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23 狂犬は逃亡

23 狂犬は逃亡


 突然、茂みから飛び出して来たピンク髪少女(クソガキ)は、ミュリエルに暴言を吐くと、突進して来た。

 そして、ミュリエルの手を払い、まくし立てる。


「さっさと手を離せって言ってんのよ! 今日、ここで誰か(・・)と話すのは、あたしなの! できればエリオットが良かったけど……テオドールは、初心者モードの定番だから仕方ないわね。さ、テオドール、あたしを占ってみなさい。あたしが誰だかわかるから」


 …………。

 わけのわからねぇ事を言うクソガキだな。馬鹿か、馬鹿なのか?


「ミュリエル嬢、大丈夫ですか?」


 すぐにミュリエルの両手を取る。ああ、手が赤くなってるよ、可哀想に。びっくりして泣きそうになってるけど、我慢してるな。偉い、偉い。


「さ、戻りましょう。長く話し込んでしまいましたからね、きっと皆様、待ちくたびれていらっしゃるかもしれません」


「ちょっと、何、完ムシしてんのよ! あたしが話しかけているのよ!? テオドールでしょ。六人中一番攻略簡単な黄色のくせに、なんで無視すんのよ! あんた、ハードモードでしか好感度下がらないキャラじゃない。ここにいる時点で初心者モードなんだから、さっさと占いなさいよ!」


 好感度? マイナス限界越えに決まってんだろ。

 王太子や戦隊モノ達、父上に色目を使うご婦人(ババァ)達より、ブッチギリでマイナスだ。王太子達はいいヤツかもしれないしプラスに転じる可能性があるが、お前だけは今後絶対一生プラスになる事はないから、二度と俺の前に顔を見せるな。


 だいたい、貴族でもなんでもなさそうだしな。

 小汚い服に、あちこち跳ねたピンクの髪には葉っぱや小枝が絡み付いている。

 顔立ちは可愛いのかもしれないが、どこか人を馬鹿にした小狡い表情が、可愛さよりも生意気で傲慢で鼻持ちならない我儘な子供(クソガキ)を強烈に印象付けていた。

 親はどういう教育してんだよ。


 俺はクソガキを無視したまま、ミュリエルの手を引いて帰る。


「ちょっと聞いてるの!? ヒロインはあたしよ!?」


「ああ、いたいた。テオドール、君ねぇ、なんでさっさと帰って来てくれないの。そりゃ、行けって言ったのは僕だけど、自分だけ逃げるなんて酷いじゃないか。なんで僕も誘ってくれなかったの」


 フレドリックがひょっこり薔薇の通路から顔を出した。


「フレドリック!? まさか、ひょっとして、二周目なの!? やったわ!」


 そう叫んで、クソガキはフレドリックに駆け寄ろうとした。

 本当の馬鹿か、コイツ! 庶子とはいえ王族だぞ、死刑にでもなるつもりか!


「ケヴィン!」


「はい、坊ちゃん」


「きゃあっ! 何すんのよ!」


 ケヴィンに命じてガキを抑えさせた。ケヴィンはガキを小脇に抱えてる。


「ちょっと何すんの、馬鹿! 痴漢! 変態! ロリコン! 助けてお巡りさんー!」


「え、何? どうしたの、この子。どうやってこんな所に入り込んだんだい」


 それは俺が聞きたい。

 フレドリックに騒がないよう、人差し指を口に当てる。


「ねぇ、あなた、フレドリックよね! ええと、確か……『私がお友達になってあげるから、寂しくないわよ』」


 フレドリックが氷のような表情になった。そして、俺にどういう事だと、視線で問いかけてくる。

 わけかかんねーのは、こっちも同じだ。首を横に振ることしかできない。


「あれ、違ったかな。ええと、フレドリックって、お母さんが……」


「黙らせろ!」


 ケヴィンに命令する。こんな所で何を口走るつもりだ!


「は……ってぇっ!」


 口を塞ごうとした手にガキが噛み付いたようだ。

 ケヴィンが手を庇って呻いている。相当、思いっきり噛み付かれたようだ。なんてガキだ!

 ガキはケヴィンから這うように逃げていた。


「ケヴィン、大丈夫か!」


 俺がケヴィンに目を移した瞬間、


「なによ、シナリオ通りでしょ! なんでこんなに違うのよ! ……そうよ、あんたが側にいるのが悪いんだわ! さっさと離れてどこかへ行きなさいよ!」


「え!?」


 ガキがミュリエルに突進して、突き飛ばした。噴水に向かって。


「お嬢様!」


「危ない!」


 ミュリエルの身体を抱きしめ、くるりと身体を入れ替える。

 ガンッと、衝撃を背中に受けた。縁石にぶつかったようだ。

 くそ、痛え。

 馬鹿が、思いっきり突き飛ばしやがって……。これ、女の子なら怪我確実じゃねぇか。加減を知らねぇのか。この、馬鹿!


