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「そこの君。何か質問でもあるのか」


 壇上に立った中年男――試験官に睨まれるや、周囲の視線も一気に自分に集まってきた。

 漏れる失笑、舌打ち、不快を表す表情の数々。

 

 何もそこまでとは思いながらも気持ちは分からなくもない。

 今この場はエリート達が人生を賭けて必死で挑む戦場なのだ。ポロシャツジーンズの格好で試験開始と同時に間抜けな奇声を上げる奴には、お出口はあちらですと言いたくもなるだろう。


 だが、俺だって初めて夢を描いたのだ。コレくらいで引き下がってたまるものか。

 根性なら負けてないはず、伊達にバイト地獄で場数をこなして来たわけではない。誇れるものと言えばこの雑草魂くらいなのだ。


「――いえ。聞いていたお話とかなり違ったもので、つい」

「ん? ……ああ、なるほど。また会長のゴリ押しか。チッ」


 試験官は手元のタブレットで何やら確認すると、マイク越しに舌打ちした。しかし舌打ちしたいのは俺の方だ。


(あの会長め、無理難題にもほどがある! なにが簡単な試験だ!)


 おそらく、俺と周りにいるリクルーターとは格が違うだろう。自分自身、バイトで人生を終えようとしていたわけではない。できれば正社員になりたいと、あれこれ情報を集めていたのだ。


 しかし、潰れかけの中小企業ですら最低でも高卒以上で、かつ資格が必要。そこそこ有名な企業や公務員となると、有名大学しか受けられなくなる。

 ましてアイナ社と云う世界的企業となれば、超有名大学の中でも有望と認められた一部の人間のみにお声がかかる仕組み、という訳だ。


 つまり、ここにいる連中はおそらく国の頂点レベルの人間ばかり、将来苦労したくなかったら死ぬほど勉強しなさいを真面目に守った既に人生勝ち組な方々、その中で中卒のプーがいったいどうやって立ち向かえというのか。


 考えてみるがいい方法がそう簡単に見つかる訳も無い。

 むしろ、考えれば考える程ダメかもしれないという不安に飲み込まれたまま、無常にも試験は進められた。


「では試験を始めるにあたって説明がある。まず受付で配られたこのデバイスだが、試験合否を知らせるためのものだ。各自取り出して手に持ちなさい」


 俺は受付から貰った名刺型のデバイスをポケットから取り出した。よく見ると表面はディスプレイっぽくなっている。


「このデバイスが赤く光った時点で不合格。即、会場から退出してもらう。その際、デバイスは受付に返すこと」


 合否を伝えるだけの為に、こんな高級そうなデバイスを使うというから驚きだ。


(くそぉ、金があるなぁ。って、もしこれが赤くなったらすぐに帰らなきゃいけない訳か……あ!)


 そこまで想像した時、交通費という存在に考えが行き着いた。

 なにせここまで来るのに筑波リニアを使ったこともあり、かなりの交通費を使ってしまった。


 こんな訳も分からないまま試験に落とされたとして、最低でも交通費も無しに帰れない。


「さて、説明は以上だが何か質問はあるか?」


 染み付いた貧乏根性から俺は即座に高々と手を上げた。

 だが、手を挙げたのは俺だけではなかったようだ。なんと試験会場にいた半数ほどの人間もスッと手を上げたのだ。

 

 次いで、それにつられるようにバラバラと数人が手を挙げた瞬間だった。


 ピーーーー 


 そこかしこから耳障りなアラーム音が会場中に鳴り響く。

 同時に「うわぁ!」だの「きゃあ!」だの短い悲鳴がそこかしこから上がった。

 

 見回すと、そこらのデバイスが赤い光を放っていた。


「……では、以上で第一次試験を終了する」


 会場が混乱する中、試験官は壇上から冷静かつよく通る声でそう宣言した。

 その結果、会場で渦巻く混乱の声はより沸きあがったのだが。


 ザワザワと騒ぎ続ける様子を試験官はうんざりした顔で見回し、大きく息を吸った。


「騒ぐな!」


 超強化ガラスが震えるのではと思うほどの怒声に、場内は一気に静まり返った。


 そこから一拍置いて、男は浅くため息をつくと、元の冷静な声で続ける。


「言ったはずだ。デバイスが赤く点灯した者は不合格、早々に会場から退出しろ」


 そこに一人の女性がスッと手を上げたので、試験監は顔を僅かに動かして発言を許す。


「な、納得できません。こんな事で不合格だなんて」


 かすかに震える声でそう抗議するが無理もない。

 中にはアイナ社に長年恋焦がれて挑戦したものいるだろう。それが一瞬で、しかも約半数、およそ1000人ほどが訳も分からないままに蹴落とされたのだ。

 だが、壇上の試験管はその意見を鼻で笑った。


「当然だと思うがな。なぜなら先ほどの私の説明は明らかに不十分だった。たとえば携帯だ。今や携帯さえあれば大よそこのことは可能だ。それを試験に使用してもいいのか、と言った大前提ですら私は説明していない」


 携帯を持っていない俺からしてみれば盲点な質問な訳だが、結果オーライに冷や汗を拭う。


(た、助かった。電車賃も立派な質問ですよね。うん)


 険悪な雰囲気の中、試験官は苛立ちを隠そうともしない大声で説明を続けた。


「実際のところ携帯は持ち込み可能で使用禁止だ。他にも禁止事項やトイレの制約など、聞いておくべき情報はいくらでもある。それを聞かない、ただ口を開けて待っているような社員など採用したいと思うのか?」

「……でも、わ、私は手を上げました」

「釣られて、だろう?」


 男の言葉に女性の顔色が変わる。


「配布したデバイスはただ光るだけの機材ではない。手に持つことで簡易的ではあるが正確な意識チェック機能を有している。今回は手を上げなかったもの、釣られて手を上げた者をチェックした。指示に背いてデバイスを手にすら持っていなかった奴は論外だ!」


 女性は耐えかねたように顔を下げて手で覆うと、人波を掻き分けるように出て行った。

 しかし、まだ赤く光ったデバイスが納得できないとその場で動こうとしない者達に男は追い討ちをかけた。


「まだ説明を受けたいという者がいるようなので教えてやろう。我々が欲しいのは新人ではなく戦力だ。入社したら会社が教育して当然、フォローされて当然、納得いくまで説明を受けて当然、こんな者は戦力ではない、ただの荷物だ。即刻退場しろ!」


 その言葉が止めとなり、プライドの高いエリートは唇をかみ締めながら退場し始めた。


 しかし、想像してた入社試験の雰囲気とえらく違う。

 もう少し和やかなモノを想像していたが、試験内容は横暴に近いし、試験官の言葉選びもあまりにどぎつい。

 バイトをしