47 とある王太子の呟き
本日一話目。
47 とある王太子の呟き
気に入らない。
何もかもが気に入らない。
どうして僕が責められているんだ?
なぜ母上はもっと頑張るようにとお叱りになられるんだ?
ねえ、僕は頑張っていますよね? 努力は怠っていませんよね、母上。
皆の言う通りに、勉強だって教養だって剣術だって乗馬だってこなしている。
王家の誇りを持ち、民草を守るために日々の努力は欠かしていない。
なのに、今度は聖女と六騎神の末裔として努力しろと、そう仰るのですね。
方法も目指すべき結果も、何もかもわからないのに。
それもこれも、全てあのゴルドバーグ侯爵子息のせいだ。
どうやらテオドールが六騎神の末裔としての兆候を示したらしい。
母上は焦った様子で、僕にもその兆候とやらを示せと迫って来た。
僕にそんなものがないとわかると、ひどく落胆した様子で、後宮に籠った。
父上――陛下も、言葉にも態度にも出されないが、僕に失望されたご様子だった。
僕には何がなんだかわからない。
ただ、これからは今よりももっと努力が要求されるのだろう。
あの時のように。
僕が三歳くらいの頃、聖女が現れたと母上に言われた。
そして、彼女が僕の妻になるのだと。
聖女と六騎神の末裔である僕は、聖女の生まれ変わりと結ばれるのだと。
だから聖女にふさわしい王になるよう、努力しなさいと言われた。
会った彼女は可愛らしい少女だった。
紫銀色の髪はクルクルと巻いていて、彼女が弄るたびに、びよんびよんと揺れるのが面白かった。
だけど。
彼女の視線は嫌なものだった。
僕を憐れんでいる目だったからだ。
可哀想な子供だと言われているようで、とても嫌な気分になった。
彼女が帰るのを見送っていると、不意に彼女が立ち止まった。
視線の先には庭園からこちらを伺っている異母兄がいた。
僕に向ける視線とは違い、憐れみではなく悲しそうな目を彼女はしていた。
母上を奪われ、一人ぼっちの兄上に向かって今にも駆け出しそうだった。
ダメだ。
異母兄は僕のものだ。
異母兄だけが僕に優しい言葉をかけてくれた。
異母兄だけが僕を励ましてくれた。
「頑張っているんだね、偉いな、エリオットは」
たまたま出会ったあの日だけは鮮明に覚えている。
家庭教師や侍女、侍従の目を盗んで、薔薇の迷路に迷い込んで泣いていると、異母兄が頭を撫でてくれて、慰めてくれた。
誰もそんな事はしてくれなかったのに、異母兄だけが。
だからダメだ。
聖女だからって、僕から異母兄を奪う事は許さない。
そんな想いが通じたのか、彼女は何もせずに帰って行った。それでいい。
それからも、彼女は異母兄を見守っているだけだった。悲しそうに。
僕に向ける視線は相変わらず憐憫だけだ。
そんなある日。
カトリーナが来ていると連絡があったので、仕方なく迎えに行った。
形だけだが、彼女は僕の婚約者だから。
薔薇の迷路でカトリーナと異母兄が話をしていた。
ほんの少しの会話。お互い歩み寄ることのできない会話だった。
だけど、どちらも嬉そうに見えるのは何故だ。
嫌だ。認めない。
異母兄が誰を好きなのかなんて知らない。
異母兄は僕を見てくれていればいいんだ。
だから彼女を僕で縛ろう。
そうしたら、彼女は異母兄の元に行かない。
異母兄は一人ぼっちのままだ。そして――
「……僕だけを頼ればいいんだ」
なのに。
なのになのになのになのに!
どうして貴様が異母兄の隣にいる!
どうして僕には見せたこともない笑顔を貴様に見せている!
異母兄は僕の、僕だけのものなんだ。
なのにどうして……僕には見せてくれないんだ。
さらには彼女も笑っている。見たことのない笑顔で。
憐憫も悲しみもなく、親しみの籠った目で。
どうして貴様の周りには笑顔がある?
どうして僕の周りには笑顔がない?
どうして。
『叶うよ。君の願いは、きっと叶う。お兄さんときっと仲良くなれるから。応援してるわ』
汚い小娘の予言。
確かに、最近になって仲良くはなりつつある。
だけどあいつの仲介でだ。腹立たしいことに。
そして、あいつは六騎神の末裔として認められた。
どうして貴様に六騎神の兆候がある。
どうして僕に六騎神の兆候がない。
聖女の末裔なのに、六騎神の末裔なのに。僕にはないのだ。
どうして。
あいつ、消えて居なくなればいいのに。
そうしたら、異母兄は僕だけのものなのに。
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