22−恋に落ちて
この頃、麻衣子は学生時代の女友達と会うと、よく言われたものだった。
「麻衣子っていつまでも若いよね〜子供がいないからかなぁ」
「そう!?そうかなぁ」
「なんかさぁ、麻衣子といると同じ年なのに私の方がオバサンくさいよぉ。洋服も若いし、なんだかキラキラしてるし。ねっ、なんかいいことあったんじゃないの?」
「何にもないよ。でもゴルフ始めたでしょ?サークルって若い子が多いから、きっと
その若さをもらったのかもよ」
「そうか、いいなぁ。私なんか何にもないよ・・・・」
そうつぶやくと女友達たちは子供の学校の話、夫に対する小さなグチ、同じ社宅に住む奥様連中の噂話を始めた。
麻衣子に子供がいれば、そういった話にも付いていけるかもしれないが、ずっと働いていて
子供もつくらず、ディンクスとして生活してきた麻衣子と、結婚してずっと主婦をしている友人たちとはいつも隔たりがあった。
麻衣子が仕事を辞めたことでまたつながりが復活しても、子供や夫や近所に住む誰か知らない人の噂話と狭まった話題に固執されると、どうしても取り残された状態になっていく。
麻衣子が夫以外の男と付き合っているなんて想像もしていないに違いない。
不倫などドラマの世界のことで、日常的なものではない。
たとえ携帯やネットが発達して不倫人口が増えたと報じられているとしても、それは
高校生の援助交際と同じように、全体の何パーセントかに違いない。
麻衣子はのんきな顔をしてしゃべり続ける友人たちに、自分のことを告げたらどう反応するだろうか?と想像してみる。
驚愕、軽蔑、好奇心、羨望、きっとどれも当てはまる反応をするだろう。
女性は秘密の話が好きだ。
ハルがどれほど自分のことを愛しているか、そして二人がどれほど楽しく
甘い関係を持っているか、自分がキラキラと輝いているとしたら、その源は恋であることを
話たくなる。だがハルとのことは誰にも話せないのだ。
秘密の恋・・・・そして素晴らしい恋。打ち明けたところで麻衣子がどれほど、この恋に
夢中になっているか、誰も理解できないだろう。
興味本位で根掘り葉掘り聞かれたあげくに説教なんかされたらたまらない。
目の前には少し前の古いデザインの洋服に身を包み、くすんだ顔色の友人たちが、
生活の不満をだらだらとこぼしながら、お互いを慰めあっている。
うんざりした気持ちがシミのように広がっていった。
ふいに携帯のメール受信の音が鳴った。開くとハルからのメールだった。
「友達とのランチはどう?楽しんでる?いいなぁ。オレもイタリアン食べたい。
マイにも逢いたいよぉ〜!!」
麻衣子は目の前にいる友人に対する優越感と幸福感で一杯になるのを感じながら携帯を閉じた。
今すぐにでもハルに逢いたい。
友人たちとくだらないおしゃべりをするより、ハルの大きな体にもたれかかって、街を歩き
ウインドショッピングしたり、見つめ合って愛をささやくことの方がどれだけ楽しく
心を弾ませることだろう。
たとえわずかな時間でも、ここで数時間もおしゃべりに費やすより、何倍もの価値が
あるような気がする。
友人たちと会うなんて無駄な時間だと思った。前の麻衣子なら考えられないことだ。
たとえ恋人がいても、友達といることや、1人で過ごす時間も大切でいとおしいものだったのに。そして恋人のことなど忘れて、純粋にその時を楽しむことができたのに。
今の麻衣子はハルが一番の存在になっている。
ハルがいなければ、すべての出来事もかすんで、つまらないものになってしまう。
ハルの麻衣子をみつめる切ないまなざしが目の前に現れた気がして麻衣子は目を閉じた。
暖かい気持ちがそれまでのうんざりとした気持ちをかき消していく。
人は幸福だと感じるとき、その後に起こることなど考えもしない。
ただその幸福な瞬間がずっと続けばいいと思っている。
でも永遠はない。絶対はない。だからだろうか?
心のどこかで無意識の恐れがあるのだろうか?
幸せは永遠に続くものではないと・・・・
始まりは小さな出来事だった。
朝、麻衣子が携帯をみると、そこに20件の着信がありますというメッセージがあった。
驚いて着信履歴を見ると、そこにはとっくに別れたはずの上司の名前が残っていた。
麻衣子の頭がじーんとしびれた。
2,3日前にメールがきたことを思い出す。
どうしたっけ!?と思いを巡らすと、返信をしていなかったと気がついた。
メールもただの近況伺いのような内容。
麻衣子の心の中を占めているのはハル。どうでもいいと感じたのがホンネだった。
それで返信することすら忘れてしまったのだろう。
だがこの着信の件数は普通ではない。麻衣子の中でふつふつの小さな怒りの感情が
こみ上げてきた。