21 雛鳥は食いしん坊
21 雛鳥は食いしん坊
「少し、よろしいかしら」
公爵令嬢が話しかけてきたのは、俺ではなく、フレドリックにだった。
「ご機嫌よう、フレドリック様。お探し致しましたわ。このような所にいらっしゃらないで、こちらへ来られてはいかがでしょうか。皆様お待ちですわ。あら、テオドール様もご一緒だったのですね。まぁ、それでしたら、テオドール様もフレドリック様とご一緒にこちらへお越しくださいな。よろしいでしょう?」
有無を言わさず、とは、こういう事か……!
くっ、なにが、『あら』だ。全部棒読みじゃねーか。ちくしょう、退路を断たれた……! いや、まだ手はあるはずだ。せんせーも言っていただろ、諦めたらそこで試合終了だって。
「ご機嫌いかがかな、カトリーナ嬢。この度はご婚約おめでとう。素敵なお誘いだけれどね、僕が行ってもエリオットはあまり嬉しくないんじゃないかな。どうしてもって言うなら、僕じゃなく、彼の方がいいんじゃないかい?」
売りやがったよ、このフレドリック!
なるほど、お前がそうなら、俺だって。
「いやいや、フレドリック殿下こそ、異母弟君のおめでたい席なのだから側に居られるのがよろしいのではないでしょうか。せっかくのご兄弟の歓談に、私のような者は不要でしょう。ご遠慮させて頂きますよ」
睨むな。俺を先に売ったのはお前だろう。
「まぁ、お二人ともご冗談が過ぎますこと。このようなおめでたい席で、お二人のような方々をこのような場所に置き留めておくなど、私にはできませんわ。お二人には是非ともあちらで私達のお祝いをして頂きたいんですの。来て頂けますわよね?」
「「はい……」」
くそう、主賓にああまで言われて断れるわけないだろ。これ以上断ったら、こっちが悪者だ。この女、わかっててやってるだろ。
公爵令嬢に引きつられて、俺とフレドリックは部屋の奥にある、壇上の席へと晒された。
「……よく来てくださいました、異母兄。それと、テオドール殿。何もないがゆっくりしていくといい」
うわぁ、あからさまに嫌な顔しやがって。俺もお前と会うのは嫌なんだぞ。文句なら、てめーの婚約者に言え。
つーか、ゆっくりしろと言いながら、席を勧めないのはマナー違反じゃないのかよ。
「ありがとうございます、王太子殿下。わざわざお誘いくださり、歓喜の念に堪えません」
「お誘いくださいまして、ありがとうございます。殿下」
フレドリックに続いて言うと、プッと女の子達が吹き出した。
王太子は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
どうやらさっきの王太子の遊びは女の子達には不評だったようだ。
「どういう風の吹き回しかな、カトリーナ嬢。貴女がわざわざこのような礼儀をわきまえない者に声をかけるなんて」
王太子の隣に座っていた黒髪少年が言った。少し、神経質そうだ。
「まぁ、レックス様。テオドール様は、殿下のほんの少しばかり限度を超えたお遊びを諌めてくださったのですよ。お礼を言わなくてはならないのではなくて?」
いや、別にそんな事はいいので、ここから脱出させてください。
「テオドール様、殿下のお遊びをお諌めくださり、ありがとうございました。どうぞ、お座りください。もちろん、フレドリック殿下も」
「ありがとう、ではお言葉に甘えて」
あ、フレドリックのヤツ、俺が目をつけていた、端の席を確保しやがった。
くそう、あと空いている席は……女の子の隣しかないんだけど。ああ、もう、なるようになれ。
「失礼、ここの隣、よろしいですか?」
「ひゃ、ひゃい。ど、どうぞ?」
金髪の女の子は声をかけられると思っていなかったのか、びっくりした様子で許可してくれた。
王太子から、かなり離れている末席だし、いいか。
座ると、周囲がクスクス笑う。
「侯爵嫡男が子爵令嬢より低い席に座るなんてね」
「言ってやるなよ、まだ彼は幼いんだから」
青髪少年と、緑髪少年が嘯く。フレドリックを見ると、頭を抱えながら、死角になっていた赤髪少年と青髪少年の間を指差していた。
早く言え。
ちなみに、フレドリックが取った席は、端と言っても、王太子の隣だ。
ああ、だから俺がそこに行きそうだったから、先に確保したのか。
仕方ねぇな、俺、馬鹿だし。
「も、申し訳ありません、テオドール様。私が気が利かないばかりに……」
今まで何も動じなかった公爵令嬢が、慌てた様子で謝った。令嬢にしたら、当たり前で、わからないとは思わなかったようだ。
でもさ、俺、全員の名前も誰の子供かも知らないんだよ。その状態でも爵位順がわかるシステムがあるんだろうか。
んー、あ、そういや、リチャードと勉強しようとして、ボイコットしたんだった。
うん、俺が悪いな。
「いいえ、構いません。言ったでしょう。まだまだ不勉強なんです、私は。これからも何か皆様をご不快にさせるような事をすると思いますが、お教えくださると、幸いです。皆様ご見識が深い方々のご様子。勉強させて頂きます」
「で、では、こちらの席に」
「いいえ。今後の戒めとするために、今日はこちらで過ごさせて頂きます。わざわざお気を遣って頂いて、申し訳ありません」
