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44 とある魔導具研究所元所員の呟き

44 とある魔導具研究所元所員の呟き



 ああ、来たか。

 怪訝な表情をしてるな。気付いてはいないようだが、普段と違うことは感じたらしい。

 トレヴァーは差し入れを見せながらいつものように話しかけてきた。


「やあ、ベイツ。調子はどう? 最近は家に帰ることもしないで、(ここ)に詰めているんだってね。差し入れを持って来たけど、いるかい?」


「悪いな。そこに置いてくれ」


 いつもルークをおちょくっている――いや、議論している作業場所にトレヴァーを誘導する。椅子に座るよう促して、椅子に取り付けてあった魔導具で両手足と腰を拘束した。


「へっ!?」


 驚いている様子のトレヴァー。だが、構う事なく合図を出すと、隠れていた憲兵がトレヴァーを取り囲み、内二人がトレヴァーの身体検査を行う。持って来ていた鞄や差し入れ、ポケットにあった物を押収する。

 全てを押収し、憲兵が離れてから、トレヴァーの周囲に結界を張った。絨毯の下の床に設置していた六芒星の魔法陣から淡く薄緑に発光する膜のようなものが発生する。


「ちょっ、ベイツ!? 一体何なんだ。いきなり何だってんだ。どういう事か、説明してくれ!」


 騒ぐトレヴァーを無視して、押収した物品を調べる。手帳にペン、今までの研究をまとめたノート、魔法省と研究所から預かってきた資料、財布、家の鍵、魔法省職員証、ポケットにあったハンカチ、そして差し入れの惣菜パン。

 刃物はもちろん、魔導具らしき物は何一つない。おかしい。

 警報装置にも不備はない。安定している。いや、しすぎている。

 先ほどまで帯剣していた憲兵がウロウロしていただけで、警報装置は作動していた。単純にこの作業場と地下の作業場に帯剣している者、もしくは異常な魔力を持つ者がいると俺にだけ報せる代物だ。

 しかし、トレヴァーが接近しているという報告を受けてからは、警報が作動せず、結界も憲兵のせいで穴だらけなのにきちんと結界が安定している表示になっていた。

 なのに、こいつは何も持っていない。どういうことだ?

 トレヴァー自身の能力で魔導具の探知魔法を消せるのか? そんな馬鹿な話があってたまるか。そんなの常時発動型の魔術になるぞ。それだけで魔力が枯渇する筈だ。いくら魔族といえど、そこまでの膨大な魔力を持っているとは思えない。常時発動型魔導具の方がまだ説得力がある。


「ねぇ、気が済んだかい? 気が済んだなら周りの人達を退かして、僕を解放して欲しいんだけど」


 さっきまで騒いでいた筈のトレヴァーは、うんざりした表情で俺を見ている。だが、眼鏡の奥の瞳はこちらを嘲笑っている。


 ――眼鏡?


