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マチルダ1

 窓から入ってきた朝日に起こされ、マチルダはベッドから降りた。

 そのままふらふらと壁に近づいていき、石で傷を付ける。

 傷の数は七本。

 一人きりで目覚める、六度目の朝だった。



 マチルダは透き通るような白い肌に、稲穂のような明るい金色の髪を持つ美しい少女だった。瞳はエメラルドで、丁寧に撫で付けた髪と、高級なドレスを着た姿はまるでフランス人形のようだった。

 たった一週間前までは。



 朝、マチルダが目覚めると家の中が妙に静かだった。

 胸騒ぎを覚えて母親の姿を探しても、家の中には見つからない。そおっと扉を開けて外を覗くと、同じように扉を開けていたアイルと目が合った。

 アイルは隣に住む女の子だ。褐色の肌と赤毛を持ち、いつも元気いっぱいで兄のアイムスといろんなところに冒険に行っては、マチルダにその話しをしてくれるのだ。そのときのアイルは本当に楽しそうで、身振り手振りを交えてはこんな怪物を倒しただとか、こんな国があっただとかをマチルダに教えてくれた。村の外に出る事を両親から固く止められているマチルダにとっては、アイルからの話しだけが外の世界を知る手段だった。

 そのアイルが、今までに見た事のないような不安げな表情に顔を歪ませている。

「マチルダ……お兄ちゃんがね」

 アイルはひっくと嗚咽を漏らす。

「お兄ちゃんが、いなくなっちゃったの!」


 広場に集まったのは、アイルとマチルダを入れてたった7人だった。それも全員、マチルダと同じくらいの子供達だ。

「どうやら大人達はみんな村の外に行ってしまったみたいだね」

 長い前髪をかきあげながらカリンバが言った。

 カリンバは、ゼシルとよく一緒にいた男の子だ。アイルの兄アイムスが力なら、ゼシルは頭脳でこの町の子供達のトップだった。マチルダは広場を見渡すが、ゼシルの姿はなかった。

「ゼシルは?」

 マチルダが聞くと、カリンバは顔をしかめた。

「君も、ゼシルのことを聞くんだね。僕が一人だと何か問題なのかい?」

「違うけど……アイムスもどっか行っちゃったみたいだから」

 子供達ははっとして、周りをきょろきょろと見渡した。それぞれを指差したり、指を折って人数を確認したりしている。

「どうやらアイムスとゼシルも大人達と一緒にいるらしい。いつ戻るとかの伝言をもらった者はいるか?」

 誰も手を挙げなかった。

「ふーむ、そうなると考えられるのは……」

 カリンバが顎を掴んで考える。

「お兄ちゃんはあたしを置いていったりしない!」

 泣き止んだアイルが叫んだ。

「お兄ちゃんはあたしを捨てたりしない!たった二人っきりの家族だもの!どこに行くのでも一緒よ!」

 『捨てる』という言葉がマチルダの胸に深く突き刺さった。アイムスとゼシルは優秀だったから捨てられなかった。残された者は、優秀じゃなかったから……。

 不安になって他の子供達を見ると、同い年の男子メイレルと目が合った。同じ考えだという事が、その表情から伝わってくる。

「分かってるよ、アイル。みんなどこかで会合でも開いているのかもしれない。でも何も言わないでというのはちょっとおかしいよね。探し出して、アイムスやゼシル、そしてみんなの両親に文句を言ってこようじゃないか」

 カリンバは何も気付いていないようだった。でも、その方がいいのかもしれない。もしかしたら自分の考え過ぎかもしれないし。マチルダは、軽く首を横に振ってさっきの考えを頭から振り払った。



 マチルダ達の住む村は名前がなかった。この地区を指すときは住民なら居住区と、外の者ならニルスアイム居住区と呼ばれた。もっとも話題に上る事はほとんど無いので、ニルスアイム居住区という言葉が発せられた事もほとんど無いのだが。

