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神剣士物語  作者: みぃ
2/2

壱之巻「廻リ逢イ」

その日はいつもと変わらぬ晴天だった。


木刀の入った麻袋を背負い、鼻歌混じりにその少年は街道を歩いていた。

緑色の羽織を着た、焦げ茶がかった髪色をしている、十六歳の少年だ。


店が沢山立ち並ぶ商店街は相変わらずの風景だ。

商売に励む商人の声、談笑する女性の声を耳にしながら、少年は歩を進める

町はいつも通り平和な空気が流れていた。


ふと、とある男が少年に声をかけた


「よっ、輝政。」

「あっ、八百屋のおっちゃん。おいっーす!」

「これから道場か?」

「そうなんだ。ま、楽しいからいいけどな!」

「はは、頑張れよ。重恩(じゅおん)さんの稽古は厳しいからなー。」

「おう!いつものことだい!」


輝政と呼ばれた少年は、二カッと笑う


そして、八百屋の店主に大きく手を振ると、軽い足取りで道場まで駆けていった。


◆ ◆ ◆


「おはよーっす!」


「おう、輝政!おはよー!」

「おっすー!」


がらん、と扉が開かれ、道場の仲間たちが声をかけてきた。

輝政は笑顔で答えて、道場に入る。


ここ、東道場は御命町に古くから伝わる「神剣流」の流派の一つ、風剣派の道場だ。


御家人の息子である輝政は、幼い頃からこの道場で剣の稽古をしている。


輝政自身、剣の稽古は好きで、道場は毎日通っていた。

そんな、道場の慣れ親しんだ面子に、今日は1人足らない顔がいるのに輝政は気付いた。


「……あれ?十吉は?」


「十吉か?まだ来てないみたいなんだ。珍しいよなあいつ。」


寺旗 十吉。

輝政とは道場に入る前からの友人である、役人の息子だ。

大人しくて頭がよく、剣の腕も輝政とここで1、2を争う仲なのだ。


そんな十吉はいつも道場に毎日欠かさず一番乗りしてくる。


それが、何故か今日は、どっちかというと遅刻気味の分類に入る輝政よりも遅いのだ。


「……あいつ、風邪でもひいたのかな。」


そう呟くと、輝政は麻袋から木刀を取り出し、これからはじまる厳しい練習の準備をはじめた。


厳しい師範が来るまでの間は、やんちゃ盛りな剣道男児たちは雑談しながら準備をするのが日常だった。


「なぁ、熊五郎の話、知ってるか?」


それは、その練習中の雑談の中でふと、仲間の1人が言った話題の一つに過ぎなかった。


「熊五郎?あの、でっかい髭もじゃの熊男のことか?」


輝政も、話題としては聞いたことがある。

大柄でいかつい風貌をしているが、根は善人だった貧乏侍だ。


その話を聞いて、他の1人が頷いた


「あー、知ってる知ってる。ここんとこすっかり悪者になったって話だろ?」

「そうそう、窃盗とか、無銭飲食とか、暴行とか、とにかく悪さを働いてるみたいでさ。」

「あいつ力だけはいっちょ前にあるからなー、捕まえるの大変そうだな」

「うん。最近多いよな。こういう犯罪者。」


その時、笑いながら輝政は言った。


「もしかして、“妖怪”の仕業だったりして!なーんてな!」

「妖怪?あの御伽噺の?」

「あれ、絵空事だろ?んなわけないってー!」


妖怪とは、この地には神話と共に語り継がれるばけものだ。


人間の魂を食べて、人間に悪事をさせると伝えられている。


封印されたその妖怪の王が目覚めると、災いが起きるという、なんともありきたりな、御伽噺……


そこまで話したところで、奥の扉ががらりと大きな音を立てて開かれた


「お前たち!!今日も稽古をはじめるぞ!!」


東 重恩師範の怒声さながらの大きな声が道場に響いた。

輝政たちは準備を終えて、訓練された兵士のように機敏に動いて師範の前に並ぶ。


少しでも遅れたりしたら師範の怒声と竹刀が飛んでくるからだ。



重恩師範は生徒の頭数を数える為に並んだ生徒を見回す。

そして、すぐに十吉がいないことに気付くと、ぎろりと輝政をにらんだ



「おい、葉凪!!寺旗の奴が無断欠席しているぞ!お前何か聞いたか!?」


「いや、なんにも…」


幼馴染である輝政に、重恩は聞いた。


この師範に睨まれるのも慣れたもんだが、やはりその目つきには全身が軽く痺れそうになるくらいの迫力がある。

輝政は本当に知らないと、首を横にふった。


「そうか。寺旗の奴め……このワシに断りもなしに稽古を休むとはけしからん!

まぁいい!お前たちは稽古をはじめるぞ!!」


「「はいっ!!」」


生徒たちは一斉に返事して、やがてペアでの練習をはじめた。


「あの、師範」


輝政は少し申し訳なさそうに、重恩師範に声をかけた。


「ん、なんだ?葉凪」

「俺、相手の十吉がいないので、素振りをしてます。」

「当然だ!!しかし、お前は本当に奴の休んだ理由を知らんのか!?」

「は、はい…俺には、さっぱり。あいつは昔からずっと、毎日欠かさず稽古には参加していたのに、なんで…」


そう、師範に疑問を投げかけた時だった。


道場の入り口の扉が開かれる。


その場にいた全員が、練習を一時中断してその扉を見た。




「……はぁ、はぁ……」


そこには左腕を抑え、顔や身体に傷を負った十吉の姿があった。


「十吉!?」


ぐらり、と十吉の体がよろめいた。

真っ先に輝政は十吉の元へと駆け寄る。

そして、倒れかけた十吉の身体をしっかりと受け止めた。

受け止めてはじめて、十吉が抑えていた左腕が折れていることがわかった。


「輝政……」


弱々しい声で、十吉は輝政を呼んだ。

そして、顔を見つめてるうちに、ぶわっと十吉の目に涙が溢れた。


「お、おい十吉、どうした!?大丈夫か!?」

「て、輝政…ご、ごめん……僕…御守り、盗まれちゃった……」


泣きじゃくりながら、十吉は輝政に謝った。


御守り。

それは、幼い頃の祭りの時だったか。

輝政と十吉は、二人でお揃いの御守りを買って持っていたのだ。

輝政は勿論、十吉は特にそれを大事にしていた。


「お、おい…盗まれたって……ってか、お前その傷、誰にやられたんだ!?」


十吉は息を切らし、一拍おいてから、その名を口にした。


「…熊五郎………そう、二丁目の熊五郎に……やられたんだ…」



熊五郎。と、輝政は繰り返した。


さっきの雑談の話題に昇ってた人物。

軽いノリで話してた話題が、まさか……まさか、こうして自分の友人を傷つけた犯人なんて。


輝政の心の中にある正義感が、激しく揺れ揺れ動いた。


その時、輝政の後ろから、師範の大きな手と顔がぐいっと伸び出て来た。


「葉凪!どけ!!寺旗を安静にさせなきゃならん!!おい!!誰か医者呼んでこい!!」


重恩師範は輝政から十吉を離させ、軽々と抱えて近くの生徒に向かって言った。


はいっ、と、1人の生徒が道場から駆け出して行く。



無論、こんなことがあったから今日の稽古は自主練習ということになってしまった。


自主練習の間、生徒たちは皆熊五郎のこもや十吉を心配する言葉を交わしていたが、輝政は話には乗らずに1人、無言で素振りを続けていた。



許せない。


輝政の怒りは、素振りを繰り返しても、収まるものではなかった。



◆ ◆ ◆



その日の道場が終わっても、輝政は真っ直ぐ家には帰らなかった。


輝政の足は、迷いなく二丁目の一角へと足を進めた。


自主練習中に、噂好きの仲間の1人が、熊五郎の寝ぐらの場所について喋っていた。

それを聞いた輝政は、心に決めた。



十吉の御守りを取り返す。

…あわよくば、十吉の仇を討つ。と



日が傾きだした夕暮れ時。



輝政は木刀を手に、その小屋の前に立った。


小屋の中からは何も物音がしない。

…好都合なことに、熊五郎は今は留守のようだ。



輝政は小屋の中へと忍び込む。



小屋の中は小さなちゃぶ台のある部屋がひとつと台所だけの簡素なつくりだった。


