29 ヘタレは無自覚
29 ヘタレは無自覚
七歳の誕生日に、父上から仔馬をプレゼントされた。
ふおおおお! いいの!? これ、本当に貰っちゃっていいの!?
「ただし、ちゃんと世話できるようになりなさい」
もちろん! 身体だって、大きくなったしな。小学二年生だぜ。……なんか大きくなった気がしないのはなんでだろう。
リチャードの方が頭一つ分大きいしな。くそう、一年の差はでかいぜ。そのうち、追い抜いてやるからな、見てろ。
そして、リチャードも馬を貰ってた。さすが父上。俺が何処にでも行くつもりなのは、わかっているようだ。
そんなわけで、リチャードとケヴィンを連れて遠乗りに来ていた。
そう! 遠乗りもできるようになったんだ。
数日、家の敷地で慣らしてから、領都の外れにある小さな丘に散歩に行った。
領都の街並みを眺められる場所で、領都民も気軽に遊びに来れる場所だ。
ケヴィンが、ざっと領都の主な施設の場所を説明してくれた。
街の中心より北側にある大きな敷地が俺の家で、一番大きい屋敷が父上のいる本館だ。
敷地の外側周辺に、家臣が住む住居がある。ケヴィンのように独り者だと、ウチの屋敷内に部屋を与えられて住んでいるけど、結婚して家族ができると屋敷から出て、自分の家を持って家族と暮らすんだそうだ。
そして、城壁があって、大店の商家の屋敷が並ぶ。高級住宅街だな。
街の中心には大きな広場があって、その辺りは商店街になっているようだ。
その周辺に小さな家々が並んでいる。
街を囲うように壁があって、その外には田畑が広がっていた。うん、田んぼもある。米があるから当然なんだけど、ヨーロッパ風の街並みに田んぼはなんか違和感がある。
そして、後ろを向くと、城壁がぐるりと巡らせてあった。
そっか、ここはまだ領都内なんだ。
だから気軽に遊びに来れるんだな。
そんな感じで、簡単に説明を聞いて、しばらく眺めてから帰った。
街中を通る時も、聞いた説明を思い出しながら通ると、なるほど、細かいところが違ったりするのがよくわかる。
領民の顔も明るくて、挨拶もしてくれる。いい街だなと思いながら、挨拶を返した。
帰ってきたら、馬を馬房に入れて、汗を拭いてやる。丁寧にしてるつもりだけど、まだ足りないようだ。馬丁が手伝ってくれ、教えてくれた。
鞍や馬銜なんかはまだ外せないので、外し方や、その後の馬と道具の手入れなんかを見学してから屋敷に帰った。
やり方を知っておく事って大事だよな。自分の馬の世話もできないまま、従者に任せっぱなしの人もいるようだけど、知ってるのと知らないのとでは違うと思う。
父上も世話するように、って言ったのは、ちゃんとどういう世話が必要なのか知っておくように、って意味もあると思うんだ。嫡子だからいずれ他人任せになるけど、なるからこそ、その仕事をやってくれている人に感謝するようにって。
それに、実は、フレドリックが馬を乗りこなせるようになったらしく、自慢気に手紙に書いてくるのだ。ムカつくので、俺はちゃんと世話までできるぜって事を書いてやる。まぁ、フレドリックのヤツはロクな従者をつけてもらっていないみたいだから、どうせ全部一人でできるんだろうけどな。くそう。
ウチから従者を出してやる事ができないのが残念だ。政治って厄介だよなぁ。
何処かでいいヤツが見つかればいいんだけどな。
ミュリエルとも文通はしてる。
ミュリエルは刺繍が好きだそうで、ハンカチにクッキーやクマなんかを刺繍して送ってくれた。それに縁編みして持ち歩いてると、ウェンディに取られそうになった。お願いして、返して貰ったけど。代わりに、縁編みした別のハンカチ二枚で許して貰った。
あと、お気に入りなのが、川をイメージしたようなデザインの刺繍。
浅緑の生地に、水色と青と紺、そして白で川が縫い取られていて、小さなビーズとスパンコールが川面に反射する光を表していた。なんか落ち着く。
屋敷に帰ると、ウェンディが待ってくれていた。
三歳になったウェンディは、最近はカーテシーができるようになったんだぜ。すごいだろ。
片足を軽く引いて、ちょんとお辞儀するんだ。
「おかえりなちゃいまちぇ、おにいちゃま」
って、挨拶してくれるんだ、どーだ、可愛いだろ! 可愛いすぎるだろ!
