4.さあ、お嬢さん、死んで生きるのです。
Come, lady, die to live.
「えー、終わっちゃったのー。なんで、なんでー」
「あらら、残念でしたね」
「最後の質問は、おとなしくしていれば良かったのかなあ?」
「どうでしょう? それ以前に、牢屋に入れられたことに問題があったような……」
「悔しいー。このままじゃ、絶対に帰れないよ」
「そうですよねえ。もう一回やってみましょうか」
「うん、そうしよう。
おーい、ウサギさん。ウサギのスチューピッドさーん。もう一回やらせてよー」
「はいはい、スチューピッド(お馬鹿さん)じゃなくて、スウィーニーですからね。くれぐれもお間違いのないように。
では、5ゴールドをお願いいたします」
「ああっ、やっぱ取るんね。5ゴールドってイタいわ。
よーし、今度こそ頑張るぞー」
――
このおはなしの主人公のわたし――、ミランダという名前の、十四歳のむすめです。弟のアリエルといっしょに、まわりを高い山々でかこまれたべリアル(Burial)村で静かに暮らしています。わたしたちはみなしごで、両親はとうの昔になくしました。
ある日、わたしは弟と、コケモモ摘みに、森の奥へと入っていきました。摘み取ったコケモモをジャムにして、それを売ることで、私たち兄弟はどうにか生活することができました。わたしたちの作るジャムはとてもおいしいと、いまでは、村人たちからうわさされるようになっています。でも、それもそのはず。わたしたちが取るコケモモは、森の奥深くまでいった秘密の場所にだけ生えていて、とても甘いものでしたから。
途中文を一部省略します。
お屋敷の中は、わたしの想像をはるかに超えた、夢のような世界が広がっていました。高い天井につるされた豪華なシャンデリア。どこまで続くのか分からない、曲がりくねった長い回廊。あちこちに飾られた、絵画やガラス細工などの、きらびやかな装飾品。
アルフレッドについて回廊を進むわたしたちは、もう三回くらいはかどを曲がったでしょうか。ようやく、ある部屋にたどり着きました。
『寒かったでしょう。おからだを温めたほうがよろしいですね。シャワーがありますからお入りください。
そうでした。このお屋敷の奥さまは、とてもきれい好きな方でございまして、お食事の際には粗相のないようにしていただく必要がございます。そこで、すべてのおからだの箇所はしっかりとお洗いになり、くれぐれも洗い残しのないよう、お気をつけくださいませ。お食事は、そのあとすぐに、ご用意いたしておきます』
そういうと、アルフレッドはかしこまってお辞儀をしました。
Q1 さあ、あなたはどうする?
1.提案を承諾して、シャワーを浴びに行く
2.提案を拒否する
――
「ここよ、ここ。さっきは簡単にOKして1を選んじゃったけど、考えてみるとさ、アルフレッドの発言って、とってもエッチじゃない? 『おからだをしっかり洗え』って、どういう意味よ?」
「そういわれてみると、そうですねえ。今度は拒んでみますか?」
「うん、賛成。じゃあ、2だね」
私たちは、Q1に対して、2を選んだ。
――
わたしは、今はシャワーを浴びたくはありませんと、丁重にお断りをしましたが、
『ははは……。お嬢さま。このような寒い夜には、お風邪を召されてしまいますよ。さあさあ、お食事の前に、温まってきてください』
と、執事のアルフレッドは笑いながら取り合ってはくれません。仕方なく、わたしはシャワーを浴びることにしました。
――
「なになに、結局のところ、お風呂に行かされちゃうんだ。うーん、なんか、男爵の意のままに動かされているって感じ」
私が愚痴をいうと、
「でも、選択肢はこれまでのところはないということですよね。Q1の質問は、どちらを答えても、シャワーを浴びることになってしまうんです。だから、ここまで、私たちは間違ってはいないと思います」
