48 とある男爵令嬢の呟き
本日二話目。
48 とある男爵令嬢の呟き
あたしはプラム男爵夫妻に引き取られた。
夫妻の娘が駆け落ちして家を出た後にできた子供だ。
男爵夫妻は娘を探していて、娘――つまりあたしの母親ね――があたしを産んでから死んだことを知って、引き取りに孤児院へ来たのだ。
設定通りね。
男爵家に引き取られたあたしは、ちゃんと勉強したわ。
礼儀作法だって、カンペキよ。
ざまぁなんかされない様に頑張るのは当然だわ。なんたって、あたしは王妃になるんだから。
孤児院でちまちま掃除なんかやってるより、ダンス覚えたりする方が楽しいし、礼儀作法を教わる方がよっぽどマシよ。
勉強だって、この世界の歴史は攻略本で学習済みだもの。
お祖父様もお祖母様も褒めてくれるわ。
お裁縫だってバッチリよ。ミシンくらい使えないと、レイヤーはやってられないもの。
業者作の衣装なんかそのまま着ることないんだから。糸の始末は下手だし、サイズ調整は曖昧だし、自分でカスタマイズくらい出来ないと、写真撮った時の写り方が全然違うのよ。
ミシン買ってもらったお礼に、適当な小物作ってあげたら、涙を流すくらい喜ばれたわ。
ふふっ、当然よね。
なんたってあたしは聖女なんだから。幸せにしてあげる事くらい、なんてことないのよ。
それなのに、どうしてかしら。
侍女があたしの言う事を聞かないのよ。
一人しかいないのだけれど、田舎者だからなのか、すぐサボろうとするの。
布地を部屋から部屋へ運ぶだけなのに、どうして半日もかかるのかしら。
執事は執事で、好きなだけ布地を買わせてくれないし。
男爵家でしょう。少しくらい買ってくれてもいいじゃない。
お祖父様もお祖母様も働き者の良い娘だと紹介してくれたけど、きっと二人とも騙されているのね。
二人とも人が良いから、あたしがしっかりしてあげないと。
そんな風に、田舎の男爵領で過ごしていたある日、王都へ観光に行く事が出来たのよ。
お祖父様があたしを後継者として認めてくれるように、王宮へ申請していたらしい。
その許可が降りたから、許可証を貰いに行ったの。
王宮では王様に会えるかと思ってたけど、なんだか偉そうな役人が証書の内容をもったいぶって言って、それを渡されただけだった。
エリオットにも会えないなんてつまんない。
だけど、学園で会えるんだから、今は我慢してあげる。
お祖父様にお願いして、王都の布屋に行かせてもらった。
やっぱり王都には洗練された布地が多いわ。どれも欲しいものばかり。けど、予算と持ち帰る量を考えなくちゃならないから、たくさん買えないのよね。なんで宅配サービスもないのかしら。
その帰り道、道が混んでいた。
「アイリーンお嬢様、すみません。魔導具街が封鎖されているようなので、回り道をします」
御者がそう言って進路を変えた時、ドンっと地面が揺れた。慌てて馬車から飛び出して、周りを見回す。みんな王宮を見ていた。
なんだろ、アレ。黒緑色の靄みたいなものが立ち上ってる。
でもすぐに消えてしまった。
なんなの?
まぁいいわ、馬車に戻ろう。くるりと振り返った時、大きな男の人にぶつかった。
頭からすっぽりローブをかぶって怪しい事この上ない。
だけど、誰も気づいていない様子だった。
「もう、痛いわね。どこ見て歩いてんのよ!」
下から見上げると、その青年はイケメンだった。
褐色の肌に真っ赤な瞳。フードからこぼれた髪は群青色で……。
マジマジと見てしまう。まさか、こんなところで出会うなんて。
ランダムでしか出会えない彼に出会えるなんて、ラッキーだわ。
「うるさいぞ、小娘。俺様にたいそうな口を利くな。分をわきまえろ」
「デューク? デュークよね、あなた」
「……小娘、何者だ?」
ええと、何だったかな。
「『憎しみは何も生まないわ。私は知っているもの。貴方は愛情が欲しかったのでしょう』」
確か、ヒロインのセリフはこんな感じだった。
愛情に飢えている魔王デュークに愛を与えるのよ。
デュークはあたしをジロジロ見て、吹き出した。
あ、あれ? セリフ、間違っていないわよね?
「嫉妬に妬みと嫉みを内に抱える貴様が言うと陳腐に聞こえるな。真摯な者が言えばまた違ったものになろうが……くくっ、そうか、俺様が愛情に飢えているか」
「そ、そうよ。だからあたしが癒してあげるわ」
その時、王宮から金色の靄が立ち上って、すぐに消えた。
「ちっ、失敗か」
デュークの顔が歪んでいる。
そしてしばらくしてから緑の靄が立ち上って消えた。
「ゴルドバーグとグリーンウェルか。くそったれ」
そう言い捨てて、去ろうとした時に、彼の前に腕が現れた。
え? 腕? あれ? 猫?
腕かと思った黒い物体は、猫だった。なんだ、脅かさないでよ。
黒猫は耳のところに、それぞれ金と緑の鎖みたいな輪っかが嵌っていた。
デュークは猫を肩に乗せ、話を聞いているように頷いている。
そして、踵を返して去って行こうとした。
ちょ、待って!
「デューク! あ、あたしの話を聞きなさいよっ!」
ローブに手を伸ばすと、黒猫が毛を逆立てて、あたしに襲いかかって来たので、慌てて振り払う。
シャランと、澄んだ音が鳴って、黒猫の鎖が消えていた。
「何者だ、小娘」
「あ、あたしはアイリーン。聖女よ」
「貴様が……?」
そうよ、と胸を張った。まだ七歳だから発育はしてないけど、年相応になったら大きいんだからね。
しばらく考え込んでいたデュークだったけど、黒猫をあたしに渡してくれた。
「トレヴァーだ。お前の役に立つだろう。ずっと側に置いていろ。俺様が迎えに行くまでな」
ええと、こんなイベントあったかしら?
でもまぁいいわ。
デュークに出会ったからには逆ハーレムを目指さないとね。
イベントこなしてあげる。
「少し弱っているからな、癒してやってくれ」
「わかったわ。そうしたら、また会えるのよね」
「ああ、会いに行ってやろう。俺様直々にな」
そう言い残して、デュークは颯爽と去って行った。
よし、これで好感度アップよ。
ふふっ、これから先楽しみね。
「にゃあ」
黒猫――トレヴァーが嬉しそうに鳴いた。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
遅くなりまして、すみません。
さっさと二章を終わらせようとしたら、遅れました。