 ニルスアイムは、別名を魔法都市とも呼ばれ、様々な魔法産業で栄えている。居住区はそこのすぐ裏手にある小さな村で、住む者は全員ニルスアイムに職のある魔法使いだった。

 マチルダの父は魔法薬の生成を、母は魔法学校の教師をしている。

 町は働いている者と、買い物客、宿屋に泊まりにくる冒険者などで常ににぎわっていた。マチルダも親に連れられて何度も来た事があるが、空には時々魔法の試し打ちで花火があがり、路上では魔法をつかったパフォーマンスが行われていて、いつでもお祭りの最中のようだった。


 迷子にならないようにと、強く握ってくれた母の手の感触を思い出し、マチルダは涙が込み上げてきた。

 カリンバの先導でニルスアイムに着いたものの、そこには以前のような騒がしさがなかったのだ。

 まるでがらんどうになってしまったようで、一目見ただけで誰もいないのが分かった。

 それでも誰も何も言わず、全員でニルスアイムを一周したけれど人のいるような気配はなかった。


 子供達は全員、暗い表情で広場に座り込んだ。

「ぱぱ、まま……」

 村に帰ってきてからずっとぐずっていたヨモギが、ついに泣き出した。

 ヨモギは村の中では一番小さく、まだ学校にも行っていないはずだ。

「大丈夫だよ、安心して。すぐに帰ってくるからね」

 メイレルが優しく抱き上げてヨモギをあやす。マチルダは、子供に対してどうかとも思ったが、わずかに嫉妬した。

「あの様子だと、街に何かあったのかもしれない」

 カリンバが前髪をかきあげながら言った。

「襲われたのよ!それでお兄ちゃん達は戦っているんだわ!」

「そうかも知れないね」

「あたしも行く!一緒に戦うわ!」

 アイルは叫びながら立ち上がった。

「だよな」

「そうこなくっちゃ」

 今まで一切口を開かなかったポチとポンタ兄弟もそれに続く。

「よし、一旦装備を整えてここに集合しよう」

 カリンバが号令をかけ、みんなが立ち上がった。


 

 マチルダは装備などなかった。それに村から出たらいけないという、親の教えも破れなかった。

 だから一人、村に残ったのだ。

 カリンバは始めこそマチルダに一緒に行くよう説得してきたが、最終的に「まあ、誰か一人は残っていないと帰ってきたときに入れ違ってしまうからな」と言って残してくれた。

 マチルダは、草原に旅立っていく全員を、祈るように見送った。

 草原には怪物が出る、裏の森にも怪物が出る。大丈夫なのはこの村と、ニルスアイムの街だけよ。

 母親の言葉を思い出す。

 でも、もう限界だ。

 その日のうちに帰ると言った子供達は、何日経っても帰ってこなかった。もちろん親も帰ってはきていない。

 もう、3日も何も食べていない。

 備蓄してある水も底を尽きてしまった。

 ふらふらと家を出てアイルの家の扉に手をかけたが、もし戻ってきたときの事を考えると恐ろしくて、家捜しは出来なかった。

 何か食べるものはないかと村中を探しまわるが、何度も調べているので何も出てこなかった。

 せめて水でお腹を膨らまそうと井戸にやってくると、森の方から音が聞こえた気がした。

 おそるおそる視線を動かすと、人影が動いた気がした。

「お母さん!?」

 時々学校の教材として木の実や小動物を取りにいっていた母の姿が、脳裏に浮かび上がった。

 考える前に足が動き、マチルダは森の中に入っていった。

「お母さん!?どこ!」

 きょろきょろ見回しながら走っていると、木の根に思いっきり躓いて大きく転んだ。

「お母さん、痛い……」

 運悪く倒れたところに折れた木が突き出ていて、マチルダの足に深々と刺さってしまっていた。

「お母さん……」

 もともと体力の失われていたマチルダは、その傷と出血だけで立ち上がれなくなってしまう。意識がもうろうとしてきて、目がかすんできた。

「おい、大丈夫か」

 最後にマチルダが見たのは、長い長い尻尾だった。

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