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13−付き合ってください

キスをしたら男と女であることを意識しあう。当たり前のことだが、麻衣子の心の中で

ハルは急激に存在感を増してきた。このままどうなっていくのだろう。


前にはドアがある。そのドアを開くのも開かないのもそれは自由意志。

開いた向こうに何が待っているか、未知なものの期待と不安。


恋愛でなくても、新しいことが待っている世界に飛び込むことにはいつも躊躇がある。

人によっては自ら進んで飛び込むことを恐れないタイプもいる。

そこに新しい喜びが手を広げて待っているというワクワクした期待感があるからだ。

麻衣子の中にもそういう気持ちはある。だが今持っているものをすっかり捨てて、全部を

新しく塗り替えることには抵抗がある。

慣れ親しんだものに固執するように、今の自分をとりまく環境にはそれ相応の安心感があるからだ。


あまりに率直に気持ちをぶつけてくるハルのことを思うと麻衣子は自然と顔がゆるむ。

一緒にいて楽しい。話もおもしろい。ゴルフは上手ときている。

キスだって悪くなかった。



でもこれはゲームのようなもの。二人は結婚している。

どこの家庭にもあるような小さな摩擦はあるものの、家族崩壊するような大問題が

あるわけでもない。

恋愛感情を抱いたとしてもそれは恋愛ごっこ。きっとハルだって同じ気持ちであるに違いない。


また連絡がくるかな、と思ってる矢先にハルからランチの誘いがきた。

急ではあったが、昼間たっぷり時間のある麻衣子には断る理由がない。


食事を終えて、ハルの車に乗った。当然、自分の家に送り届けてもらうものだと思っていた。


ハルは車を走らせながら「もう少し一緒にいられる時間ある?」と聞いてきた。


「・・・・うん、夕方までなら平気だよ」


ハルは少し黙った。数分の沈黙の後、出た言葉は「ホテルいかない?」だった。


麻衣子は内心びっくりした。


こういう誘いはたとえばお酒でも飲んで二人の気分が高揚してるときに勢いをつけて誘うものであって、昼間、ランチを食べて、おなかが脹らみ、満腹感で無防備に心を開放しているときにするものではないだろうと考えた。


突然のことに「えええ・・・・」と言ったきり、言葉をつぐんでしまった。


「だめかなぁ」気弱そうな声がでる。


「だって、なんて答えて良いか・・・」


「行こう、ねっ!」


ハルはハンドルを勢いよく切ると、細い路地に入っていった。


ハルに手をとられて建物に入りながら、不思議と麻衣子は落ち着いてた。


その時、頭によぎったのは、今日は普通の平凡な下着だったな、ということだった。


前もってそういう心積もりがある日、女性は誰でもちょっとおしゃれな、相手が見て喜びそうな下着を選ぶ。でもいきなりのランチ、そしてその後のホテル。準備など何もしていなかった。

そういや服装だって突然だったからGパンにシャツというカジュアル。化粧だってほとんどしていない。なんだかその辺にお使いにでもきた小娘みたい。


麻衣子は苦笑する思いを抑えて、どうにでもなれといった感じでハルに付いていった。


ホテルの密室 ー 音もなく、光もなく閉ざされた部屋に二人きり。


そこは都会の喧騒や現実の世界から逃避している空間。

部屋の真ん中にでんと備えられたダブルベッド、大きなワイド型のテレビ、アンバランスなほど派手な大柄の花柄模様の壁がまがまがしい。外にあふれる平凡な日常は何もなかった。


「ビールでも飲もうか」しんとした沈黙を破るようにハルが言った。


ソファーに並んで座り、言葉もなくグラスを傾ける。


ハルが麻衣子の肩に手を伸ばして頭をハルの胸に寄せた。鼓動が聞こえた。


「心臓の音がどくどく言ってるよ!」


「うん、オレ、すごく緊張している」


ハルはそう言うと麻衣子の顔を上げてキスをしてきた。初めてのキスとは違う恋人たちがするような濃厚で甘いキス。ハルの手が胸に伸びてくる。ためらうようにそのまま胸の上で手が泳いだ。


「ね、シャワー浴びる?」麻衣子がそう言うと、ハルはびくっとしたように身を引いた。


「そうだね、じゃあ、オレが先に浴びるよ」


照れがあるのか二人ともお互いを見ないようにして、それぞれにシャワーを浴びた。


麻衣子がバスタオル1枚の姿でベッドにするりと入ると、ハルは待ちかねていたように

抱きしめて「好きだよ」とささやいた。


「本当に大好きなんだ。こうなれてうれしい」


ハルの手は慎重に麻衣子の体の上をすべっていく。やさしくそして大切なものを扱うように触れながら麻衣子の反応を覗っている。


麻衣子は初めてなのに滑らかな手順と、自分がこうしてほしいと思うことがすんなりと進行していくことに驚きながら、その感覚を素直に受け止めていた。

初めて見る、触れる体に感嘆の声をあげながら、ハルは自分の欲望を達するかと思えた。

だがハルは最後までいかなかった。


体を離したとき、男性は必ず自分の欲望を射精という形で納めるものと思っていたので

「どうしたの?」という質問がでてしまった。


「オレ、別にいかなくてもいいんだ。いかなくても十分気持ちいいから」そう言うと、真顔で麻衣子をじっと見つめた。


「ね、オレと付き合ってくれる?」


いつも驚かされるハルだが、この言葉は胸にドスンと落ちた。


結婚しているから付き合うという言葉がふさわしいのかどうかわからない。

前の上司はなりゆきから付き合ってはいたが、そういう言葉はなかった。

その言葉ひとつでハルの気持ちが伝わってきた。


「大事にするから」


真剣なまなざしがそそがれた。


「オレ、お金はないからぜいたくなことはしてあげられないけど、一緒に食事したり

飲んだり、ゴルフいったり楽しくやっていきたい。もちろんちゃんとメールや電話もするよ。ほったらかしにはしないから」


そう言ってから少し不安気な目で麻衣子を見た。


「それとも誰か付き合ってる人がいたりして・・・」


「・・・・いないよ。そんな人がいたらここには来てない」


「この間、電話がかかってきた人とかは関係ないの?」


「電話?ああ、あれは会社の後輩。相談事で電話してきただけ」


「そう!?オレ、気になっちゃって。ずーっとマイちゃんのことばっかり考えてるし、もしかしたらって、気になってしかたがなかったんだ。誰もいないなら付き合って。ねっ」


まるで今にも麻衣子がどこかへ行ってしまいそうな気でもするのだろうか。

ハルは説得するかのように詰め寄った。真剣な目は麻衣子を捕らえて離さない。


その勢いに押された訳でもないだろうが、麻衣子は思わずこくんとうなずいていた。
























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