22 小動物は可愛い
22 小動物は可愛い
「う~……。し、失礼しますっ!」
金髪少女は泣きそうな表情で、上目遣いに俺を睨み付けると、パタパタと飛び出して行った。
ええと。追いかけた方がいいのだろうか。
フレドリックを見ると、顎で示された。
ハイ、喜んでー!
この場から去れるなら、却ってよかった。ありがとう、金髪少女。
「テオドール様」
席を離れると、すぐにリチャードが側に寄ってきた。
「リチャード、その辺にいる給仕に頼んで、料理やお菓子や飲み物をたくさん詰めてもらって持ってきてくれ。あと、俺が待っている間に作ったレース全部もだ。重かったら、ケヴィンを使え。俺はあの子を追う。庭に出たみたいだから、衛兵に言伝けておく。頼んだぞ」
「あの子ではなく、ミュリエル・アンバー子爵令嬢です。申し訳ありません、先に皆様のお名前をお知らせしておくべきでした」
「時間がなかったんだから、仕方ないさ。すぐに用意してくれ」
「かしこまりました」
リチャードと別れて、すぐに少女を追って庭園へと出た。そこで警備していた衛兵に少女の行方を聞き、後で俺の従者が来るから、行き先を伝えておいて欲しいと頼む。
衛兵によると、金髪少女は『薔薇の迷路』という場所に向かったようだ。そこにも衛兵がいるから聞けばいいと教えてくれた。
お礼を言ってから、その迷路に向かうと、薔薇の壁が並んでいるのが見えた。
薔薇の蔓で作られた門の所にいた衛兵に、金髪少女が来たかどうか聞くと、中に入って行ったようだ。
衛兵が言うには、中は簡単な迷路で、子供でも大丈夫との事。今日は出口も塞いであるので、出入り口はここしかないそうだ。中央に噴水のある広場があり、そこにテーブルとベンチも設えてあるので、そこにいるのではないかと言っていた。
礼を言って、後から来る者にも伝えるように頼んで、広場に向かった。
道なりに進んで、二つほど曲がるとすぐに広場が見えた。
赤やピンク、黄色の薔薇が咲き乱れていて、物凄く綺麗な場所だ。
中央には低い噴水があり、薔薇を邪魔しないように潤いを与えている感じだ。噴水の周りにはテーブルがいくつか設えてあった。
その噴水を挟んだ向こう側にあるテーブルに、金髪少女がいるのが見えた。侍女も一緒だ。
少し息を整えて、ゆっくり近づいた。
「……ヒヨコだなんて、ヒヨコだなんて……私、そんなのじゃないのに……!」
金髪少女の声が聞こえてくる。
「ですがお嬢様。お嬢様も悪いのですよ。あんなに大きなお口をお開けになって……。はしたない真似をしたのはお嬢様ですからね。そりゃ、お嬢様をヒヨコ呼ばわりした事は許せませんが、お嬢様も侯爵子息様にお席をお許しにならずに、しかるべき席へと導いて差し上げていれば、このような事態にならなかったのですよ」
「だ、だって、いきなりだったんだもの。それに、何故か皆様、怖かったのよ。男の子達って、みんなああなの!? お兄様やお兄様のお友達は皆様お優しいのに」
「それは……」
「それは、私が皆様を怒らせてしまったからですよ、ミュリエル・アンバー嬢。貴女のせいではありません」
俺はできるだけ丁寧に聞こえるよう、ゆっくり話しながら、ミュリエルの前に立った。
「ヒヨコ呼ばわりしてしまい、申し訳ありません。あまりに可愛らしくお食べになられるものだから、つい餌付けしているような気になっていました。女性に言う言葉ではなかったですね。反省しております。申し訳ありませんでした」
一気に言って、頭を下げた。
「う、うぇえ!?」
でも、混乱しているみたいだ。
「お嬢様! お許しになられるかお決めにならないと……!」
侍女が小声でアドバイスしている。
「え、えっと、その、まずは、あ、頭をお上げください」
「いいえ。貴女に恥をかかせてしまったのです。お許し頂けるまでは、頭を上げるわけには参りません」
「あう、う~、許します! 許しますから、お願いですからお顔を上げてくださいぃ~!」
困っているようなので、頭を上げた。あと三回くらいこのやり取りをしようと思ってたのに。
ミュリエルは、焦っていた声から想像していた顔と同じだった。顔を真っ赤にして、目には涙まで滲んで、口をぎゅっと引き結んで、困っている。
あー、なんか可愛いな。この娘の困った顔ってなんか可愛い。
小動物っぽくて、ナデナデしたくなる。
「改めてご挨拶申し上げます。オーウェン・ゴルドバーグ侯爵が一子、テオドールにございます。先ほどは本当に申し訳ありませんでした、改めて謝罪いたします。お許し頂き、感謝の念に絶えません。ありがとうございます」
きちんと、貴族の礼を取って挨拶と謝罪をした。
ミュリエルは一度深呼吸をして、スカートを摘み、片足を引いて膝を軽く折った。
「エヴァン・アンバー子爵の娘、ミュリエルと申します。テオドール様の謝罪をお受け致します。もう、ヒヨコなんてお呼びにならないでくださいませ。それから席を勝手に離れてしまいまして、申し訳ありませんでしたわ。お許しくださるよう、皆様にもそうお伝えください」
帰れって言われちゃったよ。
でも、無駄なんだな。俺はあんな場所に行きたくはない!