その中に、空になった酒瓶、食い散らかした食べ物の後などのゴミや

どこかから強奪してきたのであろうガラクタが散らかっており、足の踏み場のない状態で、酷く荒んだ生活が伺えた。


中に入ってふとちゃぶ台の上を見て見ると、そこには小さな御守りが無造作においてあった。


それを輝政は手に取る。


「(あった、これだ…)」


それは確かに十吉の御守りだった。

とりあえず見つかって、輝政はほっと安堵する。


大事に麻袋にしまった後に、

ふと床を見て見ると輝政の目に一本の刀が転がっているのが目に入った。


不思議に思った輝政は、その刀を拾い上げる。



美しい黒く漆塗りされた鞘に収められた一本の刀。



持ち上げて見るとずっしりと重く、輝政にもこの刀が本当の刀であることはわかった。

しかし、ただの刀ではない。

この刀は、持っているだけで胸がつまるような気持ちになってくる。

そして、この刀自体が、荘厳な雰囲気をかもし出しているような…そんな気持ちになった。


剣道をやっている輝政は、この刀はとても上質な刀だと直感した。


輝政は、少しの間その刀に見とれていた。





表からのしのしとした大きな足音で、はっとわれに返った。


熊五郎が、帰ってきた音だ。


輝政は急いで麻袋の中に刀も入れ、とっさに近くにあった押入れの扉を開き、そこに飛び込んだ。

押入れは照正一人が入れるくらいのスペースがあり、なんとか隠れることが出来た。


ほんの少しだけ扉を開けておいて、外の様子を伺った。



案の定、熊五郎は帰ってきて、どっかりとちゃぶ台の前に座った


そして、酒瓶を器についで飲み始めた。



しかし運のいいことに…輝政の隠れている押入れは、熊五郎の真後ろにあった。



輝政の頭の中に、ひとつの考えがよぎった。



……もしかすると、ここから奇襲をかければ熊五郎を倒せるかもしれない。



決断は早かった。


右手に握り締めた木刀をぎゅっと握り、気づかれないように押入れを空けて外へ出る。



そして、木刀を思いっきり振り上げ……



大きな熊五郎の背中へと、振り下ろした






…しかし。


「……っ!?」



その一撃は熊五郎にはあたらなかった。


熊五郎は当たる直前に気づき、木刀を素手で受け止めていたのだ。

正気とは思えない不気味な笑みを浮かべながら…



木刀を引こうとしても、強い力でつかまれてて、引き離せない。


「ぐあっ!?」



次の瞬間、ぶんっと投げ飛ばされ、散らかった床にたたきつけられた。


「ってて…」


なんとか起き上がろうとする。

熊五郎はにたりと笑いながら刀を抜いて迫ってきた。


木刀はさっき投げ飛ばされたときに飛ばされてしまって、とりにいけない。




熊五郎は輝政にむかって刀をふるってくる。


その力強さは、まさに怪力だった。

まるで、人を超えたような…そんな力だった。



熊五郎の攻撃を食らうまいと、輝政は必死にかわす。


しかし、狭い小屋の中で避けても、散らかった部屋を余計に荒らすばかりで収拾がつかない。



やがて、熊五郎の振るった刀を避けた。

しかし、その刀は左頬を掠めた。



「つっ…!!」


赤い血が輝政の頬を流れ落ちる。



その時、バランスを崩してまたすっ転んで、壁を背中にする。


起き上がろうとするが…熊五郎は、刀を振り上げて、今からでは間に合わない。




やばい、殺される……!!



覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。









次の瞬間、キィン、とした刀と刀が交わる音が聞こえた。




不思議に思って、恐る恐る目を見開いて見ると





そこには、熊五郎の刀を自らの刀で受け止める、女性の背中が見えた。



「っはぁ!!」



彼女は熊五郎のあの力をものともせず、熊五郎を弾き飛ばした。


体制を立て直そうとしている熊五郎に、追撃をする。

再び、金属と金属の交わる甲高い音が響いた。

彼女の持つ刀は淡く蒼に透き通り、輝いていた。


熊五郎の顔からは先ほどの笑みは消えて、この女性を力でねじ伏せようと必死になって刀を振るう。



しかし、彼女の剣技はその熊五郎の怪力を受け流し、中々熊五郎は彼女に一撃を与えられない。


やがて、彼女の刀の峰がもろに熊五郎の鳩尾に叩きこまれ、熊五郎は吹っ飛ばされる。


それをみた彼女は、倒れこんだ俺に近寄ってきて、手を差し伸べてきた。


「大丈夫?」

「あ、あぁ…ありがとう。助けてくれて。」

「ん。大丈夫なら、それでいいのよ」


一つまとめにして上げられた黒髪。

青地に桜の刺繍が施された羽織の下の袴は、女性であるにも関わらず男物の袴だった。


輝政はいつの間にか、凛々しい彼女の強さに憧れのような感情を抱いていた。



「お、俺、葉凪輝政!あの、あんたは…」

「…睡蓮。青峰睡蓮だ。」


彼女はそういって微笑む。

しかし、その笑みは一瞬で真剣な表情になった。


睡蓮が振り返ると、熊五郎が刀をふりかぶっていた。


再び金属音が交わる。

しかし、彼女もすごいが、熊五郎の馬鹿力も嘗められない。


輝政には指を咥えて2人の戦いを見てるだけ……



その時、輝政は麻袋に入っていた刀の存在を思い出した。


この刀でなら、自分も戦えるかもしれない…


確信に近い何かを覚え、輝政は麻袋からさっきの刀を取り出した。


柄を握って、刀を鞘から引き抜く。


すると……辺りに翠色の光が溢れ出した。


睡蓮も熊五郎も一時剣を止めて、輝政のほうを向いた。

しかし、輝政が一番驚いていた。


その光は……とても優しく、そして輝政に力を与えてくれるような、そんな光だった。


「おらぁああああ!!」


熊五郎に向かって突っ込んで、

勢いのままに刀をあばらに突き刺す。


すると、再び刀が光る。


輝政は咄嗟に刀を抜くと、刺したところから……

溢れ出るように、邪悪な色をして、まるで幽霊のもやのようななにかが吹き出した。


「っ!ようやく出てきたわね!!」


睡蓮は狙いを熊五郎からその何かに向かって変えて、それに斬りかかる。


言葉では表せないような、そんな奇声を発しながら、その邪悪な色は四散して消えた。


現実離れした光景を目の当たりして、輝政は息を切らした。


そして、抜いた刀を見てみた。


そこには、熊五郎に突き刺したにも関わらず、何も触れなかったような美しい翡翠色の刀身を持つ刀が握られていた。


「まさか……こんなところで会えるとはねー…正直吃驚だわ」


刀を鞘に収めた睡蓮が、輝政に向かって言った。


「い、今のは、一体……?」

「今、熊五郎から出てきた奴のことか?あれは“妖怪”。人の魂を喰らう化けだよ。」


「妖怪…あの、御伽噺のか?」

「ん、まぁそんな感じかな。熊五郎は妖怪に取り憑かれていた。でも、もう大丈夫。今は気絶してるだけだから。もう害はないわ。」

「……本当?」

「うん。人間に取り憑いた妖怪を、体から追い出して消すのが私の仕事。」

「へー…」

「それで、その妖怪を討伐するのが、この神剣。」


睡蓮は再び刀を抜いた。

よく見るとその刀は……水晶で出来ていた。


透き通った刀身は、先ほど残鉄刀と交えていたのに、刃こぼれがない。


「君の手のその刀も、真剣の一つだよ。……君は選ばれたんだよ。“神剣士”に。」


「俺が、“神剣士”?」

「そうだよ。君は、私と同じ使命を課せられたの。」


自分の刀をもう一度よくみて見ると、確かにこれも……よくみて見ると、刀身が翡翠で出来ていた。


これが……神剣。


「全て突然信じろって言われても、無理な話なのは分かってる。でも、これは紛れもない事実なの。君は選ばれてしまった。……戦わなきゃいけない。」

「……睡蓮も、戦ってるのか?」

「あぁ。もう何年も。」


そういった睡蓮の目は、決意に満ちていた。


少しの間、輝政は口をつむる。


やがて

「………強く、なりたいんだ」


つぶやくように言葉を漏らした。


「睡蓮、君は強かった。だから教えてほしい。どうすれば強くなれるのかを。強くなれるなら、妖怪と戦うのだって…なんだって受け入れる」


熊五郎に勝てなかった輝政は、悔しい思いで胸がいっぱいだった。


たとえ妖怪と戦うことになっても……強くならなくては、大切なものも…守れない。

輝政の脳裏には、今朝の傷だらけの十吉が浮かんだ。


もう、十吉のような人は…出したくない。



輝政は睡蓮の目を真っ直ぐみて言った。

睡蓮は、静かにその言葉を聞いていた。


「…強くなりたい、か。それも一つの選択肢だね。……いいよ。私が君を強くしてあげる。…明日、暇だったら町外れの神社においで。」

「! あ、ありがとう!」


輝政は深々と頭を下げた。


睡蓮は彼のまっすぐな姿を見て、微笑んだ。

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