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『では、これより試験の説明を行います』


 無機質な女性のアナウンスが頭の中で響く。周囲には何もなく海しか見えないので少し妙な気持ちだ。

 先程俺を引き上げてくれた黒髪の女性は緊張しているのだろうか、少し怒ったような表情でアナウンスに耳を傾けている。

 その表情はどこか幼さを残しており、垢抜けないというか彼女の化粧気のない肌と相まって年上には見えない。

 自分のようなフリーターもいるから、ひょっとすると彼女は高卒の受験者なのかもしれない。


(怒った顔もかわいいけど、さっきの笑顔はやば……って、いかん! 試験中になに考えてるんだ俺はっ!)


 早くなっている鼓動を何とかなだめて、頭の中で響くアナウンスに集中する。


『あなた方は東京港から1000キロ離れた父島へ500人乗りの高速船で向かっています。なお航路に台風が近づいていましたが、到着は明後日と言うこともあり出航、現在まで順調に航行しています』


 台風が接近中とか嫌な予感しかしない。

 あと500人乗りの船って大きいんだろうか?

 船に乗る機会なんて無かったからさっぱり分からなかった。


『東京から父島は約10時間で到着する予定で、船は3時間ほど前に東京より出向しています』


 これは助かったと胸をなでおろす。

 距離1000kmで10時間と言うのは非常に分かりやすい。 つまり、この船は時速100キロで南下して、東京から300キロ地点にいると言う事だ。

 時速100キロ――この船がそんなスピードで航行していたのかと少し驚く。船には乗ったことがないし、風を全く感じないからさっぱり分からなかった。

 これが風や匂いなどを感じることが出来ないHMDの限界なのかもしれない。


 と、その時だった。


 雷でも落ちたかのような轟音が響き、同時に景色が激しく上下する。


「なっ、なんだっ?」


 咄嗟にしゃがんで床に手をついてなんとか転倒しないですんだが、やっと静まったと思ったヘタレ心臓はバクバクと早鐘のように鳴り止まない。


 やがて、轟音は硬質なものを引っかくようなガリガリという不快な音に変わり、揺れも音に合わせるように小刻みな振動へと収束していく。

 何が起こったかと半腰の状態で周りを見渡すが、柵の外は相変わらずの穏やかな海、入道雲は遥か遠く、他には煙一本見えやしない。


(となると、船の下か?)


 揺れが落ち着いたのを見計らい、そっと立ち上がってみると一歩、二歩とよろめく。

 甲板がはっきりと分かるほど傾いていたのだ。


 まずい――そう思うと同時に、すぐ傍にいた少女が消えている事に気付いた。


「お、おい! 大丈夫かっ!」


 慌てて叫び声を上げて周囲を見回す――と、死角になっていた場所で手すりに捕まって立っている彼女を見つけた。

 仮想世界だと完全に割り切っているのか冷静そのもので、怪訝な視線を向けられた。

 思わず騒いでしまった自分がひどく恥ずかしい。


 そこにタイミングよくアナウンスが割って入った。


『あなた方の乗った船は原因不明の事故にあい、まもなく沈没します』


(おいおいおい)


 電車の扉閉まりますご注意下さいのごとく冷静な沈没通知である。

 この通知にも少女は全く顔色を変えていない、自分も早く仮想世界だと割り切らないと試験どころじゃないかもしれない。


『これからあなた方5人は救命ボートで脱出します。船尾に救命ボートがあり、水や食料も10日分ほど積んであります。至急船尾へ移動してください』


 いきなりの移動イベント発生である。

 少女はさっさと船尾に向かってしまい、ポツンと残されて俺はかなり焦った。


(右足、左足……)


 必死で念じながら足を一歩一歩動かし、なんとか船尾に向かった。



 船尾に着くと甲板の端に固定されたボートがあり、その前に他の受験者4人がいた。船首にいた3人にはいつ追い抜かれたのだろうか。

 ピリピリした雰囲気で挨拶するような空気じゃないようなので、ボートをチェックしてみる。

 全長が5メートルほどある大きなもので、スクリューなどの動力はない。

 よく池などでキャッキャウフフしている手漕ぎボートを大きくしただけの物である。


『その救命ボートにあなた方は乗り込みます。その際に持ち込みできる物がボート脇に置いてあります』


 見るとボートの脇にはオールやらドラム缶やらが整理されて置いてあった。


『持ち込み物品は全部で9つ、100リットルの重油缶、100メートルのロープ、オール1セット、海図、懐中電灯、コンパス、鏡、ゲルマニウムラジオ、5メートル四方のビニールシート、その中から必要と思う順にタッチしてください。なお、船はあと10分ほどで沈没します。5分以内に回答しなさい』