 結界を解き、眼鏡を奪ってから再び結界を張り直す。

 そして眼鏡を調べた。ツルの内側にびっしりと文様が刻まれている。


「……常時発動型探知妨害術式……なのか……?」


 複雑すぎる。こんな高度な術式、古代魔導具でしか見た事ない。


「正解~。よくわかったね。あーあ、バレちゃったな。さすが稀代の魔導具研究者だ。君ならそれに刻まれている術式を解明して、簡単に解除できるんだろうね」


 馬鹿にした様子でトレヴァーが嗤う。さっきまで見せていた誠実そうな雰囲気は微塵もない。虫ケラを見るような目で俺達を眺めている。


「それが、おまえの本性か」


「あら~? 失望でもした? まぁ、僕としては何でバレたのか不思議なんだけどね。僕はミスを犯してない筈なんだから」


 失望? そうかもしれない。

 俺と議論をしてくれるヤツはそういないから。この二年、本当に楽しかった。魔法省に勤められるくらいの実力者だ、残念な気持ちもある。

 けれど。俺が大事なのはお前じゃない。

 四年前から魔法省に、あの人の側に潜り込んでいたのを気づけなかったのは、痛恨の極みだ。


「そうだな。あの日、テオドールが来なければ、わからないままだったろう。警報装置を作動させなかったのは失敗だったんじゃないか?」


「ちっ、また(・・)ゴルドバーグか」


「また?」


「とーもーかーくー、警報装置を作動させなかったのは失敗だったかもしれない。でも、受付してたテッドも疑わなかったのかい。彼も充分怪しいだろ」


「疑ったよ。当然だろう? あの場にいた全員を疑った。テッドはもうすでに尋問が済んで、潔白が証明された。次はお前の番というわけだ」


「――はっ、なるほど。平民から調べたんだ。強権を発動して。さすがお貴族様はやる事が違うねぇ」


「あたりまえだ。伯爵家に侯爵家だ。そう簡単に調べる事は出来ない。お前が尻尾を出してくれて助かったよ」


「心にもないことを」


 お互いそんな事はわかっている。俺は確信を持っていたし、こいつも拘束された時点でバレているのを確信したのだろう。だからこそこうして開き直っている。


「――で? 僕がここの警報装置を無効にしてたのは事実だけど、研究に貢献していたのも事実だ。今日だって古代語解明に貢献したよ。そんな僕をどうする気だい? 研究を盗んだ訳じゃあない。それだけでこんな物騒な真似されたらたまったものじゃないね」


「それは眼鏡(これ)を解明すれば、お前の正体がわかるさ」


 トレヴァーから奪った眼鏡の術式は複雑だったが、一つ一つ丁寧に解きほぐして行けばそう難しいものでもない――何だ、これは。

 トレヴァーを見るとニヤニヤ笑っている。


「残念。解けば火の魔法が発動したのに」


 何を言ってる。ただの火じゃないだろう。凝縮された炎が一度に解き放たれれば、暴発が起こる。やはり聖女のお告げは正しかった。


「――魔族なんだな」


「さあね。証拠は何処だい?」


 あくまでもしらばっくれるつもりか。

 慎重に眼鏡を小箱に入れ、蓋の上に六芒星を描く。真ん中に魔晶石を置いて簡易の結界を張った。応急処置としてはこれでいいだろう。

 だが、トレヴァーは嘲笑したままだ。

 何かあるのか?


 その時、ドンッっと、建物が揺れた。何だ!?


 黒緑色の粒子が何処かから流れてきて、トレヴァーに吸収されていく。


「はっはぁ! 来た来た来た! 聖女の封印が解けていく!」


 見る間にトレヴァーの様子が変化していく。

 身体は一回り大きくなり、拘束具が弾け飛んだ。

 肌が黒く染まり、顔つきが凶暴になっていった。

 この黒緑の粒子は一体何なんだ。


 自由になったトレヴァーが手を払うと、涼やかな音を立てて、結界が壊された。


「な……たった一振りで……」


 ゲイソンが残していった魔力痕の高濃度魔素でも封じられる筈だったのに。


「さあ全員、僕の糧になってもらおうか」


 トレヴァーの右手は鋭い刃物のようになっており、ピタリと俺に向けられている。

 と思ったら、すでにトレヴァーは俺の前で右腕を振りかざしていた。


 ガァンと、硬い音がして、見ると薄青い壁が俺とトレヴァーの間に立ち塞がっていた。


「これで、魔族の証明になりますね」


 奥から出て来たのは、コバルト大司教だ。この壁は彼が作り出したもののようだ。

 そして、気がついたらトレヴァーの背後に大柄な人影が現れ、トレヴァーに襲いかかっていた。

 間一髪で、トレヴァーが躱す。


「ちっ、掠っただけか」


 クリムゾン将軍が舌打ちし、トレヴァーの右腕から一筋の血が流れ落ちた。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。


だんだん遅くなってすみません。

せめて週一にはしたいのですが……

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