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30 横槍は過去から

30 横槍は過去から


 ミュリエルのお屋敷に来ました。

 うう、キンチョーしてきた。

 えーと、本日はお日柄もよく、よく……? ええと、次、なんだっけ。


「テオドール、落ち着きなさい。大丈夫だから」


 そうは言ってもね、パパン。俺自身どうしたら良いのかわかんないんだよ!


「ふふ、嬉しいのはわかるけれど、もう少し余裕を持ってね、テオドール」


 はい、母上。


「おにいちゃま、がんばって」


 ありがとう、ウェンディ。お兄様頑張るから。



 応接室に通され、待っている間、ずっと挨拶を考える。

 でも、何にも思いつかない。

 ええと、お嬢さんを私にください? 駄目だ、それ、結婚の許可を貰うための挨拶で婚約の申し込みじゃない。

 お嬢さんと婚約させてください? ストレートすぎか? だあぁ、わかんねー!


「いつもの君で大丈夫だよ。本当に大丈夫だから。きっと大丈夫。大丈夫。……ええと、大丈夫なの?」


 あれ、パパンが大丈夫しか言わなくなったよ。


「あらあら、あなたまで不安にならないでくださいな。テオドールは大丈夫ですよ」


「ああ、そうだね。テオドールの緊張が移ったのかな」


 うう、ごめん。でも、キンチョーするだろ、コレ。しねーヤツは自信に溢れてるヤツだけだ。



 執事の人が子爵が来ることを告げ、続いてアンバー子爵と夫人、そしてミュリエルが部屋に入ってきた。


 アンバー子爵は四十代くらいの細マッチョ系なイケメンだ。服の上からでも鍛えているのがわかる。何回かご挨拶した事があるけど、気の良い親父さんって感じだったのに、何故か今回、俺を見る目がめっちゃ厳しいんですが。というか、表情が固い?


 夫人はミュリエルを成長させた感じで、中心にはならないけど、ほんわかする笑顔で場を和ませられる人だ。今日もにこにこ笑顔でいる。


 ミュリエルは綺麗におめかししていた。水色をベースにしたドレスに、前にあげたレースのリボンで髪を飾ってる。顔を赤くしてて、めちゃ可愛い。

 ミュリエルと目が合う。思わず、目を逸らしてしまった。いや、だって、可愛い過ぎるんだよ。キラキラの目で俺を見てて。あれ、こんな可愛いかったっけ?

 もう一度ミュリエルを見ると、また目が合った。顔が熱くなって、また逸らしてしまう。え? あれ? なんかまともに顔が見れないんだけど、どうなってんの? 床しか見えないんだけど、あれ?


「お待たせ致しまして申し訳ありません、ゴルドバーグ卿」


「こちらこそ、快く応じてくださり、感謝しております。アンバー子爵」


 父上とアンバー子爵が握手を交わす。お互いそれぞれの家族と挨拶を交わしてから、席へと着いた。

 そして、子爵がすぐに本題に入った。


「ゴルドバーグ卿。ご子息とのご婚約を申し込んで頂き、ありがとうございます。私の娘を選んでくださった事は嬉しく思っております。ですが、申し訳ありませんが、お断りさせて頂きたく」


 固い声だった。

 顔を上げると、ミュリエルも夫人も驚いている。

 もちろん、俺達家族もだ。

 慌てて父上がアンバー子爵に問いかける。


「お待ちください。先日打診させて頂いた時には、問題ないとのお返事を頂きました。理由をお聞かせください」


「私ごとで申し訳ないのですが、先日、長男が宮廷魔法省への内定が決まったと連絡が届きました。誠に勝手なのは重々承知しております。ですが、ご理解頂きたく」


「宮廷魔法省に……」


 父上の声が強張っている。


「はい。これが次男、三男でありましたならば、そう問題にはならないかもしれません。しかし、長男では出世に響きます」


「あなた……」


 夫人がはっきり言う子爵を嗜めるが、反論はしない。

 隣に座る父上の拳が膝の上で震えていた。母上は心配そうに父上と俺を見ている。


「そう……ですか。こちらこそ、申し訳ありませんでした。無理なお願いをしてしまったようです。ですが、お嬢様と息子の交流は認めて頂きたく」


「申し訳ありません。今後は今までのようには難しいかと存じます。今まで我が娘を可愛がってくださり、ありがとうございました」


「アンバー卿、どうか、どうか、今までのご縁を無かった事にするのだけは、やめて頂けないでしょうか。お願い致します」


「ゴルドバーグ卿。私も、身を以て娘を助けて頂いた恩を忘れるつもりはありません。ですが……どうか、ご理解ください。グリーンウェル伯爵は貴方を忘れておりません」


 深々とアンバー子爵が頭を下げる。


 ええと、つまり、ミュリエルと婚約出来ないって事だよな。

 しかも、今までのように会ったり、パーティーで踊ったり、手紙を交わしたりもすんなって言われたのか。

 父上は、黙って唇を噛みしめている。

 そっか、もうミュリエルに会っちゃいけないのか。

 もう、会えないのか。

 そっか。

 そうか……


「……おにいちゃま、どこかいたいでちゅか。なかないでくだちゃい」


 母上に抱っこされていたウェンディが頭を撫でてくれた。

 あれ、涙が止まらない。でも、止めないと。駄目だ、こんな泣き顔なんか見せられない。深呼吸して、涙を拭う。

 ミュリエルは声を上げず、涙をボロボロ流してた。


「……ご迷惑を、おかけしました。お嬢様には、二度と、近づきません」


 アンバー卿に深々と頭を下げる。

 父上も母上も頭を下げて、俺達は帰った。

 部屋を出てから、ミュリエルの泣き声が聞こえた。



 ◇



 帰りの馬車で、父上が教えてくれた。

 宮廷魔法省は『聖女の装飾品』は魔導具であると主張しているんだそうだ。

 今は力がなくとも、いずれ力が戻ると信じているらしい。

 宮廷魔法省では、どうしたら『聖女の装飾品』が魔力を取り戻すのかを、研究命題としているのだ。

 そのため、魔導具でないと結論を出した王立魔導具研究所とは仲が悪いらしい。


 そして、宮廷魔法省長のグリーンウェル伯爵は、先王から『聖女の聖杖』を賜った家でもある。

 父上が『聖女のティアラ』を返納したために、研究対象を返納しろという圧力があったりして、宮廷魔法省全体が父上を疎ましく思っているそうだ。


「ごめんね、テオドール。私のせいだ」


 意気消沈して、父上が呟く。


「父上のせいじゃ、ありません。こればかりはしょうがないと思います」


 そう、しょうがない。

 だって、『聖女のティアラ』を手放したのは、俺達家族のためだ。


 だけど、ミュリエルに会えないのは、辛いな。


読んでくださってありがとうございます。


ブクマありがとうございます。

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