 そう来たか、と一つ息を吐く。

 何か壮大な装置と舞台を使ってるわりに、テストの内容はスケールが小さい。

 ひょっとして仮想と現実の切り分けが出来ない俺のような人間が、勝手にテンパって落ちるための舞台装置じゃないかと邪推してしまう。


『また、回答中は一切の会話を禁じます。他者の解答を見るのは構いませんが、相談、アドバイスはもちろん、ジェスチャーや目配せによる指示も出した時点でチーム全体が失格となります』


(解答を見ても構わない?)


 問題としてカンニングありというのは致命的な気がした。


(何かの駆け引きをさせたいのか? 期限ギリギリで全員が回答するようにしたいとか……うーん、違うなぁ)


 ちょっと考えてみたが、どんな意図があるのかサッパリ分からない。

 だが、何らかの意図はあるような気がした。

 例えば、最初の明後日には台風が来るという情報と同じように。


『では、始めてください』


 無機質なアナウンスの声が、気のせいだろうが少しだけ弾んだ気がした。





(うーん、流石にこれはいらんだろ)


 巨大な重油缶を見てから間違いないと頷く。

 こんなものがボートの中にあったら邪魔でしょうがない。

 バラストになるかもとは思ったが、ボートの上に置いたら重心が高くなって、かえってひっくり返りやすくなるだろう。


 次いでラジオを眺める。

 サイズはさっきの試験で使ったデバイスとほぼ同じ、名刺サイズの薄型。イヤホンは高級感がありレトロチックな有線である。

 ゲルマニウムラジオは一時期のラジオブームで流行りに流行った、電源補給の全くいらない永久機関ラジオである。バイト先のディスカウントショップでも定番の商品だったので懐かしささえ覚えるフォルムだ。

 過去の名作小説をプロが毎日音読してくれるシリーズは、金のなかった自分でも楽しめた数少ない娯楽の一つだった。


(っていうか、そもそもこんなところでラジオの電波入るのかな?)


 電波情報に詳しければ分かるだろうが、一か八かで選んでも電波が入らないでは悲しすぎる。

 これも没として、その横にあったオールと海図とコンパスを続けてチェックする。


(これって、台風が来る前に漕いで東京に戻れって事? 確か300キロも沖合いに出てるんだし、ちょっと無理じゃないかな)


 と、思って次のアイテムを見ようとしたときだった。

 ハーフっぽい背の高い男――例の妙な方言を使ってたヤツが何の迷いもなくオールをタッチした。

 次いで海図、コンパスと迷い無くタッチする。


(うお、早っ!)


 次いでビニールシート、懐中電灯、鏡、ロープ、ラジオと次々にタッチしていく。

 そして最後に重油缶をタッチし、お先に失礼とばかりに近くにあったベンチにどっかりと座った。

 ベンチで長い足を組むその態度は冷静そのもの。真似するならしろよと言わんばかりの態度だ。

 迅速な判断といい、悔しいがちょっとカッコいい。


(なんて感心してる場合かよ! 俺も早く選ばないと)


 視線を男から戻す――と、今度はベリーショートの女性、例のバナナさんが男と同じくオールをタッチしていた。

 そして悩みながらシート、海図、コンパス、ロープ、重油缶、鏡、懐中電灯、そしてラジオの順でタッチしていく。

 終わった後で納得がいかないのか眉根を寄せるが、小さく頷いてボートにいつでも乗れるような位置で立ったまま待機を始める。


 二人ともオールを最優先にしており、ボートで上陸する気満々の選択である。

 漕いで上陸できると思っているのだろうが、無理と思ってる自分は何を選ぶべきだろうか。


 厚手のビニールシートがどう使えるのか悩んでいると、次に黒縁眼鏡のお兄さんがいきなりラジオを選択した。


(ラジオがトップ? 情報第一って事かな……にしても、あの二人と180度違うとはね)


