20 友達は情報通
20 友達は情報通
フレドリック・セレンディアスと名乗った少年は、よく見ると王太子に似ていた。
白金の髪に、王太子より濃い青い瞳と、色味と顔立ちは似ているが、雰囲気が違う。
王太子が冷たそうなのに対し、ボッチは落ち着いていて賢そうだった。
「ええと、ご忠告、ありがとうございます? ではお言葉に甘えて、しばらくしたら去りますので、それまで何か、後で何を話していたのか聞かれてもいいように、言い訳できるお話を聞かせてもらえたらなーと、思うんですが、いかがでしょうか、フレドリック殿下」
サンドイッチを食べながら言ってみると、ぷっと吹き出された。
「いやあ、さすがゴルドバーグ卿のご子息だね。これは、エリオットには扱い難いかも」
失礼な。人の良さそうな笑顔でキツイこと言うんだな、コイツ。
「じゃあ、少し話そうか。ちょっと周りをそれとなく見てごらん。君に話しかけたそうにしている子達がいるだろう?」
言われたように、くるりと目線を巡らすと、確かにこちらを気にしている子が少なからずいた。
「あの子達はね、君に感謝してるんだ」
「感謝?」
「そう。エリオットの――王太子の遊びに付き合わされそうになっていたのを、君が助けたんだ。『不勉強で――』の一言でね。君の後ろに並んでいた子達はみんな君の真似をして躱せたんだよ。しかも侯爵家だ。それだけの家格を持つ令息が、バッサリ王太子を諌めたって事で、君の後ろに並んでいた下位貴族達は、みんなあの遊びに付き合わなくてよくなったんだ」
へえ、そうだったのか。
それで父上が褒めてくれたんだ。
「でもね、ああやってエリオット達が睨んでいるから、声をかけにくいんだ。君に声をかけて王太子に睨まれるのも嫌だしね。でもやっぱりお礼は言いたいし、って事で、遠巻きに見ている事しかできないんだよ」
なるほど。
しかも、側にいるのが異母兄で、余計に厄介な状況になっていると。
「どうも、解説ありがとうございます。でも、それ、言い訳用の話じゃないですよね。俺がやらかしてしまっただけの話で、言い訳にすら使えない話ですよね」
ツッコむと、フレドリックは腹を抱えて笑った。
「君、楽しいね。フレドリックって呼んでくれないかな。こんな立場の僕が言うのもなんだけど、友人になってくれると嬉しい」
ニコニコと前言撤回する。
なんなんだよ。わけわからないヤツだな。
まぁ、俺も話していて楽しいしな。なんだか今の状況だと、友達の一人もできなさそうだ。それはそれで寂しいしな。それに、コイツ、王宮の情勢とか詳しそうだし……まぁ、いいか。
「ホントだよ。さっさと離れろって言ってみたり、友達になってくれって言ってみたり。――自己紹介が遅れました、テオドール・ゴルドバーグです。よろしくお願いします。テオドールでいいよ、フレドリック」
「テオドール様!」
右手を出すと、リチャードにもフレドリックにも驚かれた。
「テオドールはすごいな。怖くないのかい?」
「今さらだろ? もうすでに怒らせてるし、嫌われてる。このまま一人よりはマシだ」
何を驚いているんだ、友達になりたいと言ったのは、お前だろ。
「ありがとう。――でも、それなりの体裁を整えることは覚えた方がいい」
そう言って、フレドリックはテーブルの端からジュースのグラスを取って、さっきから出しっ放しの俺の右手に渡してくれた。
「僕を顎で使った栄誉を与えよう。迂闊なことはしちゃダメだよ」
これは、本当の忠告だよ、と囁かれる。
リチャードからも、異母兄であるフレドリックと仲良くする事がどれだけ危険であるか理解しろと、注意される。
「でも、嫌なんだろう? 一人は。だから誘うんだろ? 忠告しながらでも。お前は寂しがりやのボッチなんだから、遠慮すんな」
フレドリックが息を飲む。今まで完璧だった笑顔は、泣きだしそうに歪んでいた。
「……君、踏み込みすぎだよ」
剥がれた素顔を隠すように、顔を手で覆う。
「お互い様だろ。だいたい、これって栄誉じゃなくて、俺の罪状が増えただけじゃねーか。ひでぇ。友達にすることか」
「友達だけど、共倒れは遠慮したい。僕はまだ生きていたいんだ」
覆っていた手を払い、フレドリックは真剣な目で、でも、笑った。さっきの完璧な笑顔で。
それだけ立場が大変なのか。
仕方ない。
今はまだ、俺は馬鹿で通っている。ひとつやふたつ増えても、馬鹿だから知らなかったで通そう。
「そっか、じゃあ貸しだからな」
「わかったよ。でも……そうだな、今、返しておこうかな」
どういう意味だ。
返してもらえるほどの何かがあるのか?
