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26−置き去り

前日の雨が嘘のように澄みきった青空が広がり、秋晴れのさわやかな天気だった。



絶好のラウンド日和。

いつものことながら、2人で回るラウンドは楽しかった・・・はずと麻衣子は後で思う。

何故ならこの時のこと、ハルがどんな様子だったのか、どんな話をしたのか記憶にないからだ。


ラウンドが終了して、アプローチ練習場で、2人で少し練習をした。

ハルは麻衣子にあれこれ、打ち方を教えた。いつものハルだった。


「二人でアプの名手になろうな」笑っていた。


早いスタートだったから、お風呂に入って、出てきた時間はまだ3時台。


数日前、帰りにゴルフ場近辺のホテルでも寄ってみようかとハルは提案していた。

ところが、クラブハウスを後にすると、突然、「飲みにいくか」と言い出した。


「車どうするの?」


「このまま都内まで行って、会社に車をおくから」


「そう?」


ハルの家はコースから逆方向。わざわざ都内までくるの?

うれしいと思う反面、麻衣子はその行動を少しいぶかしくも感じた。

だがまだ一緒にいられる、その感情の方が大きかった。そうしてそれぞれの車を

運転して都内に向かった。


居酒屋に入ったのはまだ6時前。客足は少なく、店内はがらんとしていた。

飲みながらいつものようにたわいもない話が続く。


麻衣子は飲んだ後、きっとホテルに行くだろうと踏んでいた。それは付き合ってる2人のセックスをする時期とかタイミングとかで思うものだし、もともとホテルにいく提案をしたのハルだったから、その気だと思い込んでいた。


麻衣子も久しぶりにそういった場所で二人きりのゆっくりとした時間を過ごしたかった。

だが自分から誘うというのは気恥ずかしいものだし、切り出しにくい。


2件目で飲んでるとき、何気ない様子を装いながら麻衣子は切り出した。


「2人っきりになれるところにいかない?」


以前ハルが言った、いつも俺ばっかり誘ってるから、たまにはマイに誘ってもらいたいな、その言葉にも後押しされた。


すぐに乗ってくると思っていたのに、帰ってきた言葉は


「俺は飲みたいんだ」


麻衣子は照れてるのかなと思った。


「またまた・・・いいじゃん、行こうよ」


軽く腕をゆさぶった。


「うるさいなぁ、今日は飲みたいんだよ」


ぴしゃりとした拒絶の言葉。


「どうしたの?」


「酒を飲みたいときだってあるだろう?」


そう言われると何も言い返せない。 だが麻衣子はまだ油断していた。ハルはかなりの酒好きだからもう少し飲みたいんだな、ただそんな風に軽くとらえていた。


その日はピッチが早かった。最初の居酒屋で焼酎、2件目は、ウィスキー、一緒に飲む機会が多いけれど、これほどの勢いは初めて見るものだった。


麻衣子はハルの行動に心配はしたものの、お酒が飲みたいと言い張るハルを持て余していた。

だが、まだ時間は早い。もう少ししたらもう一度誘ってみようかなと思っていた。


その店を出ると、ハルの様子に変化が訪れた。いつもは麻衣子の手をとり、時にはキスをしてくるのにむくれているように憮然としている。腕をからませようとすると振り払った。


麻衣子は酔っ払ってるのかな、と思った。


「ねえ、やっぱりちょっと行かない?」


甘えるように腕に手をからませた。だがハルはその手をまたしても振り払った。


「いつもいつもお前の思うとおりにはならないよ」


そして冷たい口調でこう続けた。


「マイ、おまえ、本当は今日、男と会う約束だったんだろう?」


「えっ?」


「なんか変だと思ったんだ。そうだろう?」


突然のことで頭が混乱した。


「男って・・・・確かに大学の同級生とランチの約束はしたけど」


「やっぱり、男って言わなかったじゃないか」


「そうだけど、同級生だし・・・昔からの友達だし・・・久しぶりだし、話もしたいって

言われて・・・」


なんで私はこんな言い訳じみたことを言わなきゃいけないんだろう?麻衣子は完全に混乱していた。何かハルに不信を抱かせるような行動をしたのだろうか?思いつかない。

たかがランチじゃない、という思いもある。


「でもランチだよ。夜でもないし、飲みにいくわけじゃないし」


「2人きりだろ?俺は同級生だって女と2人で会わないよ」


「ただの友達だよ」


「男と女に友情なんかあるもんか。そんなの相手はなんか下心があるに決まってるだろう!」


断定的な言い方だった。


「お前はそういういいかげんなところがあるんだよ!」


「・・・・・・」


これは嫉妬というもの?ハルがそんなことで怒るとは、まったく想像していなかった麻衣子だがハルの冷ややかな目が貫いていく。


いたたまれない気分で答えた。


「ごめん。もう、行かないから」


「言わなかったことにも腹を立ててるんだよ。今までだって友達とランチって言ってたけど、本当に女だったんだか」


冷たく突き放した言い方だった。


「嘘はついてないよ。これからはちゃんと言うから」


ハルのぴりぴりとした感情が麻衣子を刺激していた。


麻衣子は争いは好まない。人とぶつかり合って、けんかした経験もない。そうなる前に、引いてしまうか、がまんするか。こんなささいなことでという思いもあったが、今はなんとかハルの怒りを納めることに必死だった。