だから伏線を張っておきました。
「お伝えしたいのは山々ですが、私はもう少し貴女とお話がしたいのです。どうでしょう、あちらでお食事をしながらお話しませんか?」
噴水の反対側を指し示す。そこには、リチャードとケヴィンが用意してくれた料理がワゴンに乗ってやって来ていた。ナイスタイミング。
ミュリエルは目を白黒させている。
「さあ、行きましょう」
と、有無を言わさずミュリエルの手を取って、料理に向かう。
公爵令嬢作戦だ。相手に隙を与えずこっちのペースに巻き込もう。
「うぇえ!?」
ワゴンは二台もあって、給仕さん達も手伝いに来てくれていた。
設置してあったテーブルにクロスがかけられ、ベンチにはクッションまで用意してくれている。
そのベンチにミュリエルを案内して座らせると、目の前に料理とお菓子を盛り付けた皿が並べられた。
「うわぁああ」
もうね、目がキラキラ輝いている。間違いない、この娘は食べることが大好きだ。太っちゃわないか心配だけど、今のところ肥満の傾向はないようだから大丈夫だ。
「はい、どうぞ」
サンドイッチを差し出してみれば、嬉しそうにかぶりついた。
うん、幸せな笑顔だ。
これだけ美味しそうに食べているのを見るのは楽しい。なんか癒される。
あまりに美味しそうなので、俺も食べた。うん、美味い。
「ほら、リチャードも食べろ。今なら誰も見ていないから。給仕さん達も今のうちですよ。ミュリエル嬢の侍女さんも」
しかし、みんな遠慮している。ので、ケヴィンを見た。
「坊ちゃん、俺は?」
「見てろ」
「ひでぇ!?」
「冗談だよ。美味いぞ」
感謝を込めて、ケヴィンに山盛りのサンドイッチ渡すと、すぐにかぶりついた。
「本当ですねぇ。こりゃ美味い。王宮の人達ってこんなもの食べてるんですねぇ」
「だろ? 後でウチでも作ってもらえないかな」
「レシピは貰えないんじゃないですかね」
ケヴィンはそう言って、まだサンドイッチが残っている皿を給仕さん達に回していく。給仕さん達も顔を見合わせながら、俺に軽く会釈して食べてくれた。美味そうだ。
「ほら、リチャード、口を開けろ」
頑なに口を塞いだままなので、無理矢理、マカロンを口に突っ込む。
「美味いだろ」
「……んぐ、……はい」
別に恥じる必要はないんだぞ、もうちょっとケヴィンみたいな図太さを持てばいいのに。
「さ、そちらも」
ミュリエルの侍女のも勧める。が、ご容赦くださいと固辞するので、ミュリエルに耳打ちした。ミュリエルも楽しそうだ。マカロンのひとつを取って侍女の口を目指す。
「シーラ、お口開けて。あーん」
「ミュリエル様そのような事は……」
「あーん」
「…………」
「あーん?」
「………………。あ、あーん」
「美味しい?」
「はい、美味しゅうございます」
ぱあぁぁ、と、ミュリエルが笑う。いやもうこの笑顔だけでいいだろ。これだけでご馳走様だろ。癒されまくりだろ。
よしよし、にーちゃんがご褒美をやろう。癒してもらったお礼をしないとなー。
俺はケヴィンに持って来てもらった鞄を開けると、そこには俺作のレースがいくつか入っている。
それをテーブルに広げた。
「うわぁ、綺麗」
「全部俺が編んだんですよ。今日のお近づきの印に、差し上げます。どれでも好きなのをお選びください」
「いいの!?」
「もちろん」
ふわぁ、うわぁ、ほわぁ、と言いながらミュリエルが選んだのは、花が連なった幅広のリボンだった。中央にいくつか小さな小花も付けてある。
それを、一生懸命髪に結ぼうとするので、カチューシャのようにして首の後ろで結んであげた。
うん、ふわふわの金髪に合う。
「可愛いよ」
「ひゃう。あ、ありがと……ございます」
顔を真っ赤にして照れるミュリエル。思わずナデナデした。小動物、可愛い。
何故か、もひとつ赤くなった。
さて、そろそろ帰ろうかと、ミュリエル嬢の手を取った時。
そいつが茂みから飛び出して来た。
「なんで、アンタみたいなトロ女が、テオドールの手を握ってんのよ! それはあたしの役なんだからね!」
突然現れた、ピンク頭のチミっ子が怒鳴る。
…………。
誰がトロ女だ、このクソガキ。俺の癒しの小動物に、何て事を言いやがる。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。




