24 あーんは正義
24 あーんは正義
「はい、テオドール様。あーん」
「あーん」
「美味しいですか?」
「うん、美味しいですよ」
「君達ね、ちょっとは自重しなよ」
何を言うんだ、フレドリック。せっかくミュリエルがお菓子を食べさせてくれるんだぞ。こんな事、大きくなったら恥ずかしすぎてできっこないんだから、今のうち目一杯楽しもうとして何が悪い。
ちなみに、ウェンディが大きくなったらやってもらう予定だ。
「では、フレドリック殿下も、あーんされますか?」
「いや、僕は遠慮するよ。殺されそうな目で睨まれるから」
そんなヤツいるのか? 失礼なヤツもいるもんだな。
などと考えていると、フレドリックが半眼で俺を睨んでいた。なんだろう。
「……はぁ、自覚無いのはどうかと思うんだけどね。まぁ、元気そうで良かったよ」
「はい。お元気そうでなによりですわ」
にっこにこ顔でミュリエルが喜ぶ。
今日は二人ともお見舞いに来てくれたのだ。
父上が呼んでくれた、治療師のお陰で、ケヴィンの傷も俺の傷も綺麗に治った。
いや、もう、魔法だぜ魔法。生まれて初めて見た魔法だ。
傷がスウッって治っていくのって、変な感じだった。カサブタができる時に痒くなる感じが全身を駆け巡るような? すぐにそんな感覚はなくなって、その時には傷は治ってるんだけど、やっぱり変な感じだった。
でも体力は戻らないらしい。
治癒した後は寝て回復しろと言われた。
ちなみに、魔法高レベル者はエリートらしく、国で囲っているらしい。
魔導具はたくさんあるのに、魔法をあまり見ないのはそのせいのようだ。
今回、俺とケヴィンを治してもらえたのは、隠し通路を見つけた功績で、特別に治療師の治癒魔法を許可してもらったそうだ。
……パパン、無理してない? 引き換えに王家から無理難題押し付けられてない?
心配いらないと、父上は言うけど、いっつもそう言うよね!? 大変な時でも!?
とか思っていたら、フレドリックが本当に心配いらないと教えてくれた。
「僕やアンバー子爵、ライラック公爵令嬢から陛下にお願いしたんだ。今回の王家の失態を隠す代わりに、交渉してみた。魔法治癒から見たら、傷の治癒なんて初歩らしいし。魔力消費も少ないから、朝飯前って感じかな。これで失態と引き換えだから安いものだよね」
つまり、王太子のパーティーで起こった問題――闖入者に襲われた詫びと隠し通路発見の功績――を無かった事にするから、その時に負った怪我なんて無かった事にしたい、って事か。
「本当に、ご無事で良かったですわ」
そしてもうひとり、見舞いに来てくれたのが、公爵令嬢だった。
パーティーで、怪我をさせてしまったお詫びをわざわざ告げに来てくれた。
「改めて、お詫び申し上げます、テオドール様。王太子殿下からもしっかり養生するようにとのお言葉を預かって来ましたわ」
「どうもわざわざ、ありがとうございます。王太子殿下にもよろしくお伝えください」
…………。
うん、会話が続かない。
けど、公爵令嬢って、この歳でしっかりしてるんだな。
王太子が悪者にならないよう、きちんと動いている。
おそらくだけど、王太子が俺の事を気にかけてるなんて、たぶん無いだろう。けれど、婚約者が挨拶に来る事によって、王太子は気遣いできる王になるよ、と、アピールできる。
デキた奥さんだな。まだ五歳なのに偉いな。
あー、パーティーの時もそうだったのかも。
王太子の、王家の権威を示すイベントでもあるから、問題なんて起こっちゃいけないし、起こさせてもならない。
かなり気負ってたのかな。
それで、俺とフレドリックにも声を掛けて来たんだろう。
侯爵子息と、庶子とはいえ王族。そんな二人がぽつんと壁際にいるなんて、あってはならない。持て成さないわけにはいかない。普通なら。