 眼鏡のお兄さんはその後、懐中電灯、ロープ、オール、鏡、シート、コンパス、海図、重油缶の順に選択した。

 最後の重油缶に彼が触れるとほぼ同時に、さっき手を引いてくれた娘も一つ目の品に触れる。

 彼女が最優先に選んだのは顔が丸ごと映りそうな大きな手鏡だ。


(鏡ってことは太陽の光を反射させて救助を求める事を優先したのか)


 その考えを裏付けるように、次の選んだのは懐中電灯だった。

 その後はロープ、オール、シート、重油缶、ラジオ、コンパス、海図と確認するように選ぶ。

 

 こっちのおとなしそうな二人は海図を最後に持ってきてる所から、動かないで救助を求める作戦らしい。

 性格が透けて見えるようで中々面白い。


(って、楽しんでる場合じゃない! もう俺しか残ってないじゃないか)


 他の試験者は思い思いに待機しており、誰一人自分が何を選ぶか見ている者はいなかった。もう誰かのチョイスを参考にする必要なんて無いのだから、当然と言えば当然だろう。


 開始してから何分経ったか分からないが、おそらく半分以上過ぎてるだろう。

 タイムアップなんてしゃれにならない。船も徐々に沈んでおり、気が急いて誰かの解答を参考に一気に選んでしまいたくなる。


(ダメだろ! 焦らせるためにこんな状況にしてるんだから、これでテンパったら思うツボじゃないか)


 息を大きく吸い、吐いて。もう一度繰り返す。

 そして、まずは現状を整理しようと決める。

 

 まず回答済みの4人は見事に2つのタイプに分かれた。

 上陸組と救助待ち組――海図は読めない、海にも詳しくない自分は後者を取るしかないだろう。


 では、最優先はどうする?

 ここで救助を待つとなると、船かヘリ。ボートが海流に流されたら早々の発見は難しいだろう。

 となると、一番恐ろしいのは台風だ。


(台風対策……ボートから投げ出されないようにするなら、ロープかな?)


 ボートが転覆したらどうしようもないが、みんなをこれで縛れば少なくとも放り出される事は少なくなるかも知れない。


(うん、死なばもろともって昔の偉い人も言ってるしな)


 まずロープをタッチする。

 次の台風対策は何かと考え、雨がボートに大量に振り込んだらまずいだろうとビニールシートを二番目に選ぶ。


(次は……懐中電灯だよな。昼なら見つかりやすいけど、夜に見つけてもらうには必需品じゃないか)


 うんと頷いて懐中電灯をチョイス、次いで眼鏡のお兄さんに習ってラジオ、鏡の順で選択。

 あとは本当はほとんど要らないセットとしてオール、コンパス、海図の順にタッチ。

 そして、これで最後だと真っ先に捨てるべき重油缶を軽く手のひらで叩いた瞬間、アナウンスが頭の中に響いた。


『――全員の選択を確認しました。これより次の試験に移ります』


 どうやら自分待ちだったようだ。

 申し訳ないと思う気持ちと、減点になってないといいなと言う自己中な気持ちがせめぎあう。


『次の試験はチーム5人で話し合い、先程と同じ救命ボートに持ち込む品を優先順を決めて順にタッチしなさい』


 ベンチに座っていたハーフの男があからさまに舌打ちし、眼鏡のお兄さんはそれを聞いて苦笑する。

 バナナなお姉さんは舌打ちした男をキッと睨み、あの娘は何故か酷く緊張したような顔で硬直していた。

 

 つまりは、この5人で仲良く話し合い、みんなが納得する答えを選び出す必要がある。


(って、無理だろ。うちのチーム意見が真っ二つなのに。どうするんですか、これ!)


 たぶん、最初に選ばせたのはそれぞれの頭の中が固めてしまい、意見を曲げ難くするためだろう。意地が悪い試験にも程がある。

 悩む俺をあざ笑うように、無機質なアナウンスは遠慮なく試合開始を告げた。


『当然、相談禁止は解除。好きなだけコミュニケーションを取って構いません。制限時間は船が沈むまでの残り6分20秒、それでは始めて下さい』


 その声は、やはり少しだけ楽しそうだった。

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