「なるほどー、そっかー。ストーリー的にはちょっと違うけど、ゲーム的には、Q1の質問を受け入れても拒んでも同じ状況には変わりはないのね。チイちゃん、さすがー」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、次に進みましょうね」
褒められたチイは、少しうれしそうに頬を赤くした。
――
『さあ、お嬢さんは奥のシャワー室をご利用ください。弟さんは、手前のシャワー室でお願いしますよ』
いわれるがままに、わたしは奥のシャワー室へと向かいました。シャワー室とはいいながら、そこは、ライオンの口からお湯がながれ出る大きな湯船がある、とても豪華な浴場でした。おどろいたことに、どの湯船も桶も、ぜんぶが金色をしています。
置いてあった石鹸は泡立ちが細やかで、からだにぬると肌にしみこんでくるような、ここちよい感じがしました。とてもいい匂いが浴場の中にみちあふれます。温かいお湯で洗いながすと、すべすべしたわたしの白い地肌があらわれました。
どのくらいそこのいたのでしょう。やがて、わたしは至福の喜びにみちあふれながら、浴槽をあとにしたのです。
広間にもどってくると、執事のアルフレッドが待っていました。
『では、これからお食事にいたしましょう。さあ、食堂へどうぞ』
そういえば、弟がいません。
『アリエルは?』
『はて、弟さんは、シャワーを終えたあと、撞球室に展示された武具の装飾品にご興味をしめされたみたいで、行ってしまわれました。きっと、そのうちにもどってみえることでしょう』
と、執事は特に心配するようすもなく、いつものとおり、にっこりと笑っていました。
わたしの目の前はとてつもなく広いホールとなっています。奥の右手に玄関につながる廊下が見えます。その手前の右側の壁には、大きなドアが二つあります。左側の手前には二階へのらせん階段があります。そして、その階段の向こうの左手の壁には、食堂へ行く扉があります。
Q2 さあ、あなたはどうする?
1.食堂へ行く。
2.右手前のドアの部屋に行く。
3.右奥のドアの部屋に行く。
4.階段を上る。
――
「さあ、どう考えてもここが勝負どころだね」
「そうですね。前回は、4の『階段を上る』を選んだけれど、何もなかったですよね。
ということは、2か3です。選ぶべきは……」
「そうだね。どっちだろう?」
「どっちにします?」
「えっ、チイちゃん決めちゃっていいよ」
「えっ、そんなあ。あいちゃんが決めてください」
こういう反応は、いかにもチイらしい。
「えっ、そうかなあ。じゃあ、2番にするね」
「はい、分かりました」
私たちは、Q2に対して、2を選んだ。
――
右手前のドアを開けると、中には、火のくべられた暖炉と、私の背よりも高い本棚と、桃花心木製の雀色をした巨大な机がありました。どうやら、ここは書斎のようです。
わたしは引き寄せられるように、そろそろと中へ入りました。
本棚の中の本は難しそうなものばかりです。わたしは文字を読むのが苦手なので、これらがどんな本なのかはよく分かりませんでした。
暖炉の上には、額に入った肖像画が掛かっていました。髭をはやして軍服を着た屈強な男の人で、その鋭い眼光は、部屋のどこにいても見つめられているような気がしました。
机の上はきれいに片づけられていて、鵞鳥の羽で作られたペンと、縁が丸まった羊皮紙、それに、青いインク壺が乗っています。
『ミランダさま。どこに行かれましたかー?』
あっ、外でアルフレッドがわたしを探している声がします。わたしはこっそりと書斎を抜け出しました。
わたしの目の前はとてつもなく広いホールとなっています。奥の右手に玄関につながる廊下が見えます。その手前の右側の壁には、大きなドアが二つあります。左手前には二階へのらせん階段があります。そして、階段の向こうの左手の壁には、食堂への扉があります。
Q2 さあ、あなたはどうする?
