15ーセックスレス夫婦
結婚したとき当然のことながら数年たったら、子供をつくろうと麻衣子は考えていた。
仕事は順調だったし、おもしろかったが、子供をつくるのに適した年齢というものがある。
できれば二人くらい欲しいし、あまり高齢になってからというのは育てる体力が衰えてしまう。
ところが結婚して2年目に入るあたりから、夫は麻衣子を求めてこなくなった。
一度、途中で夫の男性としての機能が不十分で、そのまま行為をやめてしまったことがある。
その時は単純に疲れているんだろうと安易に捉えていた。
そんな理由でセックスを拒否するとは思えなかった。
だがそれが2度もあると麻衣子の心の中で不安は湿り気を帯びてきた。
その後、麻衣子には手も触れず、夜になると背中を向けてさっさと寝てしまう。
数ヶ月して意を決し尋ねてみることにした。夫婦なんだから当然だと思った。
「ねえ、そろそろ子供つくらない?」
数分の沈黙の後、夫の答えが返ってきた。
「子供はいらない。子供ができると責任ができるからいやだ」
麻衣子は自分の耳を疑った。結婚して子供をつくるのは家族として当然の行為ではないか。
責任って何?結婚したら家族に対して責任ができるのは普通ではないか。
「どういうこと?そんなこと結婚する前に一言もいってなかったじゃない」
「そうだっけ?でもそういう気になれないんだ」
その時の夫の年齢は35歳。若いとはいえないかもしれないが、子供を持つのに遅すぎるという年でもないだろう。
「それでセックスも拒否するわけ!?」
つい責める口調になった。
「それとこれは別。ただ疲れているだけだって言っただろう?全く、女って30過ぎると
性欲が強くなるんだな」
麻衣子は自分の足元にぽっかりと大きな穴が開いたような気がした。
そして穴の向こうには夫が背を向けて椅子に座っている。テレビを見ながら何事もなかったかのように笑っている。
かろうじて穴の淵に震えながら立っている。頼れるものは何もない。でもこの穴の中には落ちたくない。落ちたら這い上がれないような気がする。
夫にそれ以上立ち向かっていく気力が自分にあったらと思う。
人と争うーその行為が麻衣子を逡巡させる。今まで本気のケンカを誰ともしたことがない。
心の中をさらけ出して、傷つけあって、それから生まれるものが何か。
知りたいような、知りたくないようなそんな気持ちだった。
これからどうしたらいいのだろう。
でももしかしたら、一緒に暮らすうちに夫の気持ちだって変わるかもしれない。
そんなかすかな期待を持っていたが、その後、一切麻衣子を求めてこなくなった夫に失望する以外何があるだろう。
並んだベッドの片側に体を横たえてそっと隣を覗う。夫は背中を向けて、すぐに寝息をたてる。そこには言葉もなくただ無言の拒否だけが漂っていた。
せめて何か暖かい言葉や無言であってもただ抱きしめてくれれば、どんなに麻衣子は安心しただろう。大きな背中は麻衣子を拒絶する壁だった。
そして暗闇の中で麻衣子は声を押し殺して泣いた。
「どうなるの?私はどうしたらいいの?」自問自答する。
麻衣子には年の離れた兄しかおらず、母を早くに亡くしていた。
厳格という言葉がぴったりの家庭で、父に抱きしめてもらったり、頭をなでることすらされたことがない。いつも規律と道徳を重んじる堅苦しい家庭の中で、自分の感情をさらけ出すことは許されない気がしていた。心を開いて悩みをぶつけたこともない。父は麻衣子にとって
脅威の存在だから相談することなどできやしない。
まして内容が内容だ。男女のセックスの問題をどうして打ち明けられるだろう。
夫は社会的にみて何の落ち度もない。世間的に一流といわれる大学を卒業して、ちゃんとした会社に勤めている。少しはお酒を飲むがたしなむ程度、ギャンブルもしないし、無駄遣いもしない。おとなしい性格で麻衣子に暴言や暴力もふるったことがない。
父も気に入っている。二人で仕事の話をしているときなど、父の顔は満足感であふれている。
このまま二人で暮らしていたら、いつか家族の情愛だって増してくるはずだ。
子供が欲しくなる気持ちになるかもしれない。
だが肝心のセックスを求めてこない。その事実も麻衣子を打ちのめした。
このまま女として終わってしまうの?そんな不安も湧き上がった。
夫はもしかしたらEDではないのだろうか?そんな疑念も持ち上がった。
それは夫婦で協力して解決すべき問題だ。だがそのことについて話し合うこともためらわれ、時だけが虚しくすぎていった。
夫の浮気を予測させる証拠を見つけたときは「なんだ、他の人とはできるんだ」と妙に納得した。自分をないがしろにされたような不快感もあったが、もう何年もたっていたので
今さらことを荒立てる気力はとうに失われていた。
ハルに問われたとき、麻衣子は努めて明るく言い切った。
「もう5年以上こんな状態になると、私も今はダンナとHなんかできないよ」
「こんなにいい体してるのに・・・・もったいないなぁ。ダンナの気持ちが分からないよ」
そう言うとハルは麻衣子をいとおしそうに抱きしめた。そして肌をまさぐり始め、ハルは自分のものを麻衣子の中に入れようとした。
夫婦関係の話をしたからだろうか、ハルのものはいつもよりいきり立っていた。猛々しいもが入ろうとしたとき、思わず「痛い」という言葉が出た。
ハルはびくっとして体を離した。顔が心配そうに歪んでいる。
ごめんと小さくつぶやいて麻衣子をそっと抱きしめた。
「愛してるよ」麻衣子の目をじっと見つめて言った。
「マイはオレの宝物だよ。こんなに人を好きになるのは初めてなんだ」
麻衣子は自分の心が高ぶってくるのを感じた。今までこれほど求めてくる男性はいなかった。
まるで初めて愛を知ったかのようにハルは愛の言葉をささやき続ける。
ハルの目の淵は感極まったかのように滲んでさえ見える。
「・・・私も愛してるよ」麻衣子の口から自然にその言葉が出た。