「テオドール!」


「テオドール様!」


「坊ちゃん!」


 フレドリックとリチャード、ケヴィンの声が聞こえる。


「ミュリエルお嬢様、テオドール様! 誰か、衛兵を! あの子を捕まえて!」


 これは、ミュリエルの侍女? その声に応えたのは給仕の人達だろうか。


「このガキ、坊ちゃんになんて事を!」


「あ……、あたしは悪くないわ! 悪いのは、あんた達でしょ! あたしはシナリオ通りに……とにかく、あたしのせいじゃないわよ、馬鹿っ!」


 パタパタ、ガサガサッと音が聞こえた。


「逃げやがった、待ちやがれっ!」


 ケヴィンが追いかけて行ったようだ。


「テオドール、無事か!」


 フレドリックに抱えられて、上半身を起こされる。


「うっ……うぅ……いてぇ……」


「テオドール様、テオドール様、今医者を呼んで参ります!」


 声を発したせいか、リチャードが少しホッとした様子で駆けて行った。


「テオドール様! 死なないで、テオドール様!」


 いやいや、この程度で死なないから。不謹慎な事を言わないでくれよ、ミュリエル。

 車に轢かれた時の方がはるかに痛かったからさ。


「ミュリエル……嬢、無事、か……」


「はい! はい、私は、ミュリエルは無事です! テオドール様しっかりしてくださいませ!」


 侍女に支えられて、ミュリエルがしっかり頷く。

 そうか、良かった。

 安心したら、なんか眠気が……。


「テオドール様、テオド……」



 ◇



 気がついたら、父上が覗き込んでいた。なんか、泣きそうになってる?


「ちちうえ……?」


「気が付いたのかい? 身体の調子はどう? どこか痛いところはないかな?」


 優しく、頰を撫でてくれる。

 ああ、王都のウチの屋敷か。俺に充てがわれた部屋のベッドだ。ずっと看病してくれてたのかな。ごめん。


「全身打撲だってお医者様は仰ってた。でも頭を強く打っていたから、大事を取って、安静にしていなさいとも仰っていたよ。だから、ウチに帰らずに、しばらくは王都の屋敷(ここ)で休養しなさい。いいね」


「ミュリエルは……無事?」


「ああ、君が守ってあげたんだってね。大丈夫、彼女には傷ひとつないよ。君にすごく感謝していて、すごく心配してくれていたよ。元気になったら、顔を見せてあげるといい」


 そっか、良かった。


「とても良いお友達ができたんだね。良かったよ。でもまさか、フレドリック殿下ともお友達になっているなんてね。驚いた」


「父上、ごめんなさい。父上のお立場が……」


 父上の目がちょっと見開いた。そして優しく微笑む。


「気にしなくていいよ。フレドリック殿下はね、あまりご友人を作られない方だったんだ。君がその一人になったのは、良かったと思うよ。君にとっても、殿下にとってもね。だから気にしなくていい」


 今度は頭を撫でてくれる。くすぐったくて気持ちいい。親の手ってなんでこんなに安心できるんだろう。


「ケヴィンは?」


「申し訳ありません、坊ちゃん」


 傍で声がした。ので、身体を起こす。父上が心配そうだったけど、これだけは言っておかないと。

 父上に支えられて身体を起こすと、ケヴィンが土下座していた。


「坊ちゃんに怪我させてしまった挙句、あのガキ、取り逃がしちまった。本当に申し訳ない」


 全身に怒りを漲らせて、土下座のままケヴィンが唸る。


「絶対に見つけ出して、何をしでかしたのか思い知らせてやります」


 そんなのは、どうでもいい。


「怪我は? あの『狂犬』に噛まれただろう? 大丈夫なのか?」


「いや、こんなものはツバつけときゃ、治ります。俺より……」


「駄目だ。ちゃんと治療しろ」


「坊ちゃん?」


「あんな『狂犬』の傷なんか、絶対に残すな。跡形もなく治せ。アレがつけた傷なんか見たくもない。お前に非はないんだから、何も気にしなくていい。いいな」


「はっ!」


 あんな馬鹿のせいでケヴィンに傷が付くなんて許せない。許せるわけがない。


「テオドール」


 ぎゅっと父上に抱きしめられた。背中を優しく撫でられる。


「君もね、君自身を責めては駄目だ。今回は誰の責任でもないんだよ。ケヴィンが怪我したのも、君のせいじゃない。大丈夫、大丈夫だから。明日にでも治療師に来てもらってケヴィンの怪我を治してもらおうね。君も」


 そっと瞼を父上の手で閉じられる。


「今は身体を治すことだけ考えなさい。他は心配いらないから」


「はい……」


 なんか心がぐちゃぐちゃで、気持ち悪い。悔しくて、情けなくて、許せなくて……泣きそうだ。

 感情が渦巻いて、上手く消化できない。

 俺がちゃんとやってれば、さっさと帰っていれば、あそこで食事なんかしなければ、みんなに不快な思いをさせずに済んだのに。

 俺の感情を優先させたばかりに、みんなに迷惑を……


「いいよ、泣いて。君は滅多に泣かないからね。こんな時ぐらい、泣いていいんだ。私が側にいるからね」


 優しい声に抗えなくて、久々に声を上げて泣いた。

 ずっと、ずうっと、背中を撫でてもらった。子供みたいに。

 ああ、早くウェンディの笑顔が見たいな。ミュリエルが食べてる時の笑顔も。



 ◇



 後日、ガキの行方はわからないまま、調査が打ち切られた。

 ただ、あの『薔薇の迷路』には隠されていた通路が見つかったらしい。現場検証に立ち合ったリチャードが執念で見つけたそうだ。顔を地面につけて見ないと、入口が見つけられないくらい、低い位置にあったそうで、四つん這いにならないと通れないような、狭くて細い道だったようだ。出口は王宮の外にある植樹林公園で、人に見つからず、街と王宮を行き来でき、警備兵もこんな所があったなんてと、驚いたらしい。

 なんでも、数代前の王族が作った隠し通路だそうで、忘れ去られていたもののようだ。

 それをフレドリックや警備隊から国王陛下に報告が上がったところ、潰す事が決まったそうだ。

 まぁ、王族が避難するための隠し通路なのに、ガキが頻繁に利用してたら、使い物にはならないわな。警備上の問題にもなるし。


 そんな感じで、この事件は収束した。


読んでくださってありがとうございます。


ブクマありがとうございます。


評価ありがとうございます。

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