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第四話 海

 買い物に行ってくる、とカインは言った。それは私がここにおいて欲しいと我がままを言ったからだ。ここに住むにしても着るものもないし、靴だってないし、食材も足りないから。

 アシュリーちゃんが死んじゃったって聞いたのは、もう昨日のこと。昨日は沢山泣いて、そのまま寝てしまった。朝起きたらカインは朝ご飯を作ってくれていて、それを食べてからアシュリーちゃんのお墓参りに行った。

 アシュリーちゃんのお墓は白い薔薇の中に立っていた。よく手入れがされていて、本当に大事にされているんだなって思う。地面には透明な箱が埋めてあって、そこにはアシュリーちゃんの髪飾りと一冊の本が入っていた。

 本は、アシュリーちゃんの大好きな人魚姫の本なんだって。一度、姫様の話で喧嘩をしちゃったなって思い出したら、また涙が出てきちゃった。カインは何も言わずに私の頭を撫でてくれた。カインが傍にいると、安心する。

 暫く帰りたくなくてカインにここに置いてくださいってお願いしたら、直ぐに頷いてくれた。カインは優しい。私が甘えたら、きっといつまでもいて良いって言ってくれそうなほど。

「行って来るよ、ロゼッタ」

「うん・・・。行ってらっしゃい」

 カインを見送って、私は椅子に座ってお水を飲んだ。どうやらカインは、私が浜辺で倒れていたのは水が足りなかったからだって考えているみたい。確かに、お水を飲むと凄く身体が潤う気がする。私達は普通水の中で暮らしているから、陸に上がると人間よりも乾いてしまうのがずっと早いんだと思う。

 壁に頭を凭れて、髪飾りを撫でてみる。私の、宝物。アシュリーちゃんとの思い出。悲しいけれど、沈んでばかりはいられない。もしかしたらって、ずっと思っていたもん。もしも死んじゃっていたならアシュリーちゃんの家族の人に会って、お礼を言いたいって思ってた。そしてアシュリーちゃんの為になにかしてあげたいって。

 私には、なにが出来るのかな。


 「ロゼッタ、ロゼッタ!」

 遠くから呼ばれているような気がして、ゆっくりと目を開ける。目の前には焦燥を浮かべたカインの顔。

「良かった・・・。ロゼッタ、ほとんど水飲まなかっただろ」

「え・・・?」

 抱き起こされて、首を巡らせる。テーブルの上には出しっぱなしのビン。中の水はほとんど減っていなくて、コップにもまだ少し水が入っている。あの後、そのまま寝ちゃったんだ。今はお昼過ぎみたい。そんなに長い時間、何も飲まなかったんだ・・・。

「ほら、これ飲んで」

 カインは新しく水を注いでくれた。それを飲むとずっとぼんやりとしていた景色が次第にはっきりしてきた。

「ロゼッタ、寝る前何考えてたの?」

「・・・アシュリーちゃんのこと。なにか私に出来ないかなって」

 カインは優しく微笑んで頭を撫でてくれた。

「そっか。でも、一番は元気でいてくれないと」

「うん、ごめんなさい。これからは気をつけるね」

 頷いて、私はカインの顔を見上げた。

「お帰りなさい、カイン」

「ん、ただいま」

 開いている窓からさあっと風が吹いて、強く潮の香りがした。そちらに目を向けるとカインはカーテンを開けてくれた。

「ロゼッタ、海に入りたいの?」

「そう・・・みたい」

 カインは頷いて傍らの袋からサンダルを取り出した。脱ぎ履きしやすそうなもので、お花の飾りがついている。私の足をとってそれを履かせると、カインは笑みを浮かべた。

「ぴったり」

 どうやら、私のために買ってきてくれたものみたい。お礼を言って、受け取る。するとカインは私の手をとって立たせてくれた。

「それ履いて海まで行こうか。思い切り泳ぐといい」

「いいの?嬉しい!」

 せっかくだからと新しい服に着替えることにする。カインは二着のワンピースを買ってきてくれていた。私が着てきたものに合わせたのか、丈が長くてシンプルなもの。だけど、とっても可愛い。見比べてみて、今日は青いワンピースにした。

「カイン、私これに着替えてくるね!」

 脱衣所を借りて、着替える。まるで、真昼の沖合いのような濃い青色。肩紐はなくて、そのかわりに首の後ろで紐を結ぶようになっている。ウエストはきゅっと絞られているけれどそこから下はふわっと広がっている。

「カイン、どうかな・・・?」

 カインの前でくるりと回ってみると、カインは嬉しそうに笑ってくれた。

「よく、似合ってる。人魚のときの髪色に合いそうだと思って、それを選んだんだ。でも、こっちでも十分可愛い」

「ふふ、ありがとう!」

 照れて笑うと、カインは私の手をとって歩き出した。反対の手には買ってきた荷物が提げられている。カインは自分の寝室の隣の部屋を開け、扉の傍に荷物を置いた。

 部屋はカインの部屋とそんなに変わらない造りになっている。広いテラスに大きなベッド、サイドテーブルには可愛らしいランプ。壁際には腰までの高さの本棚が幾つか。

「ここ、アシュリーの部屋だったんだ。今はロゼッタが使って。好きにしていいから」

「アシュリーちゃんの・・・」

 小さく呟くと、カインは私の手を引いて玄関に向う。

「早く、海に行こう。ロゼッタが泳いでるところ、見てみたい」

 見ると、カインの口角が上がっている。カインも海、好きなのかな。そうだったら嬉しいな、一緒に泳ぎたい。そういえば、アシュリーちゃんは泳げなかった。人間は元々、あんまり泳ぐのが得意じゃないんだって聞いたことがある。カインは、どうなんだろう。

