19−危ない夜
夫が不在の間にハルとどこかに泊まる。
それはかなりの冒険だったが、以前から自分が不在のときにわざわざ自宅に電話して
麻衣子の存在を確認することはなかった。急用があれば携帯の方が連絡とりやすい。
それでも当日麻衣子の心のどこかに不安があった。
しかし実際にハルと一緒にディズニーランドのアトラクションを楽しんだり、
食事をしたりするうちにそんな杞憂もどこか消し飛んでしまった。
麻衣子は心から笑い、ハルとふざけあいながら二人の時間を楽しんだ。
手をつないで、ふとしたときに見つめ合って微笑む。それは学生時代の恋愛に等しかった。
20代のときの麻衣子・・・・・
その頃はお酒が飲めなかったが、ボーイフレンドに連れて行ってもらったバーで
ウォッカのカクテルにタバコと大人の女性の振りをしたが、結局は悪酔いをして
帰り道、みっともなく吐いてしまい、おまけに門限を破って父親に怒られた。
あの頃と今の自分は変わっただろうか。
今はお酒も飲めるようになったし、タバコの吸い方だって慣れたものだ。
でも心を覗くと昔のように、ちょっと背伸びしながら恋にも学生生活にも夢中で
張り切っていた自分がいる気がする。
夜、ホテルのバーで軽くカクテルを飲みながら、そんなことを思っていた。
「楽しい?」ハルが聞く。麻衣子はこくんとうなずいた。
よしよしとでも言うように、ハルは麻衣子の頭をなで満足そうに笑う。
「可愛いなぁ」ハルが目を細める。
気持ちの入った言葉をまっすぐ自分に向けられるのなんて何年ぶりだろう?
夫だって付き合い始めのころは私をちゃんと見つめていたはずだ。
だが今はどうだろう?二人でひとつの部屋に住んで入るものの、お互いの顔をじっと
見つめ合うことなどない。それが夫婦というものだろうか?
それにしてもあまりにもハルと夫は違いすぎる。
自分も夫もどこか変わってしまったのだろう。
そして知らず知らず、お互いを求めることのないほうが二人でいて過ごしやすく、
生活しやすいと思ってしまったのかもしれない。
その夜は家に帰らなくていいという開放感から二人ともお酒が進んだ。
なだれ込むようにベッドに飛び込んで、お互いを求め合う。時間はたっぷりあるのに
二人は高揚する気持ちを抑え切れなかった。
ハルは最初の頃は避妊の有無を問いただすことをしていたが、この頃はハルがその瞬間を
迎えそうなときに麻衣子が今日はつけてね、とか今日は大丈夫と指示を出すようになっていた。
この日は少しばかり飲みすぎたお酒の勢いか思考が鈍くなっていた。
とは言え、ハルの動きが激しくなってきたのを感じたときに麻衣子は、あえぎ声とともに
「今日は危ないから」と伝えた。
ハルは聞こえなかったのか動きを止めようとしない。
「ハル?」
「ん・・・・」
ハルの顔を下から覗き込むと、眉を寄せ口元をひきしめて何かに耐えている顔つきをしている。
「ねっ、あれ、つけてね」
「いやだ・・・・・このままマイの中で出す」
一瞬、麻衣子の頭の中が真っ白になった気がした。
酔いのため思考がぼんやりとしていて、ハルの言葉が頭の中から滑り落ちる。
えっ?ということは、とふいにその意味をしっかりとらえた時には、すでにハルは目的を果たし、それまでの動きを止め、麻衣子の上であえいでいた。
ハルの背中は汗でびっしょりだった。
「・・・・出しちゃったの?」
「うん、気持ちよかった」
「つけてって言ったのに」
麻衣子の小さなつぶやきが届いたのか、ハルの顔が一瞬翳った。
でもそれはすぐに消えて明るい声が返ってきた。
「大丈夫だよ、ほら、体を洗っておいで」
そう言うと、麻衣子のお尻をぱちんと叩いた。
ハルの平然さには救われたものの、一ヶ月後、麻衣子はこの一瞬の気の緩みを
後悔することになる。