11 とある侯爵の呟き
11 とある侯爵の呟き
「奥方様の館に潜り込んでいた者達、及び、本館に潜り込んでいた者達は以上でございます」
セバスに差し出されたリストを見て、私は溜息しか出なかった。
私が王都に赴任している間に、これだけの者達の侵入を許していたとは。
執務室の椅子に深く沈み込んでしまう。
「私の管理不行き届きです。如何様な処分も受けさせて頂きます」
セバスが苦渋を滲ませる。彼にとっては痛恨のミスだろう。
「それより再犯防止が先だ。確か、ミラという女を一番最初に雇ったんだよね。礼儀作法を学ばさせたいと申し入れがあったから許可したんだけど……」
「はい、最初は真面目に働いておりました。旦那様が王都に赴任されてから、占い師を含め、徐々に人を招き入れていたようです。侍女頭のマリアの話だと、奥方様の信頼を得るとともに、マリア達古参の侍女達を奥方様から離れさせるよう、言葉巧みに誘導していたようです。マリアも抵抗して進言していたようですが、悪口と捉えられていたようで、逆にお怒りを招いたと」
セリーナは誰にでも優しいのだが、優しすぎるのが裏目に出たか。
「後は近寄る事すら許されなかったそうです。報告が上がっておりながら、旦那様がお帰りになるまで耐えてくれるようにと指示したのは私です。ここまで酷いものだとは思っておらず……申し訳ありません」
「仕方ないよ。肝心のセリーナが騙されていると思ってなかったんだからね。何を言っても聞いてもらえなかったのは私も同じだ。君達が気に病む事じゃない。ただ、今後は気をつけてもらいたい。セリーナは私が思ってたより繊細だったようだから、側につける者の吟味はよくよく頼む」
「はい、必ず奥方様を害する者には近づけさせません」
「テオドールの館はどうなんだい? これだけ組織的だ。あそこだけ放置とは考えられないな」
「ウチはマーサさんが頑張ったみたいですよ。ウチの侍女頭ですからね。坊ちゃんは大事な時期だから世話する人間がコロコロ変わるのは良くないって言い張ったそうです。俺にも常に側にいるよう、言い含められてましたからね」
部屋の隅に控えていたケヴィンが答えた。
テオドールの館の警備小隊長として、報告してもらっている。
「ええ、新しい人員が行ったみたいですけど、追い返された上、私にまで直接文句を言いに来ました。呼んでもいないのに増員するのは何事かってね。正式な処理がされていなかったので間違いだった事になったのですが……その時に気付くべきでしたね」
セバスが落ち込む。
「それにしても、紹介してくれたゲイソン男爵はミラがどういう人物か知っていたのかな?」
「それはわからないとしか言いようがありません。ただ、問い合わせても知らないと言い張るでしょう」
「だよね。おそらく何処かから教養学習を申し込まれて、私に頼んだと、素性を精査したけれど性根はわからなかったと言うだろうね。その何処かからも、その辺の村長の娘とかで、問い合わせた時点ですでに処分した、自分達は関係ないとするだろう」
蜥蜴の尻尾切りはよくある事だ。
「……なら、こちらで全員処分しておこう。消息を尋ねられたら、全員いきなり館から消えて困っている。せっかく雇ったのに、こんな無責任な者達を紹介したのかとでも言って、賠償金請求をしておいて。金額は相場で。吹っ掛けると逆に勘繰られるからね。そこが妥当だろう」
「承知いたしました」
「それと……出入りしてた商人達なんだけど……」
「我々が調査したところ、今はまだ気付かれておりませんが、捕らえた者達と接触が図れないのを不審に思っているようです。近いうちに動きがあるかと。そして……どの商店も男爵家と繋がりがありました」
答えたのは警備隊長のロウヴェルだ。
そろそろ壮年に差しかかろうというのに、大柄な体躯は衰えることを知らない。
「なるほど。どうしてもウチから『聖女のティアラ』が欲しかったのかな。それとも爵位か。両方狙ってたのかもね」
失脚させる為の足掛かりとして、ウチの情報を手にするのが最優先だったかもしれないけど。