「テオドール、君は『聖女伝説』を知っているかい? 詳しく言うなら『聖女シリーズ』と呼ばれる装飾品の事だ」
「絵本で読んだ事があるけど? それがどうかしたのか?」
「その装飾品のひとつが、君の家にも二年前まであっただろう? 『聖女のティアラ』が」
「え、それ、伝説じゃないの? 本当にあった話なのか?」
なんか聞いた事があるような、ないような? なんだろ。
「はは、知らないか。うん、聖女が使用していた装飾品は代々王家に伝わっていたんだよ。品物も実際にある。ただ、本当に本物かはわからない。僕らが生まれる前、先王の御代にね、調査があって、保管されていた装飾品は魔導具ではなかった事が判明したんだ」
へえ、アレみたいなもんか。
日本神話にある三種の神器。あれもちゃんと現代まで国宝として奉納されている。
事の真偽はわからないし、問われない。問う必要もない。これから先もずっと護られていくべきもの。
それが、この世界では、聖女の装飾品に当たるんだな。
「その調査の後、先王が、当時貢献のあった五家に、それぞれ装飾品を下賜したんだよ。指輪だけ王家に残してね。その五家というのが、君の家と、エリオットの周囲にいる少年達の家だよ」
あの戦隊モノ達には、そういう繋がりもあったのか。
「それが、二年前、ゴルドバーグ卿はその宝物を返納したんだ。前代未聞でね、王から賜った物を返納するなど、上位貴族としてはあるまじき行為だった。けれど卿は『聖女の装飾品は、聖女の末裔である王家が所持すべき』と、王宮に置いていったんだ」
知らなかった……。
父上はそんな事をしてたのか。
「本当に知らなかったみたいだね。そりゃそうか。当時、君は三つだったものね。でね、五家に国宝級の宝物がある事を忌々しく思っていた貴族達は、卿の返納に喝采を送ったんだよ。一貴族が持つものではなく、国が管理して然るべきって」
まぁ、その理屈はわかる。
聖女と王子が結ばれて、この国が繁栄したっていう伝説だから、国が持っているべきものだろう。
そもそも、先代が何を考えて下賜したのかが、問題だろう。
「でもね、卿の返納したティアラが魔導具じゃないと騒いだ人達が出てきたんだ」
「いやいやいや、最初から魔導具じゃなかったんだろ? 魔導具じゃない事が判明してから下賜されたんじゃないのか? なんでそんな話になるんだよ」
「そう、子供でもわかるのにね。そんな事を言う人達の目的は、ただただ、卿を追い落としたかったんだろうね。卿が本来の『聖女のティアラ』を返さずに、偽物を返したなんて騒いで、一時期は大変だったらしいよ。一応、魔導具研究所で再調査して、間違いなく、下賜された品そのものだと認定されたけど、一度持たれた疑いは、卿への障害になっている。今もね」
そんな事になっているなんて、知らなかった。
「あの少年達が君を目の敵にしている理由のひとつに、卿の返納があるんだ。あの子達の家にある装飾品も返納すべき、という声が少なからずあるから。そしてもしも返納すれば自分達も卿と同じように偽物をすり替えたと思われる事を恐れている。最初から魔導具でない事はわかっているから」
「それなのに、俺が媚びずに諌めた――俺は諌めたとは思ってないけど――事で、怒り心頭って事なのか」
「そういうことだね。どうして卿があの時にティアラの返納をしようと考えたのかはわからない。けれど、卿のことだ。何かを、誰かを守るためだろうね」
フレドリックが俺を見つめる。
……思い出した。あの占師が父上に渡せと言っていた宝物。アレが確か、聖女のティアラだった。
きっと、父上は、俺と母上のために……。
「だからね、君自身、気をつけなければいけない。わかるよね」
「ああ。フレドリック、ありがとう。助かった。……貸したつもりが、借りになって返ってきたけどな」
父上は俺に負担になる事は言わない。
この仕事だって、本当に大人の都合や派閥なんか関係ない友達を作って欲しかったから、何も教えてくれなかったのかもしれない。
「……そこで『ありがとう』が言えるのがすごいよ。テオドールは本当にエリオットと同じ五歳なの?」
なぜか胡散臭いモノを見るような目で、フレドリックが尋ねた。
心外だ。それこそ、お前はどうなんだ。
「正真正銘五歳です。そう言うフレドリックこそ、いくつなんだよ。十歳は超えてるの?」
これだけ王宮の動きに精通しているなんて、子供じゃできないだろ。
「そこまで行ってない。まだ七歳だよ。ただ、なんでも知っていないと、味方を見つけられないだけ。ゴルドバーグ卿には期待してるんだ。彼だけがちゃんと中立を保っているからね。まだ味方じゃないけど、君という友人は得られた」
なるほど、身を守るためか。
でも。
コイツ、父上まで巻き込もうとする気なのか?
それなら絶対、許さない。
「父上に仇なすようなら、売るよ? 俺はフレドリックより父上や家族の方が大事だ」
睨み付けると、降参というように、両手を振った。
「僕が悪かった。さすがゴルドバーグ卿のご子息だね。すまなかったよ、僕はこうして話ができるだけで、有難いんだ」
「わかったならいい。けどな、俺は俺だ。俺の判断で、行動する。父上は関係ない」
「はぁ、本当に五歳なのかな。歳上と話してるみたいだ。わかったよ、テオドール。卿は卿で、君は君だ。僕が悪かったよ。謝罪する。今度から卿を引き合いに出さない」
「よし」
何故か、側で聞いていたリチャードが青い顔をしたままフリーズしている。大丈夫か? まぁ、そのうち起動するだろう。
「少し、よろしいかしら」
フレドリックと二人で笑い合っていると、公爵令嬢が話しかけてきた。
しまった、話に夢中で、ドリルの接近に気づかなかった。
何の用だろう。
お願いだから、これ以上、王太子の怒りを買うような事は言わないでくれよ。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
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