8−カオリの告白
ティーグランドにたったハルはひきしまった顔つきをしていた。
だが力が入っていたのか、ティーショットは引っ掛けた状態で左の斜面奥に
打ち込んでしまった。
「うわーっ」照れたような苦笑いをしている。
でもその後はだんだん普段の調子を取り戻していった。日が差してたとはいえ、
3月はまだうす寒い。風も強く、誰もがあまり調子がよくない中、
ハルは生き生きと楽しそうにプレーをする。
寒さで動作が緩慢になりがちだが、ハルがカートの誘導や運転、残りの距離の確認やら
進行を引っ張っていった。
でもそれがつくったものではなく自然にふるまっているので、気づいたらそうなっていたという風だった。
麻衣子はまだ回りに気をかけれるほど余裕のないゴルフをしているが、それでも
グリーンに上がってハルが「はい!」と麻衣子のパターを手渡してくれ、
一番最初にカップインすると、旗を持って、最後の人が終わるのを待っている。
そうか、こういうこともマナーなんだなと思う。
ゴルフというスポーツをするとその人の人柄がよく分かるというが
その点ではハルは好印象を誰にも与えいてた。
「ハルさんて感じいいなぁ」またカオリがつぶやいた。
「そうね」麻衣子もうなずく。
「ねっ、ハルさんて麻衣子さんに気があるんじゃないの?」
思いがけない言葉がカオリの口から出て、麻衣子はびっくりした。
どういう意味があるのか、カオリの意図が分からない。
「ハルさんって誰にでもああいう感じだよ」麻衣子は慎重に答えた。
カオリの視線の先には、アドレスをしたハルがいる。勢いよく放たれた球は見事に
グリーンの上で止まった。
「ナイスショット!」と声がかかるとハルは軽く手を挙げた。
「そうなの?ふ〜ん」
カオリはいきなり吹いた突風に「うわっ寒い〜」と身をすくめた。
「でも楽しそうだから私もこのサークルに入るね」
ラウンド後、カオリが入会の意思をハルに伝えると、ハルは軽く微笑んだ。
「ぜひ!マイさんの友達だったら大歓迎ですよ」
「じゃあ、私もラウンドのお誘いします。ハルさん、携帯の連絡先、交換しましょうよ」
「あっ、もちろんいいですよ」
二人は肩を寄せ合って、携帯をお互いに差し出している。
カオリのクスクスと忍び笑いが洩れる。
麻衣子は取り残されたような気持ちになった。
なんだか二人を取り持った役目みたい。だが自分とハルとはただのサークルの仲間、
カオリだってその仲間になっただけだ。
何を意識してるんだろう?そうか、カオリが変なことをいったからだと
麻衣子はそんな考えを吹き飛ばすべく、残っていたジュースを一気に飲み干した。
カオリは帰りの車の中ではしゃいでいた。軽くハミングするように口元がゆるんでいる。
「麻衣子って彼、いるの?」
突然の質問に麻衣子は言葉につまった。カオリは下から覗き込むように麻衣子を見ている。
「びっくりするじゃないの、運転中なんだよ」
「ごめんごめん」笑っている。
「・・・・・結婚してるんだよ。その質問っておかしい」
カオリは片手で前髪を掻き揚げながら続けた。
「結婚してても恋人がいる人は一杯いるよ。男も女もずーっと1人の人だけを好きでいられるなんて無理な話。好きな人くらいいてもいいんじゃないかな」
「麻衣子とは友達だし、正直に言うね。実は私にはずっと付き合ってる人がいるの。
相手はゴルフのコーチ」
「向こうは独身?」
「ううん、結婚してる。子供もいる。奥さんの家がお金持ちみたいで、奥さんが実家の
手伝いかなんかして稼いでいるんだ。だから彼はゴルフが好きなだけできる状態。
それでなきゃ、インストラクターなんかできないよ。給料なんてホントに安いもん。それで
試合とかにも出なきゃいけないからお金もかかるしね」
「よく会ってるの?」
「週に1度くらいかな、コンペとかに行って、その帰りにちょこっと会うって感じ。
でも奥さんの締め付けがすごいから、短時間。映画みたりとか、どこかに食事にでかけるとか
そんなデートはしたことがない」
不満気な口調だった。
「大丈夫なの?その・・・・家の方は?」
「うん、うちってダンナは単身赴任で週に一度くらいしか帰ってこないもん。夫婦もさ、
10年くらいやってると家族だから。男と女じゃないよ」
その言葉には反論する余地はない。確かに夫婦とはいっても生活を共にしていると
恋人同士のような甘い感情が持続するわけがない。
「でも私・・・・彼のこと好きなんだよね」
声のトーンが下がった。
「何度も別れようかと思ったこともあるんだ。でも私が引いちゃうと、向こうが追いかけてきたり、逆もあったりして、どうしてもまた会ってしまうの」
カオリは淡々と語った。
そしてしばらくの沈黙の後、こう言った。
「腐れ縁ってやつかも!」
明るく言い放ったけれど、その言葉は閉ざされた車の中でまた重く沈んでいった。
「そうなんだ」
麻衣子はどういう風に答えていいのか分からなかった。
よくある話のようでもあるし、そうでもないような気もする。
カオリとは友達だと言っても、ゴルフという媒体を通して知り合った仲。
相手のプライベートを詮索することで、もっと深いつながりができ、
二人の間にどんな影響を与えるのか、今の麻衣子には想像できなかった。
人には人の生きかたやライフスタイルがある。
昔からの友達であっても、こういう告白を受けたからといって
麻衣子は相手の考えや生きかたを、どうこう批評めいたことを言いはしないだろう。
秘密を共有することで相手と密接な関係を築くという観念は麻衣子にはなかった。
今までもそうしてきたし、これからだってそうするだろう。
漠然と麻衣子はそう考えた。
「麻衣子はダンナ様と仲良しなの?」
カオリの言葉はぼんやりと考え込んでいる麻衣子の心の奥底に淀んでいるものを
突き動かしそうになった。
だが麻衣子は慎重な口調で答えた。
「普通だと思うよ。子供がいないし、ずっと共働きだったから、あんまりお互いに干渉はしないけどね」
「ああ、同じ同じ。うちも子供いないからさぁ。もう私たちって同居人って感じだよ」
「そういうところはあるかもね」
「うちのダンナも浮気とかしてるかも。まぁ、お互い様だから文句も言えないけど」
「ばれちゃったらどうするの?」
カオリはしばらく黙った。
「・・・・・どうするかなぁ。アイツとは結婚できないしなぁ・・・・手に職もないから
1人になったら生活に困るし」
だが口で言うほど、カオリの口調には危機感などさらさらなかった。
「大丈夫、ばれないようにうまくやるから」
そういうとカオリは麻衣子に言った。
「麻衣子って年より全然若くみえるし、花があるっていうか、すごく魅力的だから
絶対に彼氏とかがいるのかなって思った。今日のハルさんだって、もう1人の人だって
麻衣子と話すときは、すごくうれしそうにしてたよ」
カオリは思ったことをすぐ口に出す、率直な人なんだと麻衣子は思った。
魅力的といわれてうれしくないはずはない。
カオリの方が女性らしい振る舞いや、しぐさが見についている。
麻衣子はどちらかというと、自分はさっぱりした男性的な気性と思っていたから、
カオリの言葉は意外だった。
彼氏か・・・・・・
麻衣子の脳裏に1人の男性の姿が浮かんだ。