プロローグ
ザザァ・・・ザザ・・・ザ・・・
月明かりに照らされて仄かに浮かび上がる白い砂浜。そこには、一定のリズムを刻みながら白波が何度も打ち寄せる。寄せては引き、引いては寄る。ときには大きな波が寄り砂浜に貝や海月、海藻などを打ち上げていく。
砂浜から沖へ数メートル離れた場所には人一人が丁度座れるくらいの窪みがある大岩が立っていた。普段は半分以上が海に浸かっているのか、長い間海に浸かっているせいで岩は変色し、フジツボや海星などが付着している。
汚れた様子のない透き通った美しい海は子供たちの絶好の遊び場にもなりそうなものだが、この辺りは潮の満ち引きが激しく、狭いが階段もあるとはいえ、切り立った崖になっている。実際、過去に何度か転落事故等もあったらしい。
更に、三、四年に一度訪れる大規模な嵐の被害は凄まじく、過ぎ去った後は崖の上にまでも魚が上がっていることもそう珍しくはない。
その影響か、普段は穏やかな海でも近づく者は殆どおらず、その周りにも家は一軒を除き何処にも建ってはいない。
そんな静かな砂浜を裸足で歩く、一人の少女がいた。
少女は踝の辺りまで届く丈の長い真っ白なワンピースを着ていた。片手は裾が濡れないように軽くたくし上げ、もう片方の手は風に靡く栗色の長い髪を押さえている。
少女は目を伏せて足元ばかりをじっと見つめているが、時折思い出したように闇に包まれた真っ黒な海に視線を向けている。
小さな声で歌を口ずさみながら波打ち際を歩き、素足に波が触れそうになる度にクスクスと笑って軽やかに身を翻す。外見は十八、九歳に見えるが、その行動はまるで年端もいかぬ少女のようだ。
彼女は数十メートル程歩いたところで不意に振り返り、自分の足跡を眺めた。
それはある地点から点々と続き、今彼女が立っている場所まで続いている。チラリと遠くに視線を移し、波が足跡を消しているのを確認すると、満足げに頷いて踵でクルリと半回転して前に向き直った。
彼女は二百メートル程先の崖の上に建っている白い家にふと目を留めると、僅かに首を傾げて両手を後ろで組んで卜タトタとどこかおぼつかない足取りで駆け出した。
数十歩駆けたところで何かに躓き、危うく転びかける。少女は拗ねたように頬を膨らませ、しゃがんで自分が何に躓いたのかを探し始めた。
やがて彼女が拾い上げたのは、桃色の小さな貝。それをうっとりと見つめていた彼女は、その貝がまだ生きていることに気づいて慌てて海へと放した。そして優しく微笑むと、その貝に向かってそっと手を振った。
ザザァ・・・ザザ・・ザ・・・
少女は月明かりを頼りに、再び暗い浜辺をゆっくりと歩き出した。