13 妹はご機嫌
13 妹はご機嫌
俺、テオドール・ゴルドバーグは五歳になりました。
ただいま、乗馬に挑戦中だ。
ふおお、馬だぜ、馬!
高っけー! 気持ちいいー!
後ろにケヴィンも乗っかってるけど、気にならねー。いやもう、なんつうの? すげーって言葉しか出ねえ。
「じゃあ、ちょっと一周してみましょうか」
おう! ぽっくぽっく並足でゆっくり進んでいく。花が咲き乱れる中庭を回る。風が気持ちいい。
うぉおおおお! すげー!
「坊ちゃんー? 一周終わりましたよ。どう……って、もう一周ですね。わかりました。キラッキラした目をしちゃってまあ……」
いやもう、自分でもわかるくらい、テンションが高い。馬に乗ってるってだけで、こんな興奮するなんて思わなかった。マジで楽しい。いつまでも乗っていたい。
ふおー、これで自分一人で自在に乗れるようになったらどうなるの? 絶対楽しいに決まってる。うおおお、早く一人で乗れるようになりてー。
こんな調子で何周もさせていると、ケヴィンの方が根負けした。
ちっ、根性のない。
「坊ちゃんー? ぐるぐるぐるぐるおんなじとこ回るのって目が回るんですよ~? こんな狭いとこ五十周はマジキツイっす。もう少し乗れるようになったら、遠乗りに連れて行きますんで、今日はもう勘弁してください~」
マジで!? うわぁい! やったぜ!
喜んでいると、母上が庭に面したテラスでにこにこ笑ってるのが見えた。
手を振って、駆け寄る。
「母上! 見てもらえましたか? たくさん、馬に乗りました! 今度は遠乗りに連れてってくれるそうです!」
「まあ、よかったわね。ええ、見ていましたよ。でもあんまり無茶を言っては駄目ですよ。ケヴィンも馬も疲れてしまいますからね」
はぁい。
そうか、ケヴィンはともかく、馬が疲れちゃ可哀想だよな。
「ふふ、ウェンディもお兄様の雄姿を見て喜んでいたわ。ねえ、お兄様、格好良かったわね」
ウェンディとは俺の妹だ。
もう、一歳になる。
ゆりかごでキャッキャと笑っている。ああ、可愛いなぁ。
「ほんと? お兄様は頑張ったよ。見ててくれてありがとうね、ウェンディ」
「あう〜」
ああ、マジで可愛い。天使だ、天使がいる。
くるっくるで、ふわっふわの薄い金色の産毛をナデナデすと、くしゃっと笑うんだ。あーもう、可愛すぎてお兄ちゃん、なんでもしちゃうぞー。
母上はくすくす笑ってた。
時間があるならウェンディに絵本を読んであげてと言われたので、喜んで読んだ。
この国に古くから伝わる、『聖女伝説』だ。
むかしむかし、この世界が魔王によって闇に包まれた時、一人の女の子が誕生した。
女の子は神様の加護を受けて誰よりも優しく美しい少女へと成長する。
少女は神様の指名を受け、魔物に襲われている村々を救う旅に出る。
その旅の途中で、数人のイケメンと出会い、イケメンの助けを得て魔王を倒し、世界を救う。
そしてイケメンの王子と結ばれました。めでたしめでたし。
女の子のシンデレラストーリーだな。それともヒロイックファンタジー?
ジャンヌ・ダルクっぽくもある。
この聖女の末裔が王家らしいけど、眉唾もんだよな。
俺としては、王子が主人公とかの英雄譚がいいんだけど、実在の英雄譚のような伝記はあってもヒロイックファンタジーな物語は少ない。
比較的、女の子が主人公の話が多くて、ちょっと不満だ。
絵本を読み聞かせてやると、ウェンディはすやすや寝ていた。うん、可愛い。
あとは、母上と一緒に、レース編みをして遊んだ。
母上はウェンディの産着用の為だけど、俺は趣味だ。
いや、勉強だけじゃ、時間が余るんだよ。剣の稽古もしてるけど、時間制限がかけられてるんだ。だから、乗馬練習する前は、妊娠中の母上の側によく行っていたんだよな。
母上はウェンディの為に産着に刺繍したり、レース編みしたりしてたから、俺もやってみようって思ってやり始めたら、案外面白くて続けてる。
マーサは嫡男としてみっともないから、止めるように言ってくるけど、ヒマだし。手持ち無沙汰の時はつい、編んでしまってる。
勉強が難しくなって、身体も出来て稽古時間が増えたら止めるつもりだし、それまではってことで許してもらった。
それにいくつか作って、父上や母上にあげたら、喜んで正装に付けてしまったのには驚いたけど。
そこそこ出来が良かったらしい。
恥ずかしいけど、嬉しかった。
◇
そんな風に過ごしていると、父上がやって来た。側には俺と同じくらいの少年がいた。なんだろ?
「今日も元気だね。ウェンディはお休み中かな?」
「いらっしゃいませ、あなた。ええ、テオドールが絵本を読み聞かせていたからぐっすりですよ。もう少し早くいらしたら、起きていましたのに」
「ああ、それは残念だったな。今度は起きている時に来よう。テオドールはまたレース編みをしてるのかい? 器用だね。今度は何を編んでいるのかな?」
父上が言うと、少年が驚いた素振りを見せた。うん、俺自身もこれだけハマるとは思ってなかったよ。
「レースリボンです。ウェンディなら、いくつあっても良いと思って」
「あら、母には作ってくれないのかしら?」
「もちろん、母上にもありますよ」
家族で笑いあってるのを、不思議そうな目で見るのはやめような、少年。
「テオドール、突然で悪いんだけどね、僕と一緒に王都に行ってくれるかい? 一ヶ月後になるんだけど、どうしても断りきれなくてね。どうだろう?」
いや、どうだろう、って言われても、断れなかったんでしょ?
じゃあ、仕方ないよね。
「はい、行きます。王都、楽しみですね」
「そうか、ありがとう。そこでね、君にも従者が必要になってね。――リチャードだよ。六歳になる。君の一つ上だね。セバスのひ孫なんだ。よろしく頼むよ」
ほほう。従者ですか!
なんか貴族っぽい。あ、俺、貴族だった。
あのセバスのひ孫かぁ。きっと、優秀なんだろうな。
「テオドールだ、よろしくね、リチャード」
うん、仲良くしよう。
握手しようと、右手を出す。
「――リチャードです、よろしくお願い致します……」
ボソボソと話して、ちょん、と、手に触れただけだった。
……大丈夫か、コイツ。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。




