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第十話 出会い

 私はその後、また車に乗せられて今度は海から離れた大きな建物へ来た。一階建てだけどとても広そうな場所。裏口のような場所から中へ入り、細い通路を通って鉄製の扉の前まで進む。そこには男の人が一人立っていて、私達の方を訝しげに見ていた。

 カイルさんはポケットから何かを取り出すと男の人に見せた。男の人はそのカードを手に取り、腰につけている機械に近づける。電子音が短くなると男の人は頷いてカードをカイルさんに返した。そして扉の鍵を開け、脇による。扉の奥は、広い部屋になっているようだった。

「どうぞ」

 男の人に声を掛けられ、カイルさんは中へ入る。その後に続くと、その部屋が何のための部屋なのかが一目で分かった。

 壁沿いにずらりと幾つも並んでいるのは全て頑丈そうな檻だ。中には様々な動物や、何人か人間もいた。みんな黙り込んで俯いている。私は陸の動物のことは殆ど知らないけれど、きっとこんな風に静まり返っているのはおかしい。人間だってそう。小さな子どもの姿も見えるけれど、黙ってじっとしているし、怯えているように見える。それに扉が開いた音にも誰かが入ってきた気配にも反応しない。

 きっとみんな、私と同じ「売り物」なんだ。

「ほら、入れよ」

 檻の一つが開けられ、私はそこに入る。中には1人の小さな女の子と十六、七歳くらいの男の子。小さな檻の隅に座り込み、顔を伏せている。

 カイルさんは檻の扉を閉めると鍵をかけ、部屋から出て行った。重々しい音をたてて閉まる扉に、感覚が麻痺していくようだった。

「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

 小さく掛けられた声は可愛らしいもの。振り返ると、同じ檻の女の子が隅から私を見上げていた。一見普通の人間に見えるけれど、この子はどうしてこんな所にいるんだろう。

「うん、大丈夫だよ」

 少し笑って見せると、隣の男の子が意外そうに目を見開く。その目はとっても綺麗な薄紅色だ。

「あんた、自分がどこにいるか分かってんの?あんた、これから売られるんだよ」

「・・・うん、知ってる。ねえ、あなたたちはどうしてこんな所にいるの?」

 私が聞くと二人は顔を見合わせた。先に口を開いたのは、男の子のほうだった。

「俺さ、見ての通りアルビノ何だよね。で、アルビノってどっかの国じゃ高く売れるらしくて。こっちの子は指の関節が人よりも一つ多いんだ。だからそういうマニアが買ってくわけ」

 女の子の手を見てみると、確かに関節が多い。珍しいけれど、だからって物のように人を買うだなんて。

「アルビノって?」

 不思議に思って聞くと、男の子は呆れたように首を振った。人間にとっては常識なのかな。

「アルビノは、俺みたいに色素が薄い人のこと。ほら、肌とか髪とか、白いでしょ。目もピンクだし」

「ふうん・・・アルビノっていうんだ。お魚の中にも、時々白い子がいるんだよ。でも、それだけで売られちゃうなんて、本当におかしい」

「じゃあ、お姉ちゃんは?お姉ちゃんは、なんで連れて来られちゃったの?」

 女の子は不思議そうに私を見る。すっかり乾いて人間と変わらない見た目だから、気になるんだろうな。どうしよう、話しちゃっても平気かな。もう人間に捕まっちゃってこれから売られるだけなんだから、言ったって何も変わらないかな。

「あのね、私は人魚なの」

 二人は目を見開いたけれど、信じてはいないみたい。男の子の方はすごく変な顔をして私の方を見てる。女の子も、私の足を訝しげに眺めている。

「何それ、どういうこと?別に人魚症候群ってわけじゃないでしょ、さっき普通に歩いてたし」

「人魚・・・何?」

 首を傾げた私に、男の子は溜息を吐く。

「人魚症候群。両足が人魚みたいにくっついて生まれる病気だよ。あんた、何も知らないんだね。一体幾つ?今までどんな暮らししてたんだよ」

「私、まだ陸にあがったばかりで人間のことはよく知らなくて。でもそういう病気とかじゃなくって、本当に人魚なの」

 人魚になったところ、見せてあげたほうがいいのかな。お水・・・は、あった。テーブルにコップが置いてある。

「このお水、少し使ってもいい?」

「別に、いいけど・・・。何するつもり?」

 見ててね、と言って私は膝の辺りまでスカートを捲る。そして水を垂らした。ふくらはぎにあたった水は肌に染み込んで、鱗が浮かび上がる。

「うわあ、ウロコが出てきた!お姉ちゃん、ほんとの人魚だったんだ!」

「は、嘘だろ・・・。なに、マジック?」

 女の子はすぐに信じてくれたみたい。目を輝かせてすごい、すごいと言う。触ってもいい?と聞かれたからいいよ、と返すと女の子はそうっと触ってくれた。一方、男の子のほうはまだ信じられないみたい。疑わしそうに目を細めて、食い入るように見つめている。

「本物だよ」

 笑って少し、鱗を引っ張ってみる。

「俺も、触ってみていい?」

 もちろん、と頷くと男の子は指を伸ばす。女の子の方はコップを手に取り、私の足先に水を垂らしていっている。そうして鰭に変わった爪先に触れて、楽しそうにしている。良かった、笑顔になってくれて。怖いのはきっと変わらないと思うけれど、少しでも和らいでくれたらいいな。

 水の量が少なかったから、コップの中が空になっても、私の足は殆どがまだ人間の足のままだった。元に戻った所も、きっとすぐに乾いちゃう。

「ねえ、手は?水かきとかって出んの?」

「ううん、人間よりも少し発達してるくらいで、殆ど変わらないよ。他に変わるのは、髪と目の色くらい」

「えっ、髪!見てみたい!」

  身を乗り出した女の子に、思わず笑ってしまう。なんだか、アシュリーちゃんと似てる。

「お水、まだあるの?」

「うん・・・。ねえ、かけてみてもいい?」

「どうぞ」

 頷くと、女の子は早速水差しを持ってきて、私の髪を持ち上げた。男の子も気になるみたいですぐ側まで近付いてくる。

「いくよ?」

 声をかけて、女の子は髪の真ん中から水を垂らす。するとかかった所から髪の色が変わっていく。まるで、静かな水面に波紋が広がるように。それを見て二人は小さく感嘆の声を上げた。

「すげえ、グラデーションじゃん・・・」

「きれい!!」

「人魚って、みんなこうなの?それともあんただけ?」

「んー、どうだろう。同族って少ないからあんまり分からないなぁ。あ、でも、私の父は、ぐらでーしょん、だよ」

 笑って見せると女の子は羨ましそうに自分の髪を引っ張った。人間には私みたいな髪色の人はいないのかな。そういえば髪の色自体、種類が少なかった気がする。お魚は鮮やかな色の固体が沢山いるし私達もそうなんだと思うけど、人間は違うみたい。そういえば、カインが今の姿になる前の姿の話をしてたことがあったっけ。人間はずっと昔は猿だったって。それが何か関係あるのかな。

「ねえ目の色は!何色?」

 女の子は私の目を覗き込んだけれど、これくらいだと目の色は変わっていないはず。

「青緑だよ。澄んだ、深い海の色」

 そう言ってから、住んでいた場所を思い出す。丁度私の瞳の色のような場所だった。空からの光が少し届いていて、朝と夜ではがらりと色が変わる。そこから上を見上げると、本当に綺麗だった。懐かしいなあ、まだ離れてからそんなに経っていないはずなのに。

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