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11−繋がれた手

その日は3月の末、数日前から気温が上がっていたせいか、桜はほとんど開花しており

4月の入学式には花はすでに散っているだろうと予報されていた。


ひとしきりショップを回って喫茶店で一休みとなった。


ハルは麻衣子をテーブルに座らせて、セルフサービスのカウンターに並んでいる。


アメリカからきたこの手のコーヒーショップはいつも混んでいる。

参考書のような本を広げて、ペンで何かを書き込んでいる高校生らしき少女。

ラップトップを開けて、画面を食い入るように見つめながらキーを叩くサラリーマン。

大口を開けて、笑い転げている主婦らしき女性3人。


麻衣子は外に設けてある小さなテーブル席に座っていた。

近くに桜の木があるのか、花びらが風に飛んできて地面のあちらこちらに落ちている。


ふいに突風が起きて、麻衣子の髪が舞い上がりそうになった。

と同時に花びらがひらひらと空中に舞う。

麻衣子はうつむいて髪を抑えた。


「あっ花びらついてるよ」


ハルが近寄ってきて、ごめん、と小さくつぶやくと麻衣子の髪に手をやった。


プンと男性の匂いが漂う。コロンでもないし、汗の匂いでもない、男性特有の匂い。

麻衣子の胸がざわざわした。体が膠着したように動かない。


「取れた取れた」


ハルは何事もなかったのように、明るく言った。麻衣子はうつむいたままだった。


「多分あのクラブに替えたら今より飛距離出ると思うよ。もし買うんだったら、あそこでもいいし、今はネットも安いからそれで買うのも手だなぁ」


「もう古いから替えようかとは思ってるの」


「買い換えたら、ラウンド行かないと。どこがいいかなぁ」


麻衣子は前から興味のあったコースの名前を挙げた。


「そこは行って見たかったところだ。二人でいかない?どうかな?」


ハルは少し目を細めて麻衣子を見つめた。口元は緩んでいない。

前回と同じように麻衣子の答えを覗うように息を潜めているようだ。


「いいよ」麻衣子は軽い調子で答えた。


「ホント?うわ〜楽しみだなぁ」またあの無邪気な笑顔が返ってきた。


その時、また突風が起こった。


「これって春一番じゃないかな?」


「いつもより早いね。これじゃあ、すぐ花が散っちゃう。もうお花見できないね」


麻衣子が今年のお花見は、と口を開きかけたとき携帯が鳴り出した。


画面を見ると海外の電話番号が並んでいた。


いぶかしげに思いながら出てみると、相手は勤めていたときの一緒に仕事をしていた仲間の男性だった。麻衣子の仕事の一部を引き継いでおり、麻衣子の後輩にあたった。



「今、いいですか?実はあの仕事で今、ドイツにいるんですけど、教えて欲しいことがあって・・・・」


麻衣子はハルに軽く合図をしてテーブルを離れた。


話はなかなか終わらなかった。仕事の悩みもあるのか、次第に人生相談のような形になっていく。麻衣子をハルを待たせている気がして少しあせった。早く話しを終わらせたいのに

切ろうとすると、また話題を戻したりする。

最後にはイライラしながら「ごめん、今出先だから、また今度、ゆっくり聞くから」と

たたみかけるように切った。


ため息とともに携帯を閉じて席に戻ると、ハルは手持ち無沙汰にタバコをくゆらしていた。


「ごめんね。前の会社の人で・・・」


「大丈夫?何か用事でもできたの?」


「ううん、たいしたことないの。ちょっと悩んでることもあるみたいで。1人でやる仕事をしてるから相談する人がいないのかもしれない。私が先輩で教えた形になったから頼ってるのかな。」


