1−ネットへの入り口
麻衣子はPCの前にもう1時間ほど座りっぱなしだった。
画面上にはいくつものサークルの名前とその活動内容がずらりと並んでいる。
ゴルフのサークルである。
仕事は4ヶ月前に辞めてしまった。10年間勤めた会社。全く未練がなかったかというと
そうでもない。給料も待遇も麻衣子の35歳という年齢を考えると悪くはなかった。
ポジションもマネージャー職、部下も数人いる。
ただ外資系である以上、仕事の責任と結果については厳しい評価が待っていた。
女性だからといって甘い世界ではない。
そこそこの数字を出し、自分の能力を常にアピールし続けなければいけない。
麻衣子はそれほどアクティブな方ではない。普通のサラリーマンの家庭に育ち、
普通すぎるほどの平凡な生活の中でおっとりと育てられてきた。
そういう要素は性格のどこかしらに影響を与えている。
素直である、でも競争は苦手。人と争ったりすることは彼女の人生には皆無だった。
人を押しのける強引さも持ち合わせていない。
そんな彼女が切磋琢磨する外資系企業に長く勤めることは
周りと折り合わないことで、心の中に次第に鬱積したものを積んでいった。
そんな矢先に麻衣子が所属するプロジェクトの中止という事態があり
それを機に、いっぱいに膨れ上がっていた不満と疲れが爆発した麻衣子は
勢いで会社を退職したのだった。
そのときは爽快だった。辞めると1度決めると、自分には新しい生活が待っている。
そこには「自由」が手を伸ばして麻衣子を待ち受けていた。
麻衣子には夫がいる。同じように外資系企業に勤めるサラリーマン。
長く海外生活を経験しているせいか、個人主義的なところがあるものの
麻衣子に干渉することはなく、生活するパートナーとしては申し分はなかった。
子供のいない二人はディンクスとしてきままな生活を送っていた。
収入的にも麻衣子が専業主婦になるのに問題はなかった。
麻衣子自身、しばらくは自由な生活を味わって、また働きたくなったら
そのとき考えようという流動的な考えだった。
自由な生活 ー 会社を辞めてしばらくは家の中で過ごすことも楽しかった。
ゆったりとした朝食、テレビのワイドショー、
学生時代の友人で同じ専業主婦とのランチ、ちょっと手の凝った夕食のメニュー
時間はたっぷりとある。
だがそんな風に時間を費やしても、まだ時間には余裕があった。
掃除など毎日の必要もない。家事をこなしても1日の半分以上は予定のない時間があった。
そこで思いついたのがゴルフだった。
以前から年に数回、夫やその友人たちとゴルフをする機会があった。
そのときはスコアなど気にすることなく、ゴルフは社交の手段であり、コースは自然に触れながら優雅に過ごす場所であった。
だがヒマな時間に練習場に通うにつれて、もっとラウンドしたい、もっとうまくなりたいという気持ちが芽生えてきた。
だがゴルフは1人でできるスポーツではない。最低でも二人そろわないとコースには出れない。
麻衣子の友人の中に平日の昼間、ラウンドの付き合いをしてくれる者はいなかった。
「ゴルフ仲間を見つけるしかない」
だがどうやって見つけるのだろう?
ゴルフのレッスンスクールでも行けば見つかるだろうか?
3ヶ月通ってみたけれど、平日の午前中にくるスクール生は60歳を過ぎたお年寄り、
また数人でグループが出来上がっている中年のオバサマ軍団。
麻衣子くらいの年齢の女性は見当たらない。
確かに、麻衣子の年ごろの女性は、子供がいれば、子育て、たとえば
手がかからない年齢に達したといっても教育費やローンで余裕がなかったり
一般的にはそういう女性が多いだろう。
中には麻衣子のように子供もいない主婦もいるかもしれないが、
そのスクールには麻衣子と同様な女性はいなかった。
「どうすればいいのかなぁ〜」
思いあぐねていた。そのときネットで探すというのは!?
というひらめきが。
これだけネットが広がって情報社会になってるんだから、もしかしたら
そういう場があるかもしれない。
そう思うと、麻衣子は検索を始めた。
ゴルフ、サークル、仲間、それらを検索コードに入れてヒットしたものの中に
サークルを主体にしたサイトを発見した。
全国ネットだから何百というサークルがその中にあった。
あまりの多さに唖然としながら、ひとつひとつ、ものめずらしさもあってチェックしていく。
しかしその作業はあまりに時間もかかり、サークルを勧誘する趣旨など
どこも似たり寄ったり、それほど大差ないように感じた。
その中で「女性限定」のサークルがいくつかあった。つまりサークルのメンバーは
全部女性というわけだ。
麻衣子はこういうネットで知り合う人との交流には少しばかり躊躇があった。
どんな人がいるかわからない、ネット上ではハンドルネームを使って本名を明かさない。
ということは自分を詐称したり、匿名という立場で相手を不快に思わせる行動を
とることもあるのではないかと警戒していた。
でも女性ばかりであれば、それほど変な人もいないだろうし。
そんな考えから、ひとつのサークルの入会案内のキーをクリックした。