王太子の婚約者として、成功させようと頑張っていたんだろう。
悪かったなぁ。
王太子達の露骨な態度に反応して、反発してしまった。子供みたいに。
せっかく気遣ってもらっていたのに、気づいてあげられなかった。
「カトリーナ嬢、申し訳ありませんでした。勝手に席を外し、皆様さぞご不快だったでしょう。それなのに、わざわざお見舞い頂き、感謝の念に絶えません。私の我儘で、起こらずともよい騒ぎを起こしてしまい、申し訳なく思っております。今後はよくよく考えて行動致しますので、今回はご容赦ください」
深々と頭を下げた。
「そんな、テオドール様のせいではありませんわ。私が『薔薇の迷路』に行ってしまったのが悪いのですもの。カトリーナ様、お許しください」
ミュリエルも頭を下げる。いやいやいや。
「いや、ミュリエル嬢は悪く無いですよ? 私がヒヨコ呼ばわりしたのが原因ですし……」
「それを言うなら、私が大口開けたから……いいえ、お席を案内できなかった私が悪いのです」
「ふふ、それでしたら、一番最初に席をお勧めした私が悪いですわね」
カトリーナが笑って答えた。
へえ、自然に笑うと可愛いじゃん。
「テオドール様、私こそ気が利かず、申し訳ありませんでした」
「いや、それは私が勉強してなかったからで……」
「いい加減、不毛な会話はやめようね」
フレドリックが、呆れたように俺達を見ていた。
「起こった事はもう戻らないんだから、誰が悪いとか言いっこなし。いいね。そんな事より、テオドールのレース編みに驚いたんだけど」
「私も驚きましたわ。見せて頂いた、あの縁編み。網目も複雑で凄く凝っていて、上級者の技が満載でした。本当に、テオドール様がお作りになられたんですの?」
「ええ、もちろん」
「わ、私もこのリボンを頂きました。凄いですよね、とても綺麗でお気に入りなんです」
嬉しそうに、髪に編み込んだレースリボンをミュリエルが見せる。
喜んでもらえて良かったよ。また何か作ろうかな。
「本当に凄いですわ。私は、まだまだですわね」
「私は単に趣味ですから」
「これは趣味で済むような技術ではございません」
呆れたようにカトリーナが言う。
「はぁ、僕にはわけがわからないよ。何が凄いのかもね。ただ、綺麗だとは思うけど」
「まぁ、フレドリック様ったら。でも普通の男性ならそうかもしれませんわね」
「カトリーナ嬢なら、どんなのを作るんだい?」
「私ですか? 私はまだ基本の花や氷でしょうか。パイナップル編みも出来るようになって来ましたわ」
「へぇ、頑張っているんだね。言ってる意味はわかんないけど」
「もう、フレドリック様ったら」
ふうん、カトリーナもフレドリックも楽しそうに喋るんだな。
俺は俺で、ミュリエルと盛り上がろう。
他愛ない話を軽くして、一番最初にカトリーナが帰って行った。来ていたのはほんの二時間ほどだったけど、思いの外楽しかった。
何故か、ちょっとだけフレドリックが寂しそうに見えた。
そうして、全員が帰った後、少しだけ顔を出した父上がぽつりと言った。
「……王家は早まったかもしれないね」
どういう意味だろ。
休暇中は、そんな風にみんなが遊びに来たり、王都の本屋さんで大量のレース編みの本と、聖女伝説の詳しい版――ただし、小学生向け――を買ったりして過ごした。
領都に帰ったのは、予定よりも一週間遅れになった。
帰った途端、母上に抱き締められて、怪我の具合やらパーティーの様子やら、根掘り葉掘り聞かれ、その日は母上と無理矢理一緒に寝かされた。
うん、心配かけてごめんなさい。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。