 浜辺に着くと、私は早速海の中に入った。爪先を海に浸けただけで身体の隅々に水が浸透していくような感覚がする。腰の辺りまで水に浸かると、足が鰭になっていくのを感じた。そのまま、倒れこむようにして全身を海に浸す。

 とっても、気持ちいい。やっぱり海の中が一番。すーっと泳いで、大岩に掴まって上体を引き上げる。陸を見ると、ズボンをたくし上げてこちらを見ているカインと目が合った。手を振ると、カインも振り返してくれる。それが嬉しくて、私は陸まで戻った。

「ロゼッタ、はやい。それにとっても綺麗だ」

「ふふふ、カインもおいで。今日の海はとっても綺麗なの。最近雨が降っていないから、遠くまで透き通ってるよ」

 遠くを指差すと、カインは笑って頷いた。

「じゃあ、俺も少し入ろうかな。ロゼッタみたいには泳げないけど」

 そういって、カインはシャツを脱ぎ始めた。真っ白な肌に、思わず目を逸らしてしまう。なんだか眩しい。カインって、結構引き締まった身体をしてたんだ。

「あ、冷たい。気持ちいいね」

 踝の辺りまで水に浸かると、カインは大きく伸びをした。そして、大股で進んでいく。その横を這うようにして進んでいるとカインは私を抱き上げてくれた。腰辺りまで浸かると、下ろしてくれる。でも、私が人魚の姿に戻った所よりも随分先だ。カインって背が高いんだなって、改めて感じる。

「泳ぐのなんて、何年ぶりだろう」

 呟かれた言葉に、私はふと不安になった。カインはどのくらい泳げるんだろう?だけど、思った以上にカインは泳ぐのが上手。これなら溺れる心配なんて、全然ないかな。

 潜って、くるくるとその場で回ってみる。途端に私の周りに浮かんでくる泡が、肌を撫でていく。その感覚が、とても心地いい。泳いでいるカインの下を潜ったり、綺麗な貝殻を集めたり、わざと水飛沫を上げて水面に顔を出してみたり。

 天気が良いから、海面に反射した光が眩しいけれど、それが余計に周りの景色をキラキラと輝かせている。今までは明るいうちにこんな風にして思い切り遊んだことがなかったから、そう思うのかな。


 私が異変に気付いたのは、遊び始めてから既に三、四時間が経つころだった。私は大岩に腰掛けているカインの足元で岩に肘をついて話をしていた。なんとなく、違和感が拭えなくて一度水面に目を向けた。水の中で歪んだお腹がゆらゆらと揺れて、青みを帯びている。目をカインの方に戻したその時に違和感の正体に気がついて、私はあっと声を上げる。

「カイン、肌が赤くなってる!」

 カインは腕を見ると苦笑いを浮かべた。

「ああ、焼けちゃったか」

「焼けちゃった・・・・?」

「そう、日焼け。低温火傷だ」

 火傷って、一度アシュリーちゃんが教えてくれたことがある。確か・・・。

「ひ、冷やさないと!痛くないの?大丈夫?あっ、どうしよう、全身が赤いよ!カインが、死んじゃう・・・!」

 慌てて辺りを見回して、冷やせるものを探す。こういう時って、どうすればいいのか分からない。アシュリーちゃんは一番に冷やすことが大事で、広範囲に火傷すると死んじゃうこともあるって・・・!

「くくっ、ははははっ」

 突然カインが大笑いをし始めて、私は驚いて動きを止める。それが余計に面白かったのか、カインはお腹まで抱えて笑う。

「カイン・・・?」

 どうしたのかが分からなくて小さく名前を呼ぶと、カインはなんとか笑いを抑えながら座りなおした。その目尻には、涙まで浮かんでいる。

「ご、ごめっ・・・!ロゼッタの勘違いが、あんまり可愛かったから」

 勘違い、と言われて一気に顔が赤くなる。でも、何が勘違いなの?

「日焼けは確かに火傷だけど、そんなに大袈裟なものじゃない。だから全身日焼けしたって、死なないよ」

「本当?」

「本当。だから、そんな顔しないで」

 カインは私の頭を撫でて海に入る。一度頭まで潜って、直ぐに浮かんできた。目にかかった長めの前髪を掻きあげて、また私を撫でる。

「日焼けは長い間陽に当たっていると肌が赤くなるんだ。治るまで、少しヒリヒリするくらいだよ。そういえば、ロゼッタは平気そうだね。人魚は日焼けなんてしない?」

「うん、聞いたことない」

 恥ずかしさのあまり不貞腐れて俯くと、カインはまた笑って陸に向って泳ぎ始めた。

 あっ、置いていかれちゃう。

「待って、カイン!」

 慌てて追いかけて、隣に並ぶ。傾きかけた太陽は、薔薇のような赤に染まり始めていた。

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