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澱む月  作者: 渡辺律
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 次の日、会社に出向いてみれば、そこにいたのは優雅に微笑む紫だった。


「おい」

「ああ、兄さん。おはよう。その様子だと昨日父さんから聞いたみたいだね。まあ、いろいろ言いたいことはあると思うけれど、とりあえずはこっちの紙にサインしてくれる?」


 怒りに満ちた斎の声はのんびりとした声とともに差し出された紙によってうやむやにされてしまった。

 とりあえず差し出された一枚の紙を見てみれば、離婚届と書かれており、夫の欄だけが空いている。


「善は急げって言うしね。あと、もう父さんから聞いてるとは思うけれど、体外的には兄さんがトップのままになるから。会議とかそういうのは全部兄さんに出てもらうね。で、塚本つけるから、塚本の指示に従って動いてくれる?あとマンションなんだけど、前のとこはすでに解約して、新しいところに兄さんの荷物はすべて移してあるから。ただ、兄さんじゃないとわからないものもあるだろうから確認だけしておいてもらえるかな。柏木さんの引越しも終わってるから。明日の今ころにはすべて終わって、晴れて柏木さんが兄さんの奥さんってわけ。おめでとう」


 さて、わからないことはある?と笑顔で聞いてくる紫に怒りがこみ上げて、彼の胸倉を掴み上げた。


「どういうことだっ」

「どういうこともなにも。昨日、父さんから聞いたでしょ?それに選んだのは兄さんだ」

「俺が選んだ?」


 選ぶもなにも、選択肢すら提示されていない、と言えば、紫はゆるゆると頭をふって、俺の手を強引に外した。


「選んだよ。僕が兄さんに彩月が奥さんじゃだめなのか、って聞いたら自分に相応しいのは柏木さんだって言ったんじゃない」

「それが何を選んだことになるんだっ」

「鈍いなぁ。兄さんが柏木さんを愛しているかどうかなんて関係ないんだよ。兄さんは何のために結婚したの?宮園と嘉納のつながりのためだよ。むしろ嘉納こっちが結婚してくださいって宮園あっちに頼んだの。わかる?嘉納と宮園だとあっちが上なんだよ。それなのにいまさらやっぱり好きな女がいるから別れます、なんていうのが許されるわけないじゃない。名前だけでもトップでいられるのは誰のおかげかわかってる?それだけでもかなり譲歩してるのに、おまけの大サービスで大好きな柏木さんと結婚までできるんだから諸手を挙げて喜んで欲しいくらいだね。さ、今日はもういいから帰って新居の様子でも確かめてくれば?塚本、よろしくね」


 呆然としていれば、いつの間にか側にいた秘書に部屋から押し出される。その背中に思い出したかのように、そうそう、と紫が声を投げかけてきた。


「彩月はもう僕の奥さんだから二度と会わないで」


 そして無情にもドアが閉められ、車へと乗せられていた。















 新居となるマンションの一室に問答無用といわんばかりに放り込まれた斎は舌打ちしたい気分にかられながらも、奥へと入っていく。なんとなく人の気配のする方へと足を進めれば、そこには途方にくれた更紗が。今まで泣いていたのだろう。目は赤くなっており、頬にも痛々しい涙のあとが残っている。


「どうしたっ」


 手荒な真似でもされたのかと慌てて駆け寄り、抱き締めてやれば、小さく嗚咽を漏らしたあと、なにがなんだかわからなくて、との声が返ってきた。


「気がついたら引越しですって言われて、ここに連れて来られちゃったの。斎に会ったり、連絡したら駄目だからと思ってがんばってたんだけど」

「ああ、その問題ならもう解決したから心配ない。これからは堂々と会うこともできるし、連絡だって好きなときにしていいんだ」


 紫はすぐにでも更紗と斎が結婚できるかのようなことを言っていたけれど、今日サインしたのは離婚届だけだ。斎にしてみても何がなんだかよくわかっていない状況だったからもう少し落ち着いてから結婚しても遅くはないだろう、と結論付けた。

 それに、交渉や会議に慣れた秘書ではなく塚本がつく、というのがちょっとネックだが、それでも慣れてしまえばこっちのものだし、実際に交渉などを行うのは斎だ。塚本がどういう指示を出そうが、最終的な権限はあくまで斎にある。こんなにバタバタと離婚する羽目になったのは、今となっては元妻である彩月のせいだが、愛人を作ったことについては斎にまったく非がないとはいえない。だから少しの間くらいは紫の指示に従って動いてやってもいい、とそんな風に考えていた。

 そんなことよりも、今大事なのは更紗だ。いきなり環境が変わって不安がっている更紗を落ち着かせてやらねばならない。いつだって更紗は守るべき存在だった。かわいそうに、一人でさびしかったのだろう。竜崎を介して近況などは伝え聞いていたものの、竜崎と更紗はどこかそりが合わないらしく、微妙な距離感がある。そのせいで斎は更紗が元気であるとの報告を親友から聞いていても心配でたまらなかった。

 しかし、これからは違う。

 竜崎しんゆうを間に挟むことなく更紗と言葉を交わし、一緒に生活することができる。これほど幸せなことがあるだろうか。

 そのためだったら少しくらいの不便は仕方がない、とそう考えていたのだ。

続きます。すみません。

たくさん書いてよいとの言葉をいただけたので^^

次回こそ、斎をぼっこぼこにしたいな(笑)

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