第十三話 笑顔
「あら、ぴったりねえ!よかったわ。・・・うん、可愛いわ。素敵よ」
「ふふ、ありがとうございます」
マギーさんが選んでくれたのは水色と白のストライプのお洋服。背中と胸元が大きく開いているんだけど、それだけじゃなくって胸の真ん中辺りからスリットが入っていて、変に動いたら捲れちゃいそう。胸の辺りはピッタリしてるからきっと大丈夫だけど・・・。胸のすぐ下からはゆったりしてる。きっと水の中だときれいに広がるんだろうなあ。
「さ、それじゃあ髪を結いましょうか。せっかくこんなに綺麗なんですもの、全部結い上げたら勿体無いわね。・・・あら?」
マギーさんは持ち上げた髪をそのままに、背中のほうに屈みこむ。
「ロゼッタちゃん、背びれがあったのねえ。気が付かなかったわ。小さいし、髪で隠れていたのね」
マギーさんが話すと背びれに息があたってくすぐったい。
私の背びれは小指ほどの長さもない本当に小さなものだ。腰の下のほうについていて、付け根は肌色だけど先に向かうにつれて青くなっていく。あんまり小さいから付いている意味はなくって、ほとんど飾りみたいなもの。
「私も一応、お魚の仲間ですから。私にはありませんが、鰓があったり、水掻きがあったりする子もいるみたいです」
へえ、と感心したように頷いて髪を結い始める。
「あら・・・結ぶの、難しいわね。こんなところで働いてるものだから私、髪質が珍しい子って他にも会ったことがあるけれど、何かしら、水の中で髪を梳いているようね。綺麗な髪だわ・・・少し編みこむだけにしましょうね」
鼻歌交じりに、どんどん髪型が変わっていく。けれどしっくり来る髪形が見つからないみたい。ぎゅって編んでも解けていっちゃうし、高い位置で括るとだんだん緩んで零れていっちゃう。それでも、編みこんでハーフアップにしてくれた。
「さて、と。こんな感じかしら」
にこっと笑って、マギーさんは引き出しからアクセサリーを選び始める。何度か体に当ててみて、濃い赤のネックレスをつけてくれた。銀の小さな玉のチェーンに繋がれた、雫型のネックレス。髪飾りと似た色で、髪や服の色が薄いから、すごく映えてる。
次にマギーさんはノートを取り出して私と向き合って座った。
「私はね、いつも飾り立てた子をスケッチしているの。名前を添えて、毎日見直して一人だって忘れないようにして・・・」
シャッシャっと短く鉛筆の音が響く合間に、マギーさんの柔らかい声がする。見れば、ノートはもう最後のほうのページになっている。ラックには他にも何冊か置いてあったから、そのどれもがすでに書き終わったものなのだと思う。今までにあんなにたくさんの人が売られちゃったんだ・・・。
そっとマギーさんに視線を戻す。時々顔を上げて私を見るけれど、その顔はとても穏やか。・・・ううん、どこか寂しそう。
「マギーさん、ありがとうございます。私、こんなにおしゃれしたの、初めてです。とっても楽しかったですよ」
思わず、笑みがこぼれる。マギーさんは目を見張ると、私に笑顔を返しながらポロポロと涙を流し始めた。涙がノートに当たって、はたはたと音を立てる。大変、と呟きながらマギーさんは服の裾でノートを拭く。
「そんな風に言ってくれたの、ロゼッタちゃんが初めてだわ。いいわね、笑顔の子が描けるなんて」
描きあがった絵は、とっても私にそっくりだった。幸せそうに笑っていて、見ていて元気になれちゃう。
「わあ、素敵ですね。そっくりです!」
「そお?うふふ、実は人に見せたの、初めてなのよね。本人のお墨付きをもらったんだもの、人に自慢できる才能かもしれないわね?」
冗談交じりに首を傾げるマギーさん。そこへ、乱暴にドアが開けられた。カイルさんだ。カイルさんは私を見るとフンッと鼻を鳴らしてマギーさんのほうを見た。
「終わったか」
「ええ、見てのとおりよ。どう?」
「別に、いいんじゃねえか?それより、時間だ」
マギーさんは顔を顰めたけれど、特に文句を言うでもなく私の肩に大きなストールをかけてくれた。体が乾き始めていて鰭が足に変わってきているから、それを隠すために。
「ロゼッタちゃん、私が出来るのはここまでよ。せめて、あなたを買った人から大切に扱ってもらえることを祈っているわ」
「はい、ありがとうございます。マギーさんもお元気で」