マチルダ2
——私は彼に作られた瞬間から、彼によって運命が与えられている存在。それは、仕方のない事なのです。
——私はつまり、この世界の全てであり、プログラムであり、また、それを制御する人工知能でもあります。
——あなた達は、私の事を現す便利な言葉を持っていますね。
——「神」。
——私には、その概念は分かりません。
トトリは真っ暗な部屋で横になり、天井を見つめている。その目には何も映っていない。ただ、目を開いているだけの状態だ。
——ごめんね、トトリ。あなたにあげたかったのはこんな愛じゃないの。ごめんね、ごめんね。
不意に母親だった人の最後の顔を思い出し、苦々しい気持ちになった。
全てを自分に押し付け、消えていった女。
それは彼女だけではない、この村にいた全ての大人達がそうだった。
「エリシュ……」
トトリは想い人の名前を一人ごちた。彼女は美しく清潔で、決して嘘はつかない。彼女の名前を唱えるだけで、空気が澄み切っていくようだった。
「エリシュ……どこにいるの……エリシュ……」
トトリは寝返りをうった。薄く固い布団に自分の鼻を押し付ける。カビと獣の体臭が混ざり合った臭いが鼻に絡み付く。反射的に鼻で呼吸をすることをやめた。
エリシュの事を考えると頭が痛くなる。
頭の痛みをごまかすために唸り、髪をかきむしった。
考えたくはないがどこか確信をしている自分にも腹が立った。
エリシュはもうこの世界にいないことを。
ドアがノックされ、トトリの考えは中断された。
ゆっくりと起き上がると、薄くドアを開ける。久しぶりに見る光に目を細めた。
「トトリ?いま大丈夫?」
外に立っていたのはミカカだった。長い金髪を一つに結び、そこから飛び出た尖った耳がぴょこぴょこと動いていた。これは彼の、緊張しているときの癖だ。
「ミカカ、何かあったのか?」
「え、うん。あったんだけど、その……」
ミカカの目が泳ぐ。トトリは、彼が自分と接する事自体に緊張しているのだと理解して、内心落ち込んだ。
この村の住人は、全員トトリを恐れている。
大人たちがいなくなってから、一番年上のトトリがこの村を仕切るようになっていた。そのうちに段々と、彼は皆と対等ではなくなってしまったのだ。
トトリは深くため息をついた。
「え、あ、ごめん。早く話す。あのね」
ミカカはため息の意味をはき違え、盛大に慌てて言葉を紡いだ。耳は先程よりも激しく動き、更に尻尾までも落ち着かない様子で地面を叩き始めた。
「あ、違うんだ。ごめん」
トトリは謝ったが、ミカカの耳には届いていない用だった。
「リサがまた変なものを拾って来たんだ、それがね」
そんなことか、とトトリは思った。リサというのはこの村で一番幼い女の子だ。幼いせいか元来から好奇心が旺盛なせいか、よく変な者を拾ってくるのだ。こないだは謎の薬品を数十本入った箱を拾って来た。その前は弱ったコカトリスのような物を拾って来た。これはすぐに喰おうと思ったのだが、リサの猛反対で村で飼うことになってしまった。村人の食料を集めるのさえも必死なのに、ペットなど飼う余裕はない。このコカトリス風の生物も、トトリはいざとなったら食べるつもりでいる。ちなみに、リサがこの生物に付けた名前はピッピちゃんだ。リサ以外誰もその名で呼ぶ物はいないが。
「そうか、また生物じゃないといいんだがな」
「生き物っていうか……」
「生き物なのか?喰えそうか?」
「喰うってそんな!違うんだよ!」
ミカカが顔と手を振りながら否定した。
「もうペットを飼う余裕なんてないぞ。喰えなそうなら捨ててしまえ」
「違うんだよ、トトリ」
ミカカは息を吸って、トトリの目を見つめた。
「人間なんだ」