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第七話 兄貴

 コトリ、と音をたてて湯気の上がっているカップが置かれた。中身は真っ黒な液体。一体、なんだろう。不思議な香り・・・。

 顔を上げるとカインのお兄さんと目が合った。カインとは全然違う、どこかよそよそしい笑顔が浮かべられた。それにおずおずと笑顔を返すとお兄さんは私の正面に座った。ちなみにカインは私の隣だ。

「兄貴、せっかく作ってくれたのに悪いけど、ロゼッタにはまだコーヒー飲ませてあげたことはないんだ。今は、もっと落ち着く物のほうがいいと思う」

「ん、そうか?ならそれはオレが飲む」

 そう言ってお兄さんがカップを引き寄せると、カインは私の頭をぽんぽんと撫でてキッチンへ向かった。待ってて、って意味かな。ちらりと乾ききってない鰭を見下ろした。乾いた服に着替えてタオルで身体を拭いたけれど、まだ肌よりも鱗の方が多いし、髪も毛先だけが栗色だ。

 まだ湿っている髪を拭きながら、お兄さんの方を向かないようにする。

 カインのお兄さん、というのは分かったけどそれだけしか分からないし、さっきからずっと見られていて落ち着かない。

「ロゼッタ、これ飲んで。身体が温まる」

「ありがと」

 小さくお礼を言って、カップを手に取った。透明の液体は湯気を立てているけれど、さっきの飲み物よりは熱くなさそうだった。さっそく一口、飲んでみる。

「美味しい・・・」

 見た目はお水のようだけれど、ほんのりと甘くて飲みやすい。お腹がじんわりと温まっていく感じがする。カインはふんわりと笑ってお兄さんが持ってきてくれたものを飲む。あれはどんな味がするんだろう・・・。

 カインはカップを置くと、背筋をピンと伸ばして私のほうを向いた。それに習って私もカインを見る。

「ロゼッタ、紹介する。俺の兄貴のカイル。兄貴、彼女はロゼッタ。まあ、見ての通り、人魚・・・というか・・・」

「おう、ほんとに人魚なんていたんだな。どこで見つけた?」

 ジロリ、と全身に目を向けられる。思わず震えが走った。顔はどことなくカインと似ているのに、どうしてこんな嫌な感じがするんだろう。首を竦めてカイルさんを見返すと、その理由がなんとなく分かった気がした。

 カインは優しい。それは言動や行動、表情もそうだけれど私に向ける眼差しが、とっても優しいんだ。でも、カイルさんは・・・。

「兄貴、女性のことそんな風に見るのは失礼。ただでさえガタイ良いし人相悪いのに」

「悪ぃ、人魚なんて伝説の生き物だと思ってたからよ。・・・てか、こんな餓鬼に女性って、紳士ぶりに拍車かかったな、お前」

 カインは申し訳ないって顔を一瞬私に向けた。

「相変わらず口が悪い。それにロゼッタは十分女性、だ。もう二十一らしいから」

 ポツリと呟かれた言葉にカイルさんはパッと目を見開いて私の胸元に視線を向けた。

「へえ。言われてみりゃ、まあ、たしかになぁ・・・」

 そして総毛立つ様な笑みを浮かべる。楽しくて笑ってるんじゃなくて、何か悪いことでも考えているような笑み。私は髪を拭くフリをしてタオルで前を隠すようにする。

「兄貴」

 カインも咎めるように声を上げ、カイルさんは肩を竦めた。でも値踏みするような・・・そう、私を対等の生き物とは思っていない、値踏みするような視線は変わらなかった。

「んで、どうして人魚がここにいんの?」

「ロゼッタは、アシュリーの友達なんだって。アシュリーを探しにきて海岸で倒れてた所を、俺が助けた」

 カインとカイルさん、あんまり仲が良くないのかな。なんだかぶっきらぼうな話しかただし、機嫌も悪いみたい。

「アシュリーの・・・?」

 カイルさんはテーブルに置いてあった私の髪飾りを食い入るように見つめ、納得したように頷いた。アシュリーちゃんとお揃いだから、見覚えがあるのかも。

「兄貴は?どうしてここに」

「いや・・・・可愛い弟の顔を見に、な。元気そうで安心したよ」

 そう言いながら、私にも目を向ける。どうして?少し、嫌な予感がする。

「ああそうだ、ここに住んでるみたいだけど、部屋は?」

「アシュリーの部屋、貸してる」

「ふうん・・・。食いモンとかは?」

「・・・普通に、俺と同じもの」

 カインは不審そうにカイルさんを見る。どうして聞くのか、不思議に思ってるみたい。勿論、私もそうだけれど。カイルさんはまたふうん、と言ってコーヒーを飲み干した。私達が不思議に思っているのは気が着いているんだろうけれど、気付かないフリをしているのか説明する気がないのか。

