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43 ややこしいは日本語

43 ややこしいは日本語


 オリアーナに連れられて、俺とルークは王城外郭部にある王都魔導具研究所に来た。

 王城に比べて装飾は少ないが、周囲の建物との調和を図るように上品な細工がなされている。歴史のある建物のようだった。


 ふわー、こっちには初めて来たから、壮観だなー。

 そんな風にぼうっとしていると、オリアーナに呼ばれた。


 施設の受付で待っていると、知った顔が施設の奥から出て来た。

 あれは確か、トレヴァーだ。メガネの優男。


「トレヴァーさん、どうしてここに?」


 ルークが訊ねる。


「やあ、ルーク。いや、店じゃないんだから、ルーク様だね。ここにはお遣いに来たんだ。魔法省からの資料を渡して来たところなんだ。で、研究所から荷物を受け取って、店に行くんだよ――って、ダメだね癖が抜けない」


「へえ、それも研究の一環ですか? あ、こんにちは」


「テオドール様だったね、こんにちは。その通りだよ――ですよ」


「普通に話してくれていいですよ」


「そうもいかないよ。あ。……えーと、じゃあ、お言葉に甘えて。ベイツが詰めてるからね。差し入れも含めて、行っているんだ」


「それはご苦労様です」


 言うと、トレヴァーに苦笑された。


「君は貴族らしくないね。この程度で労われたのははじめてだよ」


 俺も苦笑する他ない。こういうところは前世の癖が抜けないようだ。


「じゃあ、急ぐから僕はこれで。二人とも、また店においで」


「あ、トレヴァーさん、古代語解明のヒントを見つけました」


 ルークが呼び止めると、ピタリと足を止めて振り返った。


「何だって!? ああ、もう、時間指定されてなかったら聞くのに。後で聞きに行くから待っててくれないかい。急いで帰るから!」


 念を押して残念そうに出て行くトレヴァーを見送ってから、俺達は所長室へと案内された。



 ◇



 所長室に通されると、おっとりした雰囲気の中年男性が出迎えてくれた。この人が所長のスフェーン伯爵らしい。雰囲気以外、あんまりオリアーナとは似ていなかった。


「よく来たね、オリアーナ、ルーク、テオドール殿。いつもオリアーナと仲良くしてくれてありがとう。私が所長のチャーリー・スフェーンだ。よろしく」


 お互いに挨拶を交わし、スフェーン伯爵に勧められて席に着くと、早速ルークが話を切り出した。


「スフェーン伯、見てください。この紙片は聖杖とティアラの古代文字を写し取ったものを一文字づつ切り離した物です。ほら、これらの文字が重なるでしょう。そしてこれがセレンディアという文字になります。フレドリック殿下から教えて頂いて……」


 だんだんルークの声が萎んでいく。ああ、ひょっとして気付いたのか。さっきからスフェーン伯が目を細めて、うんうんと優しく頷いている事に。


「あの、スフェーン伯。もしかして、ご存知でしたか?」


「形が似ている事と、文字の並び、それに『セレンディア』の文字は王家で大切にされている文字だからね」


 ああ、やっぱり子供が思いつく事くらいは試しているか。

 落ち込むルークの肩を叩いてやる。まぁ、気にすんな。


「この古代語は縦書きでも書くようでね、いくつかの品からも見つかっているんだ。まぁ、研究所か魔法省に所属しないと閲覧できないからね。なかなか個人で研究は難しいと思うよ。だけど、一人でここまで法則を見つけ出したのは凄いね。やはりルークは将来有望だ。こっちに来て欲しいくらいだよ」


「お世辞はいいです。それに、法則を見つけたのは、テオドールですから」


 ルークが俺が示した方法を説明すると、スフェーン伯は驚いた様子だった。


「問題は何が書かれているか、ですけど、テオドールは六騎神の愛の告白だと予測してます。古来より贈り物に愛の言葉を刻む事からそうではないかと」


「……凄いね。そこまでわかるなんて」


 スフェーン伯が感心するたびに恐縮してしまう。ただの前世の記憶で、普通に読めたからなんて言えそうもない。


「という事は、愛の告白の方向性は合っているんですか!?」


 ルークが勢い込むと、スフェーン伯が頷いた。

 そうしてしばらく逡巡してから、慎重な様子で口を開いた。


「トレヴァーの成果でね、一応は全文の解読はできたと思う。だが……いや、やめておこう。ともかく、トレヴァーの報告では、この古代文を六騎神の正統の者が正しく発音すれば起動させられると、主張している」


 スフェーン伯によると、先王から装飾品を賜った俺達五家が、六騎神の末裔に当たるらしい。先王の時代に研究がされた時、装飾品に刻まれた六騎神の名を見て、六騎神の末裔である俺達五家が装飾品を持つべきだと主張したのだそうだ。

 今は魔導具とは言い難い装飾品を末裔達が所有する事によって、再び力を取り戻さないだろうかと考えたらしい。いずれ復活する魔王を再封印する為に。

 その事により、五家に装飾品が下賜されたが、焦って内部調整もせずに行った為、色々不満を持つ者が出たらしい。

 迷惑な。


「と、トレヴァーさんはどんな成果を出したんですか? 全文の意味は? 正確な発音とはどんな音になるのでしょう?」


 ルークは下賜された経緯などお構いなしに、スフェーン伯に詰め寄る。邪魔をしないようにずっと黙ったままのオリアーナは呆れた表情でルークを見ていた。


「愛の告白なのは間違いないようだ。発音は、ええと……」


 紙を取り出して、辿々しく読み始める。


「これはティアラの文言だ。聖杖は魔法省にある。読むぞ。『ワガ カタキノ せれんでぃあニ、ごるでぃあすヨリ シンジツノ ゾウオヲ ササグ』だそうだ」


 何だって!?