1.食堂へ行く。
3.右奥のドアの部屋に行く。
4.階段を上る。
――
「ええっ、結局、書斎の中にはなにもなかったってこと? そんなあ」
「ですねえ。何かありそうな雰囲気でしたけどね」
「あれれ、Q2の選択肢2番が消えているね。もう書斎には入れないってことか」
「一度入っちゃいましたからね」
「じゃあ、食堂へ直接行くのもなんだから、階段をのぼろっか?」
そういって、私は手元のマウスを動かした。
「あっ、あいちゃん。階段は前回に上ったから、今回は3番を選択した方がよくないですか?」
私たちは、Q2に対して、4を選んだ。
今にして思えば、本当にうっかりしていたとしか言い訳できない、つまらないミスであった。勢いあまった私は、前回した解答と同じく、4を選択してしまったのだ。
「ごめーん。チイちゃん。勢いあまって、選択肢4番を押しちゃいました」
「あらら……」
――
らせん階段はとても長くて、ゆったりと大きな弧を描いています。先の方はまっくらでまったく見えません。わたしは、おそるおそる段に足をかけると、そろそろと階段をのぼっていきました。でも、うしろから、
『ミランダさま。お食事の用意ができておりますよ』
と、アルフレッドの声がしました。わたしは階段をのぼるのをあきらめて、食堂へと足をすすめました。
――
「ごめんなさい、ごめんなさい。絶対に3番を選択しなきゃいけなかったよね。あたしの一生の不覚――」
「いえ、あいちゃん。落ち込まないでください。きっと、どうにかなりますよ」
――
食堂の中は、とても広くてきれいです。ゆうに十人は座れる、白い清潔なクロスがかけられた大きな長いテーブルがどんと置かれていて、ところどころに蝋燭がともされています。正面には男爵さまと、そのとなりに奥さまが座っていました。
『やあ、お客さんかな。これはかわいらしい娘さんだ。さあ、こちらにいらっしゃい』
タキシード姿の男爵さまは、髪の毛を油でべったりとかためた、ちょび髭の似合う、ハンサムな紳士です。お齢のころは、三十くらいでしょうか。
『本当にきれいな肌をした娘さんだこと。まるで、ドリュアス(美しい木の精霊)を見ているようだわ』
と、奥さまは、わたしの顔を品定めするみたいに、じっと見つめられていました。赤いロングドレスを身にまとい、しょうが色をした長い髪が自慢の、美しいご夫人です。
『さあ、遠慮なくどんどん食べてください』
男爵さまはわたしに食事をとるように勧めてくれました。おなかはぺこぺこ。湯気がほのかにほとばしる料理は、とてもおいしそうです。
Q4 さあ、あなたはどうする?
1.遠慮なく、料理をいただく。
2.弟が来るまで、料理をいただくのは待つという。
――
「あいちゃん、ちょっと待ってください」
「えっ、チイちゃん、どうしたの?」
「えとですね。質問の番号がQ4、つまり4番ですよね」
「そういわれるとそうだね。それがどうかしたの?」
「はい。私たちはまだQ3の質問を受けていないのです」
「そうだっけ? じゃあ、このあとQ3があるのかなあ」
「かもしれません。でも、もっとありそうな可能性が……」
「うん」
「もうシナリオ上で、すでにQ3の質問が終わっているということです」
「ってことは?」
「はい。シャワーを終えたあとのQ2の4つの質問のうちの3番目の答えを、私たちはまだ選んでいません。おそらく、3番を選ぶと、次にQ3の質問があるのだと思います」
「そして、そのQ3の質問こそが、とても重要な情報を持っていると……」
「そんな気がします」
「えーん。やっぱりさっきの『右奥のドア』の部屋が大事だったんだ。うちらはもうそこを通り過ぎちゃったんだから、このまま行っても正解にたどり着けないかなあ?」
「まだ、諦めるのは早いです。それに、このあともしっかりと調べておかなければ、次にチャレンジしても、失敗するかもしれません」
「そうだね。じゃあ、頑張ろうか?」
「はい」
「じゃあ、とりあえず、目の前のQ4だけど……」
「さきほどは、1を答えたら、カクテルを勧められて、断れなかったんですよねえ」
「そうそう。思い出した。だったら、断固拒否しかないね。じゃあ、今回は2番を選ぶよ」
「はい」
私たちは、Q4に対して、2を選んだ。
――
『アリエルがまだ来ていないですから、お食事はもう少しあとで、お願いします』
わたしは気をつかいながら丁寧にお断りをしましたが、
『はははっ、お食事が冷めないうちに、召し上がってください』
と男爵さまが再び食事を勧めてきます。
Q5 さあ、あなたはどうする?
1.それならばと、食事をとることにする。
2.あくまでも、弟を待つと、駄々をこねる。
――
「2だね。ここは、絶対に」
「ですね。やってみましょう」
私たちは、Q5に対して、2を選んだ。
――
『アリエルといっしょでなければ、お食事をとるわけには参りません』
と、わたしは頑として弟を待つといい張りましたが、
『はははっ、弟さまは間もなくやってきますよ』
と、アルフレッドが、笑いながらわたしの手を取って、食卓へ座らせようとします。とうとう、わたしは、これ以上断れなくなってしまいました。
『では、お言葉に甘えて』
そういって、わたしは食卓についたのでした。
――
「あれー、逃げられない……。このままじゃ、男爵からカクテルを飲まされて、牢屋行きじゃないのー?」
「そうですね。何とかならないですかねえ?」
――
いただいた料理は、この上なくすばらしいものでした。満足しきっているわたしに、男爵さまがお声をかけられてきます。
『ミランダさんは、お齢はいくつですか?』
『十四歳です。でも、あしたの誕生日で、十五になります』
『ほう。明日に十五歳になられるのですか!』
男爵さまは、目をまるく広げて、興味深げな反応をなされました。
『ということは、明日になれば、いよいよ晴れてミランダさんはおとなの仲間入りをされる、ということですね』
『はい、そういうことになりますね』
そういって、あまり深い意味を考えずに、わたしはにっこりとほほえみました。
『さあ、お嬢さん。うちで造った杏の果実酒です。とても良い香りのするお酒で、おいしいですよ』
男爵さまが、わたしにカクテルを勧めてきました。
Q6 さあ、あなたはどうする?