「・・・・・・」


麻衣子が険しい顔をしていたからだろうか。ハルは心配そうな顔を向けた。


「本当に大丈夫だから」麻衣子はきっぱりと言った。


ハルは何か言いたそうな顔を一瞬したが、すぐ思い直したように、「じゃあ、ちょっと早いけど軽く飲みますか」と腰を上げた。



ハルが連れて行った店はどこにでもある和風居酒屋といった店だった。

流行である仕切りのある個室風になった席だった。


麻衣子がビールの次にサワーを飲みだすと「マイさんって結構飲めるんだね。うれしいなぁ〜」と顔をほころばせた。


ハルは強いのか、ビールから焼酎に変えるとグラスを進めていく。

少し紅潮した顔からは笑みがこぼれている。


「ところでマイちゃんはいくつなの?オレと一緒ぐらい?」


マイちゃん!?急にチャン付けになった変化に気づかない振りをして麻衣子は答えた。


「ええっ!?いくつだと思うの?」


ハルはううん・・・と口を濁した。


「私、ハルさんより年上だよ。37だもん」


「そう?てっきりオレより下か同じくらいだと思ってたよ。マイちゃんと同じ年の姉貴がいるけど、どっぷり主婦って感じでもっとオバサンっぽい。やっぱり仕事してたから違うね」


「子供がいないからだよ」


「どんな仕事してたの?」「ずっと東京なの?」「兄弟は?」


ハルは麻衣子のことを詮索していく。


「外資系の企業なんてすごいなぁ。英語もぺらぺらなんでしょう?あこがれるなぁ」


ハルはまぶしそうに麻衣子を見つめた。


麻衣子はそんなことないよ、とつぶやきながらお皿の上のサラダをつついた。


「ハルさんはゴルフ歴って4年くらいなんだっけ?」


「うん、タイガーウッズをテレビでみて、かっこいいなぁ〜と思ったのがゴルフを始めたきっかけかな。オレ、それまで野球とかテニス、サッカーとやったけど、それからゴルフにはまったな」


「そうそう釣りも好きなんだ」


「釣り?」


「うん、釣りでも川の方。海釣りじゃないよ」


「あぁ、ブラビのリバーランズスルーイットみたいな?」


「そうそう。一時、はまってたときはよくいったなぁ。会社にいくそぶりして釣りにいったこともある。あの時は行きたくて行きたくてしかたなかったんだ」


「で、今はゴルフなんだ」


「オレ、自慢するわけじゃないけど、運動神経は良い方なんだ。頭はダメだけど」


と軽く笑った。


「最初にコースに出たとき120叩いた。でも100以上叩いたのはそれっきり。2回目は98で回ったよ」


「すごいね!普通100を切るのに1年くらい、かかるんじゃない?」


「だってすごく練習した。くやしくてしかたなかったし。仕事終わると毎日練習場に通ってた」


「誰かに教えてもらったの?」


「いや、オレは自己流。今の目標はシングルになることだな。今年中にはなりたい」


口元を引き締めて何かを見据えた横顔を見ながら、ハルは相当、負けん気が強いんだろうなと麻衣子は思った。でも何かに熱中する男性というのは嫌いじゃない。



渋谷の街は若い男女であふれかえっていた。いつの頃からか、この街は若年化が進んで

今は中学生か高校生のたまり場のようになっている。


「マイちゃんはどうやって帰るの?」


店を出るとハルが聞いてきた。


「ええと、ここからだと歩いても大丈夫だけど・・・」


「オレ、タクシーで途中の駅までいくから、送っていくよ」


そういうと手を挙げて車を停めた。


乗り込んで行き先を告げると、ハルはシートに沈み込むように座り、「今日は楽しかったなぁ」と誰にともなくつぶやくように言った。


そして麻衣子に顔向けると「今日は無理いってゴメンネ。でもすごく楽しかったからまた飲みにいこう」と強く言うと、すっと手を伸ばして麻衣子の手を握った。


大きくて暖かい手だった。少し力がこめて麻衣子を包み込むように堅くにぎりしめている。


顔はそのまま真正面を向いたままだ。


どきどきと胸を打つ音がお酒による酔いなのか、それともハルと繋がれた手なのか

麻衣子には分からなかった。


だが解くこともせず、その手はずっと繋がれていた。


















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