27 とある公爵令嬢の呟き その3
27 とある公爵令嬢の呟き その3
お見合いが終わってから、話はトントン拍子に進んだ。
わたしもエリオットも反論しなかったし、したとしても、すでに決定事項だ。覆るものでもない。
時々、挨拶程度に会って、お茶を飲みながら他愛無い話をするという、そんな日々が続いた。
半年も経つと、既成事実を作るかのように、昼のパーティーにエリオットのパートナーとして出席する様になり、大人達からは微笑ましく見られるようになった。
他の攻略対象者達や、ライバル令嬢達とも会うようになり、誼を結んで行くことができた。
ただ、テオドールにだけは何故か会うことはできなかったけれど。それがちょっと気にかかった。
フレドリックにも紹介され、彼が一応は王族扱いされていることにホッとした。
出会ったら挨拶ぐらいは交わす間柄になれた事が、ちょっぴり嬉しかった。
そんなある日、たまたま『薔薇の迷路』を見つけた。
ヒロインちゃんが幼い頃、攻略対象者の誰かと出会う場所であり、ゲーム本編が始まってからもたびたび訪れる場所だ。
これは見ておかねばならないだろう。
だって綺麗なスチルだったんだよ。薔薇が咲き乱れていて、噴水の水が輝いていて、攻略対象者がユーザーに微笑んでくれている。そんな素敵な場所だ、ファンとして、是非見なければ。
そっと入って行くと、薔薇の壁で通路が作られていて、その道に沿って二つほど曲がって行くと、広場に出た。中央に噴水があって、その周りにいくつかのテーブルとベンチが置いてある。薔薇が咲き乱れる壁がくるりと囲っていた。
うわぁ、圧巻だなぁ。本物ってこんなに凄いんだ。
「誰?」
うわわ、誰かいた。落ち着いて、声の主を探す。
噴水の縁に腰掛けていたのは、フレドリックだった。思わず叫びそうになった。
だってだって、ここで出会うって、ユーザーにとっちゃ滅茶苦茶運命的なんだよ。ドキドキしてしまうんだから叫びたくなるでしょ。
幼い頃のあのシーンかもって期待しちゃうでしょ。
あの出会いは、回想シーンでのスチルでしかないし、誰かはわからないように、顔には影がかかっていて、結ばれてから、誰だったのかわかるようになってた。けど現実は無理だよね。明るい場所だから、誰なのかはすぐにわかっちゃう。
でも、わたしはカトリーナだ。ヒロインちゃんじゃないんだから、抑えないと。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありません。今すぐ去りますので、お許しください」
「ああ、カトリーナ嬢か。いいよ、大丈夫。君も薔薇を見に来たの?」
「ええ。あまりに綺麗でしたので、つい。フレドリック様もですか?」
「そうだね。……ここは一人でいられるから」
「そう……ですか」
あまりのボッチ発言に涙が出そうになる。寂しそうなのに、拒絶していて、求めてて、もう、おねーさんがぎゅっとしてあげたくなっちゃうよ。どうしよう。
「また、泣きそうな顔になってるね。そんなに僕は可哀想に見えるのかな?」
え……? 見られてた?
「も、申し訳ございません。そんなつもりは……」
「なら、君が友達になってくれるのかい? 憐れで可哀想な僕の友達に」
それは……無理なんだよ。ごめんね。
「申し訳ございません」
「そうだね、君はエリオットの婚約者だもの。憐れみの目で見てしまうのは無理ないかな」
「そんなつもりは全くありません! ですが……申し訳ございません」
自虐的に呟くフレドリックに、つい強く否定してしまったけど、見ているだけのわたしには言う資格なんかない。ただただ、深く頭を下げて謝る他なかった。
「カトリーナ」
不意に声が聞こえた。エリオットだ。
通路から現れ、ゆっくりとわたしの側に歩いてくる。
「フレドリック兄上、彼女が何か?」
「何もないよ。彼女は僕が一人でいるからわざわざ声をかけてくださっただけだ。お邪魔のようだから、僕は失礼するよ」
そう言ってフレドリックは違う通路から広場を出て行く。
それをエリオットは嬉しそうに勝ち誇った様子で見送っていた。
ああ、もう、今すぐヒロインちゃんが現れてくれないだろうか。この二人を今すぐ癒してほしい。どうか。
「異母兄には、誰もいないんだ……だから、僕だけを頼ればいいんだ」
「エリオット殿下……」
……歪みっぷりに拍車がかかってませんか。ちょっと引くレベルなんだけど。
ヒロインちゃん、ヒロインちゃん、早く、なんとかしてくださいー!
◇
五歳になる年、ようやく公式にカトリーナとエリオットとの婚約が発表され、披露宴が行われることになった。
ようやく、テオドールに会う事が出来る。ヒロインちゃんも登場だ。よし、頑張らないと。
式典が進み、壇上に上がって挨拶をする。
ジッと見られていた。間違いない、テオドールだ。
なんだろう、占いの力で、わたしが前世持ちだとわかったのかな。すごい、テオドール!
とか思って尋ねてみたら、
「理由ですか? カッコいい髪型だと思って見ていました。その鋭い髪型って、剣に見えてカッコいいですよね」
あっけらかんと答えられてしまった。
ちょ、信じられない! ちょっと待って! テオドールよね? テオドールで間違いないわよね!? いつも穏やかで、神秘的で、柔らかな物腰で、口調も丁寧で、微笑みを絶やさない、ヒロインちゃんの相談に優しく乗ってくれる良い人のはずだよね!
なんか、やんちゃ坊主みたいなお子様なんですけど!?
