面なところがあるが、それは相手を思いやりすぎての言動だったりする。
要はお節介なわけだが。
俺も猫カフェの猫の安全のために、キャットウォーク下に安全用のネットを張り巡らせろと言われたことがあった。
猫にとっては、別に普通に歩ける幅だし大丈夫だと、むしろネットがある方が危ないと言ったのだが、聞いてくれなかったので、実践してみた。
キャットウォークからくるりと身体を丸めて軽やかに降りる姿や、キャットタワーを伝って一気に二階の梁まで駆け上がる姿、ネットに足を引っ掛けてもがいている様子などを見てようやく納得してもらった。
納得すれば素直に引いてくれるんだけど、納得するまでが大変だったりする。
「カトリーナ様はどう思われますか?」
「えっ、ええと、し、仕方ないかと思いますわ」
珍しく、カトリーナが慌てている。
なんかこの話の間中、遠い目をして聞いていたけど、大丈夫か?
カトリーナは本当に綺麗になった。
少し目がキツめの気が強そうに見える美人だけれど、生来の優しさが滲み出ていて、柔らかい印象を受ける。
聖女様だからな、当然かもしれないけれど。
「その方は六属性なのに、今まで王都の学園には通っておられず、今回は特待生で入学されたのでしょう? まだこちらに慣れていらっしゃらないのではないでしょうか? 仲良くできたらいいのですけど」
「悪い、俺は遠慮したい」
楽観的なカトリーナの意見に、つい、口を挟んでしまった。
「何かあったら面倒は見るし、監視もする。だけど、必要以上に近寄りたくない。それに男爵令嬢だろ? 俺達が構う事で勘違いされても困るし、周りの連中の憶測も心配だ。何より、中等部のような騒動はゴメンだからな。その特待生の能力や俺達の事情を知りもしないでやっかむ連中もいるだろう?」
「いないとは言えませんわね~」
オリアーナが同意してくれた。
「でしたら、皆様に事情を全部話しておく方が良さそうですわね。私達が面倒を見るのは、教師および神殿、生徒会からの要請だと」
カトリーナが提案する。
「それくらいしか事前に打つ手はないか。それでも穿った見方をする者がいるだろうが、それはその者の性格としか言いようがない。なるべく誤解を生まないよう、動く事が肝心だな。授業以外では極力近づかないようにしよう。その女生徒の同格の友人を作る機会を奪いかねないしな」
「……それはどうかなー……あはは」
小さな声でカトリーナが呟く。なんか、虚ろだ?
けれどレックスや他の連中には聞こえなかったらしく、レックスは振り返って「お前達もそのつもりで」と、従者達に伝えた。
「もちろんですとも! レックス様の為なら、その女生徒には地獄を見てもらうしかありません。お任せください! きっちり徹底的にトラウマレベルに教育して、レックス様には絶対に近づけませんし、魔力暴走はさせないとお誓い申し上げ……痛い痛い痛いっ! ちょっ、エイベルさん!? 痛いですよ!? エイベルさーん!」
レックスの従者の一人であるサディアスが、自信満々に胸を叩いて請け負っていると、大男の従者、エイベルがサディアスの頭を鷲掴みにして引きずって行った。
大丈夫か?
「すまん、騒がせたな。ともかく、その女生徒には気をつけよう。フレドリック様もそれでよろしいでしょうか?」
「うん、構わないよ。こちらとしても何から何まで面倒見て欲しいわけじゃないんだ。新年度だからね、まだ一年の生徒会役員はいないし、クラス委員もいないだろう? 教師や生徒会の手が足りなさそうだからね。お願いしているんだ。問題が大きくなる前に潰したいしね。もちろんこちらからも人手は出すよ。それで手に負えなさそうだったら、退学請求を出す事も考えている」
レックスから確認をされて、フレドリックが説明する。
確かに態勢が整うまで時間がかかりそうだよな。
「ただ、まだ実際に言葉を交わしていないうちから排除はできないだろう? 行動が不審なのは都会の流儀に慣れていない場合もあるからね」
――希望的観測だけど。
そう呟いたフレドリックに、みんな乾いた笑いしか出なかった。
「エリオット殿下にもお願いできますか?」
フレドリックが尋ねると、それまで黙ってみんなの話を聞いていたエリオットは、こっくり頷いた。
「皆がそれでいいのなら、私も異論はない」
エリオットが承認した。
エリオットは最近ますますイケメン度が増してきて、神々しいくらいの顔になっている。
もう誰が見ても王太子だとわかるだろう。
それくらい目を惹くのだ。
それにいつの頃からか、自分の事を『僕』じゃなく、『私』と言うようになった。
なんか遠い存在になってきた感じがして、ちょっと寂しい。
「けれど……ひとつ、異母兄にお願いしたい事があります」
改めてエリオットがフレドリックに向き合う。
側でカトリーナが両手でガッツポーズをして、エリオットを励ましていた。
「その……ここは学園です。王宮じゃない。わ、私の事は、前のように、敬称を省いてください。誰にも文句は言わせませんから」
なんとか言い終えたエリオットを、「よく頑張りました」と、カトリーナが嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
ええと、二人ともどうしたんだ?
大丈夫か?
フレドリックは驚いた様子だったけれど、すぐに微笑みを浮かべた。
「わかったよ。今年度だけ甘えさせてもらうね、エリオット」
エリオットは嬉しそうに笑って、カトリーナに至っては、感極まって目に涙を浮かべていた。
何なんだ。
周りを見ると、女の子達とヴィンスは感動していたようだけど、ルークやシミオンは冷めた目で見ていたし、レックスは困惑していた。
うん、俺も訳がわからない。
でも本人達がそれでいいならいいんじゃないか。たぶん。
そんな時、頭上から急に桜の花びらがたくさん降ってきた。
と思ったら、メキメキと嫌な音がして、
「きゃあああああああ!」
と、人が落ちてきた。しかもテーブルの上に。
ああああああ! 料理が!
まだ半分も残っていたのに!
どうしてくれよう、コイツは!
「あいたたた……」
みんなが驚いて固まっている中、むくりと起き上がった女生徒の髪は、ピンクだった。
……うん、八つ裂きの刑でいいんじゃないかな。
食い物の恨みは恐ろしいと知れ。
遅くなってすみません。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




