57 とある公爵令嬢の呟き その7
57 とある公爵令嬢の呟き その7
魔術開放式が終わった次の日の午後、珍しいことに、エリオットが黒髪達を伴って見舞いに来てくれた。
先触れは午前中に来ていたので、準備は万端だが、未だに信じられない。
だって、エリオットがわたしを気にかけるなんて、今までなかったことだもの。
客間で迎えた途端、開口一番、
「調子はどうだ。少しは良くなったのか」
エリオットが心配の言葉を口にした。どうしたの、何があったの!?
びっくりしたけど、ちょっとは気にかけてもらえて嬉しかった。
「わざわざお見舞いに来て頂き、感謝の念に堪えませんわ。ありがとうございます。皆様もご心配をおかけいたしましたわ」
エリオットと一緒に来ていた、黒髪と青髪、赤髪にもお礼を言った。迷惑かけちゃったからね。
「そうか」
それきりエリオットは黙ってしまう。
そうだね。あんまりわたし達って話題がないよね。
だからわたしがいつも話題を用意していたんだけど、今回はわたしも用意出来てないから、何を話していいのかわからない。
みんなが席につき、いつものように、侍女達がお茶の用意をして、退出していく。後に残ったのは乳母のメリエルだけだ。
お勉強会では、気兼ねなくお話できるようにしたかったからだ。
「いや、お元気そうで良かったです。鑑定部屋から出て来た時は、一体どうしたのかと思いましたからね」
席についても、話題がなく沈黙している雰囲気を感じたのか、レックスがにこやかに話してくれた。
いつも怒っているイメージだけど彼はデキる男なのだ。
ブラックカラント宰相の息子だし、将来はエリオットの右腕として期待されているし、周りも本人もそのつもりだ。
ゲームでも知的な副会長のイメージそのまま。
十歳の今もその片鱗が見え隠れしている。
ただ、テオドールのおバカな言動には、青筋を立てて怒っている事が多い。
そのためか、苦労人という属性まで付くようになった。
うん、ゲームでもヒロインちゃんの言動に怒り、振り回されて、親しくなっていくキャラだから間違ってはいないんだけど、何かが間違っている気がする。今更だけど。
そんな真面目なレックスは、公爵令嬢であるわたしにちゃんと礼節を保ってくれていた。
「ホント、真っ青で今にも死にそうだったもんね。いっその事、死んでしまっても良かったんじゃない?」
「シミオン!」
レックスが青髪を怒鳴りつける。
ああ、相変わらず、毒舌だわ。
ゲームでは人好きな好青年の外見のくせに、口を開けば毒しか吐かないというキャラなんだよね。
ここでも同じ。あんなに優しげなコバルト司教の息子だとは思えないくらい、かなり口が悪い。
ホント、優しそうな天使のような外見なのに。もったいない。
そして、わたしはシミオンに嫌われている。
ゲームでもカトリーナは嫌われていたから知っているけど、面と向かって言われるのはやっぱりキツイな。
「ほら、またそういう目をする。その目が嫌いなんだよね。目ん玉えぐってくれない? なんなら僕が潰してあげてもいいよ」
「シミオン! いい加減にしろ! 失礼がすぎるぞ!」
レックスがシミオンの口を無理やり塞いだ。
「レックス様、乱暴はおやめください。私がシミオン様のご気分を害したのがいけないのですわ。シミオン様、申し訳ありません。ですが、私のどこが気に入らないのかを教えてはいただけないでしょうか? 理由もわからずに嫌われてしまうのは、私も納得ができませんわ」
「そんなに知りたいの?」
「ええ、ぜひ」
シミオンはにっこり笑って言った。
「全部」
この男は……。
わかってたさ、君がそういうキャラだって事は!