「ごめん、本当に悪かったから」


何度も麻衣子は繰り返した。


「どうしようかなぁ、許してやるかなぁ」


もったいぶった口調でハルは言った。目はまだ冷ややかなままだった。猫か犬をいたぶるような目。口元はゆがんでいる。こんなハルを見たのは初めてだった。

人当たりの良い、はぎれのよい口調、無邪気な笑顔、麻衣子の慣れ親しんだハルは

どこにもいない。

あまりの変化に麻衣子の背筋がぞくりと震えた。恐怖心が起こる。目じりに涙さえ浮かんだ。


ただ麻衣子はこの状況を回避することだけを考えていた。とにかく仲直りして気持ちよく

一日を終えたい。


「もう一軒行こう、ね」


好きなお酒を二人で楽しく飲めば、打開できるかもしれない。ハルを引っ張るようにして、また店に入った。


そこはの古いレコードをかけるショットバーだった。店が悪かった。大きなスピーカー。

遅い時間だったので狭い店は酔った客で混んでいた。片隅にあった小さなテーブルに向かい合って座った。音が大きく、人の話し声もまけじと大きく、ざわざわしていて落ち着かない。


麻衣子がトイレに中座し、テーブルに戻ると、そこにハルはいなかった。


テーブルの上には一万円札が一枚置かれていた。


麻衣子はそれをみた瞬間、立ちすくんだ。

冷たい水を全身にかけられたように、一瞬にして血が引いていく。


のんびりした店員にどなるようにせかして、おつりをもらい足早に店をでた。


一体、どうしたんだろう?何があったんだろう?まだ怒ってるの?


麻衣子は完全に我を失っていた。大きな波のような動揺が心の中で荒れている。


震える手で携帯を鳴らす、留守番電話。何度も何度も番号を押した。


「うるさいんだよ」ようやく出た。


「どうしたの?」


「帰るよ」


「このままだといやだよ。戻ってきて。お願い」


麻衣子は必死だった。搾り出す声でハルに哀願した。

沈黙の後、ようやく聞いてきた。


「・・・・・・どこにいるの?」


「○○○の交差点」


「しょうがないな」


ハルは戻ってきた。怒ってるのか、どうなのかわからない表情だが、麻衣子を見る目は以前として冷たいままだった。


麻衣子はどういう言葉をかければいいのか、一体どうしたらハルの気持ちが収まるのか、

検討もつかなかった。


ごめんね、といくら謝っても、彼は嘲笑を浮かべて答えない。



そこは幹線道路の大きな交差点。ほとんど真夜中とはいえ、車も人も行き交っている。

そこで、はたからみると痴話げんかをしているような二人。


行きかう人々が好奇心をむき出しにして見て行く。気の毒そうな顔つき、何事かと揶揄する目、見ちゃいけないものを見てしまったやるせない顔、いろんな視線が麻衣子の不安を増長させていく。


でも麻衣子はそんなこと関係なかった。

なんとかハルとの関係を戻したい、そんな一心だった。


店に置き去りにされたという仕打ちに怒るというより、自分を見捨てる、切り捨てるのではないかという恐怖の方が大きかった。


流れ出る涙をおさえ切れず、顔をおおって立ち尽くしていた。


どんな言葉を言ったのか、どんな言葉を浴びせられたのか、麻衣子はその時のことを覚えていない。


ただハルは嘲笑を浮かべたまま、泣いている麻衣子を慰めるでもなく腕をくんでいた。

麻衣子が近寄ると、腕をぴしゃりとはねつけ肩のあたりを押した。


後ろによろけた麻衣子に「じゃあな、バイバイ」そう言って体を翻すと歩き出した。

何事もなかったようにしっかりとした足取り。

姿勢をぴんと張ったまま軽やかに歩く姿はいつものハルと変わらない。

だが今は麻衣子さえ寄せ付けない。



麻衣子は再び置き去りにされた。


波間にただよう流木のように、人の流れの間でいつまでも漂っていた。















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