4 剣チートは斜め下
4.
よし、剣無双やったるぜー!
結論から言うと、弱そうな警備兵にすら勝てませんでした。
あれー? おかしいな?
剣無双でもないのか?
三歳児にしてはスジはいいらしいんだけど、俺の思っていたのと違う。
普通にあしらわれているんですが。
なんて言うの? チャンバラごっこで遊んでもらっているレベル?
なんかこー、「馬鹿な、この剣筋で三歳児だと……!」とか驚くようなレベルで王国最強な人が来て弟子にしてやろうとか、そんなカンジを想像してたんだけど……あっれ~?
まぁ、剣なんか重くて持てなくて、台所から取ってきた麺棒で稽古しているせいかもしれないが。
こうしていると、脳裏にテロップが流れてくるんだよな。
こんなカンジの。
テオドール は ひのきのぼう を そうびした。
こうげきりょく が 5あがった。
テッテレー。
うん、そんなカンジ。
おぉう……。
「テオドール坊ちゃん、どうしました? 四つん這いになって。まだ軽く打ち合わせただけで、吐くほどのキツイ稽古はやってませんよー?」
警備兵のケヴィンが麺棒を軽く振る。俺に合わせてヤツも麺棒だ。
軽薄そうなチャラ男っぽかったから、弱いと思ってたのに。
いつも鬼ごっこに付き合って遊んでくれるから、頼みやすかったってのもあるんだけれど。
やっぱり兵士としての訓練をつけている分、ちゃんと強いみたいだ。
と言うか、俺が弱すぎて、ケヴィンの実力自体もわからねえ。
それに基礎もしっかりしてるみたいなんだよな。
◇
最初、真剣で稽古したいって言ったら、ニコニコ笑いながら俺と目線を合わせてきた。
なんか目が怖いんだけど。
「テオドール坊ちゃん、両手を出してください」
言われた通り両手を出すと、その上に剣を鞘ごと無雑作に乗せた。
俺は支えきれずに落としてしまった。地面に落ちる前に、ケヴィンは剣を受け止めた。
「ね、持てないでしょう」
でも、もうちょっと短ければ。なんて呟いたら、
「しょうがないですねぇ」
と、短剣を腰ベルトから外し、鞘つきのまま俺に渡してくれた。
これでもずっしりと重い。
「このまま振ってみてください」
と言われ、鞘つきのまま大上段に構えて振り下ろしたのだが、その遠心力に引っ張られて尻餅をついてしまう。
「これでもムリなのか」
「無理ですねぇ」
ケヴィンは苦笑して短剣を取り上げると、腰に吊るしたナイフを抜いた。これも鞘ごと。コンバットナイフくらいの大型のナイフだ。
「坊ちゃん、いいですか、ゆっくり鞘から引き抜いてください。いいですか、ゆっくりですよ」
俺は言われた通り、ゆっくり引き抜こうとする。が、引き抜けない。これ、結構力が……
スポーンと、すっぽ抜けた。
「え……!?」
ナイフは人のいないところに飛んで行き、地面にぐさりと刺さった。
ケヴィンはナイフを丁寧に拭ってから鞘に収める。
「ね、坊ちゃん。危ないでしょう。身体がまだ出来上がってないんですから、真剣での稽古はやめましょうね。それに……」
今度は胸ポケットから小さな折りたたみナイフを取り出した。
「刃物ってのはね、本当に怖いんです。こんな小さいものでも、相手を傷つけられるんですよ」
そう言って、自分の指先を刃先に押し付けて、ぷっくりと膨らんだ血を俺に見せた。
ああ、そうだよな。刃物は怖い。
ちゃんと知ってないと。
姉貴も注意してたっけ。幼稚園に上がる甥っ子にお道具箱の前に正座させて、ハサミは人に向けるな、慎重に扱えって。
この世界もおんなじだ。
幼児である俺にルールを教えてくれてる。叱ってくれる。
チートかもなんて浮かれてて、常識を忘れるとこだった。
「ケヴィン、ごめんなさい。こんどから、しんけんでけいこしたいなんて、いわない。それより、きず、だいじょうぶ?」
ポケットにあったハンカチをケヴィンの指に押し当てる。
すぐに治る傷だとわかってても、俺を諭すためにわざわざつけた傷だ、放っていていいはずがない。
「大丈夫ですよ、こんなもん舐めておけばすぐに治ります。坊ちゃんは優しいですねぇ」
なんだよ、意外そうな顔しやがって。俺だって、一応は反省するんだぞ。
「ま、わかってもらえて、よかったですよ。そうですねぇ、坊ちゃんにいいのは……ちょっと待っててくださいよ」
そう言って、ケヴィンは裏口から館に入るとしばらくして麺棒を二本持って出てきた。
西洋の取っ手がついた麺棒じゃなく、日本でよく見るうどんや蕎麦を伸ばす細長い麺棒だ。同じ長さじゃなく、一本は短い。家庭用?
その短い方を渡される。
「じゃ、ちょっと打ち合ってみますか?」
「いいの!?」
「いいも悪いも、そのうち学んで頂く予定だったんで、今から始めても構わないでしょう。今日は木剣を用意してないので、これで代用しましょう」
ようし、真剣はダメだったけど、この麺棒で凄いって言わせてやる。
身体ができてないってだけで、チートの可能性はまだあるはずだ。
そして、冒頭に戻る。
あれー?
◇
というわけで、剣もダメでした。
ケヴィンは「強くなれますよー」なんて言ってくれたが、お世辞だとわかってるんだからな。
でも、チャンバラごっこは楽しかった。
チートは無理でも普通に強くなりたいし、ケヴィンの言う通り続けてみよう。
そして稽古と言う名のチャンバラを終えた俺達を、マーサと料理長が待ち構えていた。
しこたま怒られました。
教訓:調理道具をチャンバラに使ってはいけません。
ブクマありがとうございます。