 スフェーン伯が発音した言葉は完全に日本語だった。辿々しいが、間違いない。

 だけど、文言が、内容が違いすぎる。何だよ、その呪いのような言葉は!


「何だか、不吉な響きですわねぇ〜。愛の言葉の筈ですのに、ちっとも心に響きませんわ〜」


 オリアーナが感想を呟く。その通りだ。女の子ってのは、勘が鋭い。

 そんな事に感心している場合じゃなくて!


「あ、あのっ、それは本当に正しいのでしょうか? ほ、ほら、この文字。この字は同じでしょう。それなのに発音が違うように聞こえたのですが」


 文言にある、『愛しの』と『真実の愛』にある、『愛』の文字だ。それが『仇』とか『憎悪』になるなんて、ありえない!


「何が変なものか。この古代語は同じ文字でも発音が違う文字があるのも特徴だ。また、特定の文字の並びでは全く違う発音もあるらしい。不思議でもなんでもないだろう」


 確かにそうだけど! 愛で、『あい』とか『いとしい』とかあるけど違うんだよ! 音読みとか訓読みとか熟語とか単語で読み方違うけど、漢字の意味は大幅に変わらないよ! 反対の意味になったりしないから! もう、ややこしいな、日本語!


 どうしよう。どう伝えたらいい? それにこの読み方が正しい可能性だってある。でも、あからさまに怪しいだろう。

 ほとんどが変な発音だったらそういうものか、って思ってしまうけど、これだけの意味を持たせるなんて、悪意に満ちているとしか思えない。

 なんだってトレヴァーさんはこんな発音だと解釈したんだ。


「今、魔法省でも実験をするらしくてね。こっちでもゴルドバーグ候に準備をしてもらっているんだ。見学するかい」


「いいんですか!?」


 ルークが喜ぶ。が、俺は喜べない。父上に間違った文言を言わせて、もし何かあったらどうするんだ。


「……ひょっとして、トレヴァーさんは本当に悪意で……?」


「どういう意味かな、テオドール殿」


 スフェーン伯の瞳に厳しさが宿る。いや、だって、疑ってしまう。日本語が読める俺から見たら、悪意そのものだ。


 その時、ドゥンと、地面が揺れた。

 地震か!? と思ったら、窓の外に、澱んだ黒緑色の粒子のようなものが渦を巻いて天へ昇っている。何だ?


「あそこは、魔法省……まさか、父上に何か!?」


「ルーク!」


 静止するが、ルークは部屋を飛び出している。慌ててルークの護衛達も追いかけていた。スフェーン伯が窓の外の粒子を見ながら呟く。


「やはり、トレヴァーの罠か」


 何だって!? もしかして、わかってて実験したのか!?

 急いでさっきスフェーン伯が読んだ紙に、間違いを消し、正しい文言の発音と意味を書いてオリアーナに渡す。


「ルークに渡してくれ。正しい発音だ。『カタキノ』じゃなく、『イトシノ』。『ゾウオ』じゃなく『アイ』だ。こっちは意味。頼んだ。スフェーン伯! 俺の父上はどこですか!? やめさせないと!」


 オリアーナが飛び出して行くのを見送って、俺はスフェーン伯に詰め寄った。

 スフェーン伯は訝しげに俺を見ていたが、すぐに父上のいる実験場に連れて行ってくれた。



 ◇



 実験場は別棟にあり、吹き抜けの広いホールの中心に、父上がいた。

 側には台座があり、その上に鎮座しているのがティアラなのだろう。

 ホールの隅には実験器具なのだろう、機械がいくつも設置されており、その周りを研究員なんだろう、数人が慌ただしく動いていた。


「テオドール、どうしたんだい」


「父上! その文言は間違っています。絶対に言わないでください!」


 父上は怪訝な顔をするも、俺とスフェーン伯が説明してくれるのを待ってくれた。スフェーン伯が、先程の地震が魔法省での実験で引き起こした可能性が高く、この文言は危険だと説明してくれた。


「ご子息は正しい文言をご存知のようだ。できたらそちらで実験を続けてもらえないでしょうか」


 けど、この最後の言葉は余計だ。

 なのに、父上はそれを了承してしまった。俺がどんなにただの勘だと言い張っても、やってみればわかると一蹴されてしまう。


「じゃあ、テオドール。実験を始めよう」


「……はい、父上。いきますよ……『我が愛しのセレンディアに、ゴルディアスより真実の愛を捧ぐ』」


「『ワガ イトシノ せれんでぃあニ、ごるでぃあすヨリ シンジツノ アイヲ ササグ』」


 すると、父上が触れていたティアラが金色に光り、金色の粒子が立ち昇ったかと思うとすぐに掻き消えた。


「父上、大丈夫ですか!?」


「ああ、何ともないよ」


「す、凄いぞ! 今まで反応がなかったのに、ここまで成果が出るとは……!」


 スフェーン伯や研究員達が騒ぐ中、父上は相変わらず優しく微笑んでいてくれて、ちょっとほっとした。


 その後、スフェーン伯や研究員達に質問攻めにされたが、『聖女伝説』に書いてある告白に似てる音を思いついただけで偶然だと言い張った。

 父上も何か聞きたいようだったけれど、全部偶然と勘で乗り切った。

 ……乗り切れてないかもしれないけど。


 魔法省の方も、オリアーナがルークにメモを渡したのだろう、すぐに粒子は消えていた。

 こうして、こっちの騒動はすぐに収まったのだった。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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