12 とある侯爵の呟き その2
12 とある侯爵の呟き その2
数日後、魔導具研究所所長から報告が上がってきた。
ミラが使用した、風の魔導具の調査結果だ。
調書には、一回限りの使い捨ての道具で、安全装置が解除されていたということだった。
「安全装置と言っても、この場合、魔力吸収制御装置、生命力変換装置、生命力変換制御装置、魔法事象制御装置が解除されていまして……」
「すまない、私は魔導学に関しては詳しくないんだ。できればわかりやすく説明してほしい」
「ああ、すみません。どうもせっかちなもので……」
禿頭をつるりと撫でて謝ったのは、小太りのどこか愛嬌のある男で、ホレスという。父の代からゴルドバーグ家に仕えていて、ゴルドバーグ領の魔導具研究所の所長をしている。
「魔導具には、魔力吸収制御装置、というのがあるのはご存知だと思います――」
魔導具を使用する際、人間の持つ魔力を起動用に消費する。これは起動させるという意志を持ち、魔晶石に触れる事によって魔力を消費し、魔導具が起動する。
この時の魔力消費量は0.01%以下に抑えられており、起動すれば後は魔晶石に蓄えられた魔力で魔導具が使用できる仕組みになっている。
この魔力消費量を必要以上に消費――魔導具に奪われないよう制御するのが、魔力吸収制御装置である。
「魔導具安全基準条例によって、どの魔導具製品にも組み込まれている装置だろう? その安全装置が解除されていたのなら、条例違反で犯罪だけど、それだけじゃないのかい?」
「はい。はっきり言って、コレはタチが悪い。魔力が尽きた後も、生命力を魔力変換して無理矢理吸収し続け、事象を具現化させるモノです。恐らくは死ぬまで」
「それが――生命力変換装置……」
「そうです。通常、普通の魔導具には付加されていません。一部の魔導兵器には付加されていますが、何重もの安全装置がかけられ、無闇に使用できないようになっています。その場合も、生命力変換装置には最低限の生命維持ができるよう、変換制御装置の設置が義務付けられています」
「どうして、そんな物が……今は、あの魔導具は大丈夫なのですか?」
セバスが尋ねる。
ああ、触ってしまったからね。心配なのだろう。
「大丈夫です。使い捨てでしたので、すでに壊れています。しかし、起動したが最後、おそらく、邪魔が入らなければ、死んでいたでしょう。それすらも奥様を脅す材料になったのではないでしょうか」
「……彼女は知っていたのかな? そんな怖ろしい魔導具だと」
ホレスは首を振った。
「知らなかったでしょうね。ただ、暴風を起こす魔導具だとしか聞いていなかったようです。それに、魔法事象も制限が外されていました。起動させっぱなしだったとしたら、お屋敷全体に影響したでしょう」
魔導具を起動して、魔法を具現化させる。普通は事象に対しても制御装置が働き、事故に至らないよう、制限されている。それも外されていたとなると、私の命も欲しかったようだ。
「それと、捕らえた商人達の店からは、同じ様に制御装置が外された魔導具を押収しました。陳情にあった商品も回収したのも、同じでした。これらはホレス様に調査して頂いたところ、ミラの持っていたものより数段劣る物だそうで、被害は今のところ、出ておりません」
ロウヴェルが口を挟む。
その内容に怖気が走った。
こんなものをウチの領内で販売していたのか。
「たぶん、試作品の失敗作でしょうな。一回起動させたら終わるものばかりだったし、魔晶石は屑石を使用していたから、制御装置がなくても自動的に自壊してくれたんだと思いますよ」
「回収状況は?」
「全て回収したはずです。が、申告のないものは調査が及んでいないものもあるかと……」
「できる限り、全部回収してくれ。入手ルート及び販売ルートの調査を継続。工場もあるかもしれない。領内視察の準備を急ごう。徹底的に潰す」
頭を下げるロウヴェル。
「これだけの規模だ。ゲイソン男爵だけではないだろうな」
「おそらく、上級貴族のどなたかかと、推察します」
呟いた言葉に答えたのは、ホレスだ。
「いずれも試作品ばかりです。上級貴族が持つ魔導具研究所であれば製造できます。ですが、未だ生産に移行していないと思われます」
「根拠は」
「何らかの目的を持った研究意図が見えますし、完成品と言えるものも少なすぎます。未だ試作段階でしょうな。ですが、数年、十数年後は……」
厄介だな。
「もし、その安全装置が取り除かれた製品が市場に出回ったとして、制御できる様な魔導具は作れるのか?」
「難しいでしょうな。起動し、発動した後に制御するのは不可能かと」
「やはり政治的に抑えるしかないか……よし、早急に証拠を集め、摘発をしよう。王に報告して、議会で条例強化及び摘発の強化を提唱するしかないか。風の魔導具を証拠として、商人達を主犯、裏でゲイソン男爵が手引きしていた。シナリオはその様に。ミラも占い師もこの件には関係ない。いいね? ゲイソン男爵の裏で手引きしていた者には辿り着けなくていい。尻尾が見えたとしても深入りするな。調査もしなくていい。藪を突いて蛇を出すな」
ロウヴェルが頭を下げる。
ふう、ここまでになるとは思ってなかったな。
それだけ『聖女のティアラ』が欲しいのか?
「ホレス、聞きたいんだけどね、『聖女のティアラ』というのは、魔導具研究者にとって、どの様な意味を持つのかな?」
「『聖女伝説』では、この世が暗黒に包まれた時、聖女が現れて世界を救った。その時に聖女の身を守っていたのが、『聖女シリーズ』と呼ばれる装飾品です。ティアラ、ネックレス、腕輪、指輪、イヤリング、そして聖杖と、いずれも不可思議な力を持っていたそうですが、本当かどうかはわかりません。数十年前に研究されましたが、報告書ではただの装飾品だと判明しました。前領主様に下賜されたのもそれが理由だと聞いています。ですが、その研究結果に疑問を提唱している者がいることも確かですな」
「君はどうだい?」
「前領主様に見せて頂きましたが、私も王都魔導具研究所の出した結果と同じですよ。ただ、数百年も伝説の装飾品として君臨してきたのです。信じられない者が多いのだと思います」
本当に厄介だな。
たとえ何の力を持っていなくても、国宝として王家の宝物庫に放り込んでおけばいいものを。
「じゃあ、王家に返そう。ウチには必要ないものだしね。この騒動の原因と思われるのを理由にさっさと返してしまおう」
言うと、セバスもロウヴェルも、ホレスも呆れた表情をしたが、最終的には同意してくれた。
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