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28ー再び不安な夜

朝、いつものように「おはよう」というメールがくる。


その時間はまちまちだったけれど、麻衣子はいつも構えるように携帯を意識するようになった。

メールが入ると、すぐに返事を打つ。お天気や昨日でかけた街の様子、晩ご飯につくった料理の感想、そんな世間話を織り交ぜて返事を出す。最後には「仕事がんばってね」と付け加えた。


メールが10時を過ぎてもこないとなんだか不安になった。そういうときは自分からメールを送る。


「やっぱりコミュニケーションが大事よ。メールがこなかったらこっちから出せばいいじゃない?麻衣子って自分が優位な立場にいたもんだから、ハルさんのこと侮るっていうか

上から目線になってたんじゃないの?」


カオリの言葉だった。


「男の人はほっといたら何するかわからないよ。ちゃんと繋ぎ止めときたいなら、メールや

電話しかないじゃない。私たちの関係ってそれだけが二人を繋ぐ道具なんだもん」


結婚している二人ならけんかしてもお互いをうとましく思っても家に帰らなければいけない。

いやでも会話する場合もあるだろう。


恋人ならどうだろう?同じように携帯やメールが繋ぐものとしても、堂々と世間に公開できる

関係ならば、友人や仕事やお互いの家族やら、そういった繋がりもある。


不倫には何もない。ただ携帯とメールだけの繋がり・・・・当たり前のことなのに

この間のけんかが起こるまで、普通の恋人同士の気分でいた。

不倫関係であっても、二人の間にはそれを越えた関係が確立していると錯覚していた。


ハルから「昨日、何をしてたの?」と尋ねられると、麻衣子は一瞬、言葉に詰まる。


努めて明るく答えるようにしてるが、内心、自分の話し方が不自然ではないか、

ハルに気を使いすぎではないかと身構えてしまう。

何も隠し事をしてはいないのに、女友達とランチにいくことを伝えるときにも

声がうわずっている感じがする。慌てて「その友達というのは・・・・」と説明するのだが

言い訳じみた自分に疲れてしまう。


ハルが「オレはマイがウソをついたらわかるんだからな」ととどめのように刺した言葉。


それが無意識に麻衣子の心に深く根をおろしたのだろうか。

どうしてもハルに対して後ろめたさに似た感情を持ってしまう。



だが実際のハルは、かわらぬ優しさを示してくれた。


麻衣子の誕生日、どこかで食事でもしてお祝いをしようと提案したのはハルだった。


カジュアルなイタリア料理を食べさせるレストランで、差し出されたピンクのリボンで結ばれた小さな箱。


「開けてみな」少しはにかんだような微笑を浮かべている。


どきどきしながら開けると、箱の中身はピアスだった。小さなダイアがキラキラ光っている。


「うわ〜ステキ!」思わず声が出た。そういえば、ちょっと前に、プレゼントは何がいい?と聞かれて、ピアスがいいなぁとつぶやいたのを思い出した。


「覚えてくれてたんだ!ありがとう」


麻衣子は満面の笑顔で答えた。


「安物で悪いけど・・・どういうのがいいか分からなくて迷ったよ」


「すごくステキだよ。こういうのが欲しかったの。うれしい」


麻衣子はそのピアスをつけてみて、鏡で確認してみた。


「うん、可愛い。これだとゴルフにもつけていけるし。本当にありがとう」


ハルは照れたように顔をほころばせた。


ブランド好きな麻衣子の夫が見れば、何、これ?と一瞥であしらわされそうなピアス。

だが麻衣子はどれだけ高価なピアスであっても、ハルがプレゼントしてくれたものには

かなわないと思っていた。


心がこもっている、ハルは私を愛してくれる、その気持ちが入ったプレゼントに

代わるものなどあるわけがない。


麻衣子は弾む心とともに、ハルと自分の間には変わらない愛が存在すると思った。


「雨降って地固まる」って言葉もあるじゃない。

恋人同士もケンカしたりしながら、また愛を深めることがあるんだから。


だが、それは通過点に過ぎなかった。二人がこれから恋から愛に変わる過渡期を

どうやってうまくやり過ごし、水をやって花を育てるように、愛を育てていくか・・・

それには通過点にあるハードルを越えていかなければいけない。



誰が言い出したのか、サークル内で飲み会をやろうという話になった。


ゴルフばかりではなく、お酒を飲みながら親睦を兼ねようという趣旨だった。

酒好きなハルはそれに乗って、メンバーをつのっていた。

麻衣子にも出ることを勧めていた。