あいつらの隣は嫌だ。我儘だけど、ちょっと我慢できそうにない。
俺がテコでも動かないのに気付いたのか、公爵令嬢はそれ以上言わなかった。
「ところで、フレドリック殿下、テオドール様。先ほどお二人は、何を話していらしたんです? とても楽しそうでしたが」
「たいした事じゃないです。聖女の装飾品について教えてもらっていただけです」
正直に言うと、フレドリックの目が、何を言うんだと、ちょっと見開いた。
仕方ないじゃん。これしか話してないだろ。
戦隊モノ達に睨まれても、共通の話題と言えばこれだし。まぁ、ここから違う方向へ持っていくよ。
「私の家にもあったそうですが、見た事がなかったので、惜しいことしたなぁと。もうウチにあったのは返納されたようですので。伝説の宝物って、ちょっとわくわくしませんか?」
「返納……ですか? テオドール様のお家にはもうないと……?」
公爵令嬢が問い返してきたので、頷く。
「はい。私は今より幼かったので、わからないのですが、王家に返したそうです」
「王家に……!」
公爵令嬢は何故かショックを受けているようだ。
戦隊モノ達は忌々しそうに見ている。
「ウチはティアラだったそうですよ」
「まぁ、聖女のティアラですかぁ! 伝説の装飾品ですよねぇ。それって、どんな物だったのでしょう~?」
緑髪少女がうっとりと呟いた。
「さあ? ロマンあふれますよね。やっぱり女の子には大人気ですね。私の妹も絵本を読んであげると、それはもう喜んで聞いています」
話を振ると、女の子達は聖女伝説の話で盛り上がっていく。よかった。ごまかせた。
少年達は睨んだままだが。
お前らをヨイショする材料がないんだよ。悪いな。
「で、では、テオドール様。占いはされるのでしょうか?」
何だ? 話の流れをぶった切って。公爵令嬢は何故か焦ってるみたいだ。
「占いですか? 花占いとかですかね? やった事ないんですが、女の子は皆様お好きみたいですね」
「テオドール様自ら占いをされませんの? カードを使ってとか……」
「私が? しませんよ。触った事もないですね。そもそも私に占いの能力なんてありませんしね」
「……そんな……どうなってるの……」
公爵令嬢は落ち込んでしまったようだ。
どうしたんだろう。大丈夫か?
ともかく、場が沈んでしまったな。何か盛り上がる話は……
「ええと、占いはしませんが、レース編みならしております。このハンカチの縁編みは私が編んだものなのですよ」
そう言って、ハンカチを取り出して見せる。
女の子達は溜息をついて魅入ってくれたが、少年達には呆れられた。
公爵令嬢は、
「なん……だと……!」
と、公爵令嬢にあるまじき言葉を発していた。本当に大丈夫か?
王太子が引いてるぞ?
「ふん、軟弱な。そのような女々しい事を自慢するとは」
「まぁまぁ、これくらいしか自慢できないんだろ。許してあげようよ」
赤髪少年が憤慨し、緑髪少年が宥めてる。
「はい、これくらいしかできないので」
ヘラヘラ笑いながら言うと、少年達はこれ以上言う気も失せたようだった。ただ、呆れた、蔑んだ視線を俺に向けるだけだ。
「本当に見事なお点前ですわね」
黒髪少女が少し悔しさを滲ませながら、呟いた。
「素晴らしいですわ。この部分なんて難しいですのに、こんな綺麗に……」
「私には無理ね。お母様に怒られてばかり」
青髪少女がうっとりとし、赤髪少女が早々に白旗をあげる。
ハンカチをネタに、少女達はレースについて、習得が難しいだの、技術がどうのと、男どもを置き去りにして話を展開していった。
はぁ、よかった。
フレドリックは、よくやるよ、と言った表情だ。
盛り上がる女の子達の会話に相槌を打ちながら、ふと見ると、隣の金髪少女がジッと俺の目の前にあるお菓子を見ていた。
金髪少女の前にあったはずのお菓子はすでにない。
ふむ。
俺のお菓子の皿を引き寄せてみた。
それにつられるように、金髪少女の目線が動く。
右に左に。
ほほう。
クッキーを摘んで俺の口に放り込もうとすると、それはもう羨ましそうに見つめてくる。
なので、金髪少女の口に入れてみた。
びっくりした様子の少女は、すぐに至福の表情で、もっきゅもっきゅと咀嚼した。
そして期待の目で、俺を見つめてくる。
こうなったら、期待に応えるしかないだろう。
クッキーを摘んでは、口を開けて待っている少女に放り込んだ。
至福の少女がまた生まれる。もっきゅもっきゅと。
また開けて待ってるので、入れる。
至福の少女。もっきゅもっきゅ。
また入れる。
至福。もっきゅ。
入れる。
至もきゅ。
うん、おもろい。
雛鳥にエサを与えてる気分だ。
少女はふわふわの金髪だから、余計にそんな風に見える。
ヒヨコみたいで、可愛いな。
「……貴様、何をやっている……?」
黒髪少年が何か怒っているようだ。怒りん坊め。
「ええと、ヒヨコのエサやり?」
答えたら、金髪少女がショックを受けていた。
ちなみにフレドリックは肩を震わせていた。
笑い上戸だな、お前。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。




