11.もう一度、あの突破口から突き進め、もう一度!
Once more unto the breach,
dear friends, once more;
チイの方から、まず先に口を開いてきた。
「母音と子音の並び方から、この暗号文は英語であり、なおかつ、母音は母音どうしで、子音は子音の文字どうしで、アルファベット文字を置き換えた文章であるのだと、思い切って仮定をしてみましょう」
「うん、その仮定は十分にありうると思うよ」
「はい。じゃあ、次に解読しやすそうな単語に目を向けてみますね。
あいちゃんだったら、どの単語に注目しますか?」
「うーん、『SAYUKNU』、『UYAOD』の二語?」
「そうですね。その単語は、見つかったふたつの文章の中の共通単語であり、いうまでもなく、最大の手掛かりです。きっと、それらがとけた瞬間に、全ての文章も解読できると思います。
でも、最初はもう少し単純な言葉に注目してみましょう。たしか、書斎にあった文章には、たったの三文字で構成された単語が書かれていましたよね?」
「ええと、『UYAOD』と『SAYUKNU』の間に書いてあった、『UKN』のこと?」
「はい。その『UKN』です!」
「うーん、そういわれても、ちっとも、ちんぷんかんぷんなんだけど……」
「先ほどの仮定を信じましょう。この暗号文は、母音は母音どうしで置き換えて、子音は子音どうしで置き換えてあるのだという――。
すると、この『UKN』という単語は、母音、子音、子音、という順番でアルファベットが並んでいるのです。この順番で並んでいる英単語を探せばいいのです!」
「でもさ、母音、子音、子音の順番で並んでいる三文字単語なんて、いくらでもあるんじゃない?」
「例えば……?」
にこにこしながら、チイが逆に問い返してきた。
「うーんと、『dog』 や『cat』は駄目だし、『the』、『you』、『who』も駄目なんだ……。母音で始まる三文字単語ね……。
『eat』、『use』――、なんかはどう……? あれー、だめだ。母音、子音、子音って順番の単語って、意外に浮かばないんだね」
「ですよね……?」
「あっ、あったよ! 『all』――、どう? これなら、母音、子音、子音の順に並んだ三文字単語だよ」
「あいちゃん、『all』は駄目なんです。だって、『UKN』はKとNが違う文字の子音なんです。だから、『all』ではありません」
「そっかあ。じゃあ……」
この直後、しばらく沈黙が続いてしまう。私がだんまりモードに入ってしまったからだ。しびれを切らしたのか、
「あいちゃん、これから長いチャット文を打ち込んじゃいますけど、ごめんなさい――」
といって、チイが長いチャット文を送ってきた、
「あいちゃん。とあるホームページに、中学生で習うレベルの基本的な英単語から三文字単語だけを選び出した一覧表が、掲載されていました。それをこれからコピペします。そこに書かれている全部の単語はですね……、
名詞―― bag, bed, box, bus, cap,
car, cat, day, dog, egg, fun,
man, May, pen,
代名詞―― you, his, him, she, her,
its, our,
動詞―― buy, eat, get, put, run,
try, use,
助動詞―― can, did,
形容詞―― bad, far, big, hot, ill,
low, new, old, red, sad, shy,
副詞―― ago, all, not, now, too,
why, yes, yet,
冠詞、前置詞―― the,
接続詞―― and, but,
の五十二語だけだったんです。
そして、そのうちで、母音、子音、子音の順番で並んでいる単語は、
egg, its, ill, old, all, and,
の六語で、さらに egg, ill, all, は、『UKN』のKとNが違う文字の単語であることを考慮すると、除外されてしまいますから、『UKN』の置き換え前の単語の候補は、たったの三語――、
its, old, and,
しかありません!」
「なるほど。候補がたったの三語に絞られたんだ。わけが分かんなかった暗号が、なんとなく解けるような気がしてきたよ」
「はい。次に、最初の文に注目してみましょう。
POOR SO PEEK.