でもさ、面と向かって言われたら傷つくのよ。もう、苦手だよ、この子。
ゲームでもなかなかキャラが掴めなくて苦労したんだから。
ひねくれ度が攻略対象者随一なのは、変わりなしですか。
「カトリーナ嬢、気にする事はないぞ。コイツは誰も彼もが嫌いで気にくわないと嘯くヤツだ。女性にそのような暴言を吐いて喜ぶような悪趣味なヤツの事を、貴女が気に病む必要はない」
腕を組んで黙って聞いていた赤髪がシミオンを睨みつける。
騎士を目指しているヴィンスからしたら、看過できないのだろう。
ヴィンスも体育会系の爽やかスポーツマン風の容貌だ。
もうすでに鍛えているのか、男の子達の中では頭一つ分大きくなっている。
実直で真っ直ぐな性格は、シミオンとは正反対だ。
それでもこの二人は仲がいいのだから、不思議だったりする。
「ですが……」
「コイツが毒を吐くのは気に入っている証拠でもある」
「はぁ? 何、勘違いしてるの? 僕は彼女が本当に嫌いなの。冗談言わないでよね」
「貴様は素直になる事を覚えた方がいい」
そうだろうか。
ゲームで感じていた、好意を持ったひねた話し方とは違う気がする。
今、シミオンから感じるのは、わたしに対する嫌悪だけだ。棘だって鋭い。
何だろう、そこまで嫌われる事をした覚えがないんだけど。
「まぁいいよ。何にもわかっていないみたいだしね。でもいい加減、気付かないと、壊れるよ」
何が?
やれやれといった様子で肩をすくめるだけで、シミオンは答えてくれなかった。
何が壊れるのだろう。
「ともかく、お元気そうでなによりです。恒例の勉強会には参加なされますよね」
レックスが取り繕うように咳払いをして、話題を変えた。
「はい。私が発案者ですもの、参加しないわけには参りませんわ」
「良かった。実はせっかく魔術を解放したのだから、講師をお呼びして、魔術の実技を学んではどうだろうかと思っているのです。ルークに相談したところ、適任者がいると言って、すでに勧誘に行っているようです。お見舞いに誘ったら、先に講師を見つけて来ると。どうも、講師を見舞いの品にするつもりのようですね」
「まあ、それは楽しみですね。どんな方がいらっしゃるのかしら」
「変人だと言っていたな」
ポツリとエリオットが呟く。
ああ、たぶん、あの人ね。ルークが尊敬している……ええと、確か、ベイツさん。オリアーナの叔父さんだったわね。
本当に彼が生き残ってくれて良かった。
シナリオと違うところを見つけると、ホッとする。
未来を変える事ができるという証明だもの。
「変人ですか……でも、稀代の魔導具研究者でいらっしゃるのでしょう? 優秀な方のようですわね」
「ホラ、まただ」
シミオンが口を挟む。
「エリオット殿下は『変人』としか言ってないのに、どうして誰だかわかっているのさ」
あ……。
しまった、ゲーム知識を引っ張り出しすぎた。
「そ、それは、以前、お会いした事がありましたので……」
「いいけどね。でも僕は君のそういうところが嫌いだよ。何でも知っています、って顔してさ。聖女だか何だか知らないけど、見下されるのはうんざりだ」
「そ、そんなつもりはありませんわ。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「シミオン! 貴様というヤツは……!」
「怒んないでよ、レックス。みんな心の中で思ってるだろ」
「だからこそ聖女なのだろう。だが、今のはさすがに、聖女殿に失礼だ。謝罪しろ」
ちょっと待って!
どうしてわたしが聖女だって確定してるの!?
何で話がそこまで飛んじゃってるの!?
睨み合っている、シミオンとレックスに、不快そうにしているヴィンス。
エリオットは関心なさそうに、優雅にお茶を飲んでいる。
……うわー、なんか殴りたいわ。
「と、ともかく、皆様落ち着きましょう。お茶のおかわりを用意させますわね」
「いいよ、僕はもう帰るから」
「さっさと帰れ」
ちょっと待ってー!
こんな喧嘩の状態で帰らないで!
などという、わたしの心の叫びは届かない。
そんな状況で、能天気な声が飛び込んできた。
「元気か、カトリーナ嬢ー? 見舞いに来ましたよー」
現れたのは、おめかししたミュリエルを伴った、テオドールだった。
……また、頭痛のタネが増えた。
遅れてすみません。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
 