ハルが出るなら、と軽い気持ちで出席すると、意外にも10人ほどが集まり盛会となった。


ハルは男性数人で端の方に座り、男同士でゴルフ談義に熱中している。

麻衣子はカオリの横に座った。前にはサークルの仲間であるマサという男性と

ルリという女性が座っている。


マサはお酒が進むにつれてルリに絡むようになった。何気ない風を装って髪を触ったり

体を密着させるようにルリに近づいて、何か小声で話しかけている。


ルリが思い切り嫌そうな表情を見せているのに気づきもしない。

そのうちすくっと立つと、「トイレ」とつぶやき中座した。だがなかなか戻ってこない。

麻衣子は嫌な予感がしたが、下を向いていた。

そっとカオリを伺うと、カオリは左に座っている男性と楽しそうに会話をしている。


赤らんだ顔で焦点の合わない目で当たりを見ていたマサが突然、麻衣子に視線を向けた。

標準があった獲物をとらえる目をしている。


「マイさ〜ん、おとなしいですね。飲んでる?」


「ええ、お酒は好きだけどあんまり強くないんで」と愛想笑いをした。


「マイさんって本当にきれいですよね〜ゴルフも上手だし。

今度、絶対一緒の組にしてもらおうっと」


「一緒の組になった事はない?」と一応話しを合わせる。


「ないですよ〜」そういいながらごそごそとポケットをさぐっている。


携帯を出すとマサは自分の番行表示の画面を出して、「マイさん、携帯のアドレス交換しましょうよ」と麻衣子に携帯を差し出してきた。


「ええっ・・・・」


「今度、プライベートでも行きましょうよ。もちろん誰か他にも誘いますから、安心してください。オレは二人っきりでもいいですけどね〜」


へへっと笑っている。その卑しい口元を見てると麻衣子はぞっとした。


サークル内でコンペやラウンドの機会があり、幹事である人と緊急のためと、携帯のアドレスを連絡しあうこともある。だがマサの口調にすんなりと応じる気持ちになれない麻衣子は

どうしたものかと困り果てていた。


「とりあえずサークルの掲示板でトピでもたてて。また具体的な話になったらそのときにでも・・・」


そう言ってごまかそうとしたがマサはしつこかった。


「いいじゃないですかぁ〜別に〜携帯おしえるぐらい〜」


大きな声で麻衣子に絡んできた。


麻衣子が助け舟を求めるかのようにあたりを見回すと、ハルの視線とぶつかった。


表情には何もあらわれていないが、じっと麻衣子たちを見つめている。だが麻衣子と

視線が合うと、すっとはずしてまた回りとの会話に戻っていった。


怒ったのだろうか。でも私は何も悪いことをしていない。マサがしつこいだけ。


そう思いながらもハルにまた変な誤解をされたのではないかと気が気じゃなかった。


その心配は的中した。


麻衣子がトイレから出てくるときにハルと鉢合わせになった。


「お前、マサにからまれてたのか?」


「うん、携帯の番号教えろってしつこくて」


「教えたんじゃないだろうな。アイツ、マイのことが好きなんだよ」


「でもさ、サークルの仲間だから、それほど無視できないし。どうやって断ればいいの?」


「そんなの適当にあしらえよ。前にマイのこといろいろ聞きまくってたし。気に入らないな」


ハルの強張った顔を見て、麻衣子は緊張した。


「確か帰る方向が同じだけど、絶対に一緒に帰るなよ」



お開きになり店を出ると、みんな次はどうしようかと店の前でたむろする格好となった。

麻衣子はそれを尻目にすばやくタクシーを止めた。


「じゃあ、私はここで」と乗り込もうとすると、人の間を割って出てきたマサが

「じゃあ、オレも一緒の方向だから」と有無を言わさず乗り込んできた。


麻衣子に拒否する間も与えないすばやい行動で、あっけにとられたが

乗ってきたものを押し出すこともできない。


走り出したタクシーの中から振り返ると、人ごみの向こうに背の高いハルの後姿が見えた。


その夜、ハルは2次会、3次会と流れてどこかに泊まったのだろうか、

麻衣子がメールを送っても返事もないし電話もなかった。


何度か携帯を手に取り、メールや着信のないことを確認しても、それでも麻衣子は

また携帯を見てしまう。


緊張で眠れない長い夜、二人の間には何も恐れるものはないと自分に言い聞かせても

麻衣子の何か得体の知れない不安が足音をしのばせて近づいてくる予感がしていた。


























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