 カイルさんは私が人間の姿になっていくのを、とても興味深そうに見ていた。カインが作ってくれたお昼ご飯を食べて、その後も携帯っていう箱越しに私を観察している。アシュリーちゃんのことを聞いてきたりして、カインもカイルさんもアシュリーちゃんのことが大好きなんだって、感じた。カインとカイルさんは仲が悪いみたいだけどアシュリーちゃんと二人は、きっと仲が良かったんだろうなあ。

「なあ、なんでさっきからずっと水飲んでんの?」

 突然話しかけられて、ビクリと肩が跳ねる。コップを置いて、顔を上げた。カイルさんはじっと私の方を見つめていた。名前を呼ばれたわけではないけれど、私に話しかけてきたのは間違いない。

「私、陸だとすぐに喉が乾いてしまうみたいなんです。初めてカインに助けてもらった時も、乾いて倒れちゃったみたいで・・・」

「ロゼッタ」

「あ、カイン・・・」

 見上げると、食器を洗い終えたらしいカインが不機嫌そうに私に手招きをしていた。着いていくと、カインの寝室に来た。扉を閉めて、カインは私に向き直る。すごく申し訳なさそうな顔。

「ごめん、ロゼッタ。兄貴のせいで嫌な思いさせてる。兄貴、アシュリーが死んでから変なんだ。今も真っ当な仕事してるわけじゃないみたいだ。今日だって、何企んでるのか・・・。あんまり、ロゼッタのこと教えない方がいいと思う」

「それって・・・カイルさん、良い人間じゃないかもしれないってこと?」

 カインは苦々しい表情で頷く。そんな、カイルさんが悪い人?悪い人間に見つかった人魚は、どうなったんだっけ?

 グッと唇をかみ締め、考えないように頭を振る。怖いけれど、まだ本当に悪い人間だって決まったわけじゃない。

「大丈夫だよ、きっと」

 半ば自分に言い聞かせるように、呟く。

「・・・気を付けて、ロゼッタ」

 囁いて、カインはそっと私の髪を指で梳く。私が頷くとカインは心配そうに私を見て部屋を後にした。私もすぐに追いかける。

「あ、なあカイン。オレ今日は泊まってくわ。どうせ嵐は収まりそうもねえし、構わねえだろ?」

「その嵐の真っ只中に来たのは誰」

 ぼそっとカインが呟くも、カイルさんは笑い飛ばしてまた携帯に視線を戻す。嫌って言われても、押し通してしまいそうな雰囲気。カインもそれが分かっているのか、小さく溜息を吐いた。

「兄貴の部屋、そのままにしてある。泊まるのは構わないけど、ロゼッタには手を出さないで」

 返事のつもりなのか、カイルさんは片手をひらひらと振った。

 もちろん、お夕飯も一緒に食べた。でもその間もカイルさんは私のことをじっと観察していた。アシュリーちゃんのことを聞いてから、なんだかちょっと変わった気はするけど・・・。お皿を拭きながら、リビングの方を見やる。相変わらず携帯を見ていたのに、私と目が合う。驚いて、咄嗟に顔を逸らしてしまった。だけど特に何も言われない。何を考えているんだろう、カイルさん。

「くあ・・・。カイン、オレもう寝るわ。朝飯出来ても放っといて」

 カイルさんは大きく伸びをして、立ち上がる。その背中に慌てて挨拶をして、私も洗い物を終わらせた。もうそんなに遅い時間?全然気が付かなかった。

「ありがと、ロゼッタ」

 カインが差し出した手に湿ったタオルを乗せる。カインはいつの間にか、テーブルの片付けも終わらせていたみたい。受け取ったタオルを洗濯機に放り込むと、カインはピアノの前に座った。

 私が椅子に座るのを待って、カインはピアノを弾いてくれた。それに合わせて歌を歌いながら、ゆっくりと目を閉じる。外ではまだ雨が強く窓を打ちつけ、風は吹き荒んでいる。 だけど不思議ともう、怖くない。星明り一つない、真っ暗な外には泣き叫ぶような暴風雨の合間を縫って、微かにピアノと私の声が響いていた。

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