(貧しき、故に、のぞく)
です。文の最後にピリオドが打たれているので、おそらく、この固まりで一つの文章を構成していると思われます。
では、この文章の真の意味はなんでしょう? 手掛かりは、文章の最後の単語『PEEK』の最後の文字Kです。さっきの『UKN』の単語の候補が、its, old, and, に絞られているので、Kの文字が表しているのは、『t』、『l』、『n』のいずれかということになります」
「ええと、『PEEK』の『K』が表しているのが、『t』なら、『〇△△t』という単語で、『l』なら、『〇△△l』という単語で、『d』なら、『〇△△d』という単語なんだよね」
「そうです。そして、その候補も調べてみました。見てください。
『K』が『t』の時、
beet, boot, coot, deet, feet, foot, hoot, loot, meet, moot, root, soot, zoot,
『K』が『l』の時、
cool, feel, fool, heel, keel, peel, pool, reel, seel, wool, zool,
『K』が『n』の時、
been, boon, coon, goon, keen, loon, moon, noon, poon, seen, soon, teen, ween, zoon,
が検索できました。
でも、あいちゃん、これらの単語に共通するある特徴に気づきませんか? 暗号解読の手掛かりとして、とても重要な特徴です」
「うん。分かったよ。『〇△△□』の『△』の文字が、『e』か、あるいは『o』の、どちらかしかないんだね!」
「そうです。さすがはあいちゃんです!」
「ということは、『POOR SO PEEK.』の『POOR』と『PEEK』の二つの単語が成り得るパターンは、
(beet, boon), (boon, beet),
(been, boot), (boot, been),
(feet, fool), (fool, feet),
(feel, foot), (foot, feel),
(heel, hoot), (hoot, heel),
(meet, moon), (moon, meet),
(reel, root), (root, reel),
(seel, soot), (soot, seel),
(seen, soot), (soot, seen),
(ween, woot), (woot, ween),
のどれかに絞られたということよね!」
今度はチイが目を丸くした。
「あいちゃん……。一瞬なのに、すご過ぎです……。
でも、もう一つ付け加えさせてください。『POOR SO PEEK.』の『POOR』の『R』の文字は、『UKN』に含まれない文字ですから、逆に『t』、『l』、『n』以外の文字である可能性が高いと思います。
だから、あいちゃんが挙げてくれた例は申し訳ないけれど、答えにはできなくて、私たちは『POOR』に相当する単語を新たに探さなければいけません。
例えば、条件を満たす組の例としては、
(beef, boot) とか(moor, meet)
などがあります」
「そっかあ。でも、まだ候補が多過ぎない?」
「そうですね。でも、『O』と『E』が、置き換え前の文字でも、『o』と『e』のどちらかを表していることが分かりました。それでは、その二択のうち、正解はどっちなのでしょう?」
「なんとなく、逆の文字を当てはめているような気がする……」
「私もそう思います。じゃあ、思い切って、『O』は『e』の置き換え、『E』は『o』の置き換えである、と決め付けてかかりましょう!」
「うん。そうすると、謎の文章――
POOR SO PEEK.
ASTEYMUKM SOPPULO ME
UYAOD UKN SAYUKNU.
は、次のようになるんだね。
PeeR Se PooK.
ASToYMUKM SePPULe Mo
UYAeD UKM SAYUKNU.
うーん、ちっとも分かんない……」
「じゃあ、あいちゃん、こんなヒントはどうですか?
『O』は『e』の置き換え、『E』は『o』の置き換えですから、残る母音は、『a,i,u』の三つですよね。そして、『UKN』の『U』に使用できる文字も、『a,i,u』だけしかないのですよ!」
「おおっ、そうか! じゃあ、『UKN』の三つの候補のうち、『old』はボツになってしまうんだ。『U』の文字に『o』は使用不可だから……」
「そうですね。となると、『UKN』の単語は、『its』か『and』を意味していることになりますね。
そして、『its』はかなり限定された場面で使用される単語です。少なくとも、その前の文章の名詞を受けていないと使用ができないばかりか、所有格で用いなければならない代名詞ですからね。
だから私は、『UKT』の単語が、ずばり、『and』であると断言してもいいと思います!」
「なるほど――、うん、きっとそうだよ! じゃあ、『UKT』が『and』だとすれば、例の文章は……、
PeeR Se PooK.
ASToYManM SePPaLe Mo
aYAeD and SAYanNa.
となるのね」
「まずは、母音を決定しちゃいましょう。
残る母音は、暗号文の『A』、『I』に対して、置き換え前の母音が『i』、『u』ですね。これまでの暗号文と置き換え前の文字は、対応する文字どうしの全てが異なっていましたから、その法則に従うと、『A』を表す母音は『u』、『I』を表す母音は『a』です!」
「はいはい、まかせてちょうだい。だったら、例の文章は、
PeeR Se PooK.
iSToYManM SePPaLe Mo
aYieD and SiYanNa.
となりまーす」
「あいちゃん……、時々思うんですけど、チャット文を打ち込むスピード、超人的に早いですね」
「うん。あたしってば、気合が入った時は、とにかくすごいんよ。でも、なかなかスイッチが入らないんだけどね……」
「みたいですね……。さあ、続けましょう。
エドさんの暗号は、彼の几帳面な性格からして、きっと、全ての子音どうしも、必ず暗号文と置き換え前の文字が全部異なっている、と予測されます。
さあ、あいちゃん、答えてください――。ずばり、最後の文章、
aYieD and SiYanNa.
の、真意を……!」
「ふむふむ――。まだ、『Y』という共通文字も未判明で残っているのね……。そして、このキーワードはうちらが必ず知っている単語であるはず――、となると……。
はっ、そうか! 分かった。チイちゃん。分かっちゃったよ。この単語の意味が――」