物憂げな微笑み何処に行った! ニパッと明るく笑うのも、これはこれで美味しくてご馳走様だけど、違うよね!? なんでそんな元気いっぱいの笑顔なの!?
どちらかと言うと、お父さんのゴルドバーグ卿の方が理想的なテオドール様なんですけど!?
どうなってるの!?
ショックを受けて立ち直れないまま、お子様会場での会食となった。
王太子の婚約者として、みんなをお持て成ししないといけないんだけど、ちゃんと出来るかどうか心配だ。
テオドールに気をつけて、頑張らないと。
そのテオドールはエリオット達から睨まれてる。
さっき、自分の事に気を取られてて、エリオットの子供じみた遊びがやり込められて、つい、笑ってしまった。フォローできなかった。それは悪いと思ってる。ごめんなさい。
でも、何でそんな事で仲が悪くなってるの。
子供か、君らは! ……って、子供だった。
どうしよう。ゲームではエリオットとテオドールって比較的仲が良いんだよ。エリオットの我儘を根気強くテオドールが付き合って、話も聞いてあげてるから。というか、テオドールはみんなと仲が良いハズなのに、何で全員と仲が悪くなってるの!
さらにはテオドールとフレドリックが仲良くお話してるんですが。楽しそうで羨ましいんですが。エリオットの機嫌はますます悪くなってるんですが。女の子達が怯え始めてるんだけど、気がついてないよね、エリオット。
しょうがないから迎えに行った。
そしたら、二人ともに拒絶された。けど、めげるもんか。この場では二番目に偉いんだから強権発動させてもらいます。
フレドリックとテオドールの二人を引き連れ、席に戻ると、少しだけエリオットの機嫌が良くなった。そーか、お兄さんが来てくれて嬉しいんだね。
相変わらず、嫌そうな顔してるけど、わかるんだからね。でも、フレドリックと仲良くなったテオドールには敵意むき出しだった。もうちょっと取り繕ってほしい。
フレドリックとテオドールはあからさまに不機嫌だ。
ああもう、どうしてこんな事になってるの!?
エリオットが席を勧めないから、わたしが勧めた。
そうしたら、テオドールがミュリエルの隣に座っちゃったよ。どうして!? 黄色カップルって、すでに成立してたの!?
慌ててフォローしてみたけど、固辞された。ああ、初めてのパーティーだったからわかんなかったんだね、ごめん。
なので、フレドリックと何の話をしていたのか聞いてみた。すると、『聖女の装飾品』の話だって言うじゃない。えっと、占い師に盗られた話をして大丈夫なの?
「私の家にもあったそうですが、見た事がなかったので、惜しいことしたなぁと。もうウチにあったのは返納されたようですので。伝説の宝物って、ちょっとわくわくしませんか?」
ちょっと待って。返納って、何?
「返納……ですか? テオドール様のお家にはもうないと……?」
頷かれてしまった。
「はい。私は今より幼かったので、わからないのですが、王家に返したそうです」
「王家に……!」
何それ、どう言う事なの!? 占い師に盗られたんじゃないの!?
聖女の装飾品で盛り上がっているところを悪いんだけど、聞いてみないと。
「で、では、テオドール様。占いはされるのでしょうか?」
「占いですか? 花占いとかですかね? やった事ないんですが、女の子は皆様お好きみたいですね」
「テオドール様自ら占いをされませんの? カードを使ってとか……」
「私が? しませんよ。触った事もないですね。そもそも私に占いの能力なんてありませんしね」
「……そんな……どうなってるの……」
占いをしないって、ちょっと、それじゃ、ヒロインちゃんをどうやって見つけるの!?
「ええと、占いはしませんが、レース編みならしております。このハンカチの縁編みは私が編んだものなのですよ」
そう言って、ハンカチを取り出して見せられた。
それはもう見事なお点前だ。
「なん……だと……!」
思わず口に出てしまう。レースって、なんでそんな趣味に才能注ぎ込んでいるんですか、テオドール様ー! 占いは? 占いでなくちゃ駄目でしょう!
しかもへらへら笑ってるし。
そういう笑い方しない人なのに!
わたしを置き去りにして話が盛り上がっていくけど、ちょっと話に参加する事が出来ない。
でも、しばらくすると、何故か妙に静かになっていた。
みんな、テオドールを見ている。
どうしたんだろう?
テオドールはミュリエルにクッキーを食べさせていました。
それはもう、楽しそうに。
「……貴様、何をやっている……?」
レックスが青筋を浮かべながら、問うと、
「ええと、ヒヨコのエサやり?」
あっさりテオドールが答え、フレドリックが肩を震わせて笑っていた。
なんなのよ、この人!
するとミュリエルは席を外すし、テオドールは追いかけるしで、もう、ポカーンとする以外できなかったよ。
本当に、あれがテオドール様なの?
「それじゃ、僕もそろそろ下がらせてもらうね」
フレドリックの言葉で、我に帰った。
エリオットが遠回しにまだ居て欲しいと言うけれど、楽しそうなフレドリックには伝わらない。もう、エリオットは不機嫌のままだし、フレドリックは席を立つしでどう収拾をつけて良いのかわからなかった。
自然とお開きみたいな状態になって、気がついたら、誰も席にいなかった。
はぁ、もう、どうなってるの。
そうこうしてるうちに、『薔薇の迷路』で侵入者がいたとか、騒ぎがあって、いつの間にかパーティーは終わっていた。
後日、テオドールが暴漢に襲われたと聞き、慌ててお見舞いに行った。
ミュリエルもフレドリックもいて、ビックリしたけど、楽しい時間だった。
その後、ミュリエルに事件の事を聞いてみたら、もう、ショックで寝込みそうだった。
ヒロインちゃんは、例の如く、最悪のケースだった。
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