1.喜んでカクテルグラスを手にする。
2.まだ未成年なので……、といって、丁重に断る。
――
「さあ、来た来た。地獄のアリジゴク攻撃。どうしよう、チイちゃん」
「選択肢は1か2しかないんですよねえ。
じゃあ、思い切って1にしてみましょうか?」
「ええっ、それはないない。だって、絶対に眠り薬が仕込んであるんだよ」
「そうかもしれません。でも、さっき私たちは結局最後までカクテルは飲まなかったんですよねえ」
「はっ、たしかにそうだった。意地になって飲まなかったから、アルフレッドが眠り薬をしみ込ませた布を口に当ててきて、強引にミランダちゃんを眠らせちゃったんだよね」
「そうでしたよね。もしかしたら、カクテルには眠り薬が仕込まれていないかもしれません。でも、その期待は、ちょっと無理でしょうかね……?」
「うんん。やってみる価値はあると思う。じゃあ、1を選んでみるよ」
「はい、そうしましょう」
私たちは、Q6に対して、1を選んだ。
――
カクテルはきれいなピンク色をした液体で、小さな泡が少しずつ湧き上がっていました。グラスを手にしたわたしは、目を閉じて、少しだけ飲んでみました。それは、甘くて魅惑的な味がしました。
『さあさあ、かわいいお嬢さん。美味しいカクテルでしょう』
『はい、とても美味しいです』
そう答えて、わたしは残りもいっきに飲んでしまいました。
すると、どうでしょう。急に男爵さまと奥方さまのお顔がゆらゆらと揺れ始めました。わたしはそのままテーブルにうつ伏せてしまいました。
――
「あー、やっぱり薬が仕込んであったんだ」
「だめでしたか? うーん、難しいですね」
「あー、これで牢屋に閉じ込められて、ゲームエンドかー」
「さあ、どうなんでしょう?」
――
気がつくと、わたしはベッドの上で寝ていました。夜はまだ空けていないみたいで、窓の外は真っ暗です。部屋には誰もいません。
――
「はっ、まだ生きている。大丈夫みたいだよ」
「おおっ、ラッキーですね」
――
わたしは起き上がろうとしましたが、からだに力が入らず、起き上がることができません。
すると、部屋のドアが、ギイィと音を立てて、ゆっくりと開きはじめました。
『やあ、お嬢さん。お目覚めのようだね』
入ってきたのは男爵さまでした。でも、両方の眼の色が真っ赤です。
『男爵さま、これはどういうことでしょうか?』
『君は薬のせいで、からだが麻痺しているのさ。さあ、君の弟もそろそろ妻の餌食になっているころだし、僕も久しぶりの人肉の獲物たる君の美しいからだを存分に楽しましてもらうことにするよ』
そういって、男爵さまはわたしの上に覆いかぶさってきました。
ゲームエンドです。お疲れさまでした。
――
「なによー。この終わり方」
「なんか残酷ですねえ」
「でも、これで、ゲームは八方ふさがりだね」
「そうでもないですよ。いろいろポイントは絞れてきましたから、こんどこそ答えに近づけそうな気がします」
「じゃあ、やるんだね、チイちゃん」
「はい。あいちゃんはいいですか?」
「もちろんOKよ。このまま、負けてすごすご引き下がっちゃあ、あのストーカーさんに申し訳ないもんね」
ひそひそ話をする私たちの間に、ウサギがぬっと顔を突っ込んできた。
「あの、スウィーニーなんですけどね。エド・スウィーニー。なんですか、そのストーカーさんって? どうせ間違うのなら、もう少しましな間違いにしてくださいよ……」