「二十代で爵位なんか受け継ぐものじゃないね。若僧だからって、舐めてかかられるのは心外だよ。それもこれも父上が早くに亡くなってしまうからだね。あーあ、厄介すぎる」
そんなにいいものではないのだけれど、他所から見たら魅力的に見えるらしい。その分の義務は見えていないんだろう。
「だからと言って、譲るわけにはいかないんだけどね」
「如何いたしますか?」
商人の処分をロウヴェルが聞いた。
「確か陳情が上がってたよね。偽物を摑まされたとか、不良品だったとか。そっちで引っ張ろう。引っ張る時は罪状を明確にして、被害にあった者には彼らの財産から補償しよう。ただ、きちんと精査はしてほしい。後回しでいいからウチが支払ったお金も回収できるようなら回収してね。まあ、こっちも秘密裏に処理するしかないだろうね。可哀想だけど、ウチの情報はどんな事でも渡すわけにはいかないからね」
気が重いけれど、きちんとしないと足元を掬われる。
「本当に今回はテオドールのお陰で助かったよね。不安な事を言われたのに、あんなに冷静に対処できるなんて……。しかもだよ、セリーナの不安さえ取り除けば後は私達が動けるとわかっていたみたいだ。その上で、詐欺師の嘘を暴くようにしていたよね。……まだみっつなのに聡明すぎやしないかい? 君が教えて指事したの?」
ケヴィンを見やると、肩をすくめていた。
「いいえ。俺達は本家の事は何も知りませんでした。坊ちゃんもです。坊ちゃんは自分で考えて行動してましたよ。あのミラっていう侍女を抑えるよう指示したのも坊ちゃんです。『絶対、グルだから』ってね。驚きましたよ。サクラが仕込んである事前提で、何か起こすはずだから、合図したら一発で行動不能にさせろ、ですからね。俺もマーサさんも、ウチの館の連中は誰も教えていないってぇのに。何をどうしたらあんな知識を持って活用しているのか不思議です。俺が知りたいくらいですよ」
「そんなにか。そこまで聡明だと、逆に怖ろしくなってくるね」
「ですが、優しい方です。誰にでも声を掛け、労ってくださいます。ご自分が悪いときはきちんと謝られますし、叱られても癇癪を起こされません。間違っても注意しただけで次はきちんと直されます。いつも笑顔で俺達に接してくださいます。俺達は坊ちゃんが坊ちゃんで良かったと思ってますよ。決して悪しき者ではないってことは保証します。俺の首を掛けてもいい。だからこそ、今回は奥様を守る為に行動なされたんですから」
「――そうか。そうだね。テオドールはセリーナの為にずっと側にいてくれた。セリーナの精神が安定するようにずっと気を使っていてくれたね。それに私を信頼して全てを任せてくれた」
そんな優しい子が悪しき者であるはずがない。
きっとセリーナに似たんだろう。
私の、私達の息子だ。
ふう、ちょっと詐欺事件で気持ちが荒んでいたせいかな。
テオドールの寝顔でも見て癒されよう。
「それにしても――こんな聡明な子が二人もいるなんてね。何か起こる前兆でなければいいんだけど」
「坊ちゃん以外にも、そんな賢い子がいるんですか?」
「王都でね、噂になってたんだ。御歳三歳になるライラック公爵令嬢は神童だとね。会った事がないからわからないけれど、もうすでに因数分解も理解しているそうだよ」
「ウチの坊ちゃんも理解してそうですけどね」
ケヴィンが負けじと言い張る。
はは、自慢したい親心かな。
本当に慕われているね、私の息子は。
「王家は公爵令嬢に目をつけているようだ。近々、王太子との婚約発表があるらしい。だが――。今回のテオドールの事は外に漏れないよう、注意してくれ。できれば隠したい。まだ王家に目をつけられたくないからね。優秀すぎる者は嫉妬を生むのは歴史を見れば明白だろう。下手をしたら、王家に徒為す者とされるかもしれない。どの道、成長したら隠しきれないようになる。せめてそれまでは周りが騒がしくならないようしてやってほしい。頼む」
「「「承知致しました」」」
三人の了承を得て、私達は今後の事を遅くまで話し合った。
読んでくださってありがとうございます。