ウチの妹は世界一なんだぞ。
「ただいま、ウェンディ。お出迎えありがとう。上手にご挨拶できたね。偉いぞ」
「わたくちも、ちゅくじょですもの。とうじぇんでちゅわ」
「うん、そうだね。ウェンディは立派な淑女だ」
「リチャードも、ケヴィンも、おにいちゃまのおもり、ごくろうちゃまでちゅ」
「労ってくださってありがとうございます、ウェンディお嬢様」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
「コイツらに言わなくてもいいぞ」
「まぁ、おにいちゃまったら、そんなことゆっちゃ、メ、でしゅよ」
「ははは。ウェンディに怒られちゃったよ」
あーもう、マジ可愛い。
つか、ケヴィンもリチャードも、呆れた顔すんな。
「おとうちゃまが、おにいちゃまに、きてくだちゃいと、おっちゃってまちた」
「そうなのかい? わかったよ、行ってきます。伝えてくれてありがとう。ウェンディも一緒に行くかい?」
「わたくちは、おかあちゃまとあみものをちゅるので、ごえんりょちまちゅ」
そうか、残念だ。
ウェンディに母上によろしく伝えるよう、頼んでから、父上の元へ向かった。
◇
父上のところに行くと、王都へ行くんだそうで、俺も一緒に行かないかと尋ねられた。
もちろん、行く。
王都にはフレドリックもミュリエルもいるからな。
久しぶりに会いたい。
「ところで、テオドール、君はミュリエル嬢が好きかい?」
「はい、もちろん」
「そうか……実はね、アンバー子爵に、ご挨拶に行こうと思うんだ」
「ミュリエルのお父上にですか?」
「ああ、ミュリエル嬢を、君の婚約者に申し込もうと思って」
「こ、婚約!?」
婚約って、あの婚約ですか!?
「そうだよ。反対かい? いいかなと思ったんだけど」
いやだって、早くない?
「そろそろ決めておかないと、変なところから横槍でも入れられたら困るしね。文通しているくらい、仲がいい彼女ならって思ったんだけど。他に好きな子がいるのかい?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「じゃあ、進めてもいいかな? もちろん、先方の返事を聞いてからだけど」
ぶんぶんと首を縦に振る。
「向こうの了承がもらえたら、大神殿で婚約宣誓しようね」
「えっと、その、ミュリエルに、ふ、フラれちゃったら……」
どうしよう。そんな事になったら、俺は引きこもる自信がある。
「んー、向こうが家格の差に怖気づいたら、断られるかもだけど……それはないんじゃないかな」
いや、万が一があるだろ。
前世なんか年齢イコール彼女いない歴だったからな。
そんな簡単に彼女ができるわけないだろ。ははは、知ってるんだぞ。
俺、ミュリエルに何のアピールもしてないんだし。
イケメンに産んでくれて嬉しいけど、父上みたいにモテるわけじゃないんだからな。
「ええと、テオドール? いつもミュリエル嬢と仲良くしてるよね? 嫌われてはいないんだから、自信持って。いつもの不遜なテオドールはどうしたの」
くそう、イケメンはいいよな。何やっても許されて。
いままでパーティーに参加しても、父上みたいにキャーとか言われた事ないもん。
ミュリエルが一緒に踊ってくれるけど、他に踊ってくれるのカトリーナだけじゃん。それでも王太子には睨まれるんだぞ。
フレドリックと話してたら、もう、本気で睨み殺されそうだし。なんだよ、そんなに異母兄が嫌いなのかよ。
「と、ともかく、たぶん大丈夫だから。心配しなくても、いいお返事は貰えると思うよ」
そうかな?
「うん、大丈夫だよ。不安にならなくていいからね」
父上に慰められて部屋を後にした。
後で、リチャードにも慰められ、ケヴィンには「なんで、あれだけイチャイチャしてるのに、自信がないんですか」とか言われた。
あるわけねーだろ。
初めての事なんだから。
そして、数日後、準備を終えて、王都へと向かった。
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