零之巻「神の愛した町」
風に乗って笛の音が遠くまで響き渡る。
馬車の荷台に乗った少女は、篠笛を吹きながら揺られていた。
きらり、と首にかかった勾玉が光る。
春風が心地よい暖かい陽気の午後。
「嬢ちゃん、もうそろそろつくぜ」
馬車を運転していた御者の男の野太い声が聞こえ、笛の音がとまった。
「あ、本当?ありがとう。悪いね。」
「いいってことよ!俺も久しぶりに楽しい旅になったわ!」
「えへへ、それなら良かった。」
少女はにっこりと笑った。
するとがたり、と馬車が小高い丘の上で止まる。
少女はそれを確認すると、ぴょい、と荷台から飛び降りた。
「ほらよ、御命町だ。この丘を下れば、町に出るぜ」
「ほんとにありがとう。今度会ったらオマケしてあげるね!」
「はっはっは、そりゃ楽しみだ!!じゃあな!達者でな!」
「うん、ばいばーい!」
そういって、また馬はひひんと嘶き、馬車を動かしていく。
少女はそれを見えなくなるまで見送ると、町のほうに振り返った。
眼下には海と山々に囲まれた、御命町が広がっている。
「さて……と。やっと帰って来れたな。」
少女は息をふう、と吐きその町を眺めた。
「…御命町。神が愛したとされる町。」
この穏やかで平和そうな町は、今……妖気に蝕まれている。
その妖気を断つことが、彼女……尊の使命であった。
「きっと……きっと救って見せる。」
彼女はそういって拳を握ると、丘を一気に駆け下りた。
◆ ◆ ◆
かつてこの世は神に造られた。
この御命の土地は、その神に一番愛された土地という伝説がある。
しかし、そんな神の造った土地にある日、黄泉の国から妖気が流れ込んだ。
妖気は、やがて悪しきもの、“妖怪”を生んだ。
妖怪は、“王”を中心に、この世を妖気に染めていった。
妖気に蝕まれたこの世を守る為、神は選ばれし人間たちに神器を授けた。
人間は神器を使って妖怪を撃滅した後、神器は離れ離れになった。
しかし、妖気は完全には消し去れなかった。
妖怪は僅かな妖気から密かに生きながらえ、王の復活を待っていた。
妖怪。
人の魂を巣食うモノ。
その魔の手から人を救えるのは、散らばった神器の力のみであった。
ーーーーこれは、神器のひとつ「神剣」を手に妖怪と戦う、“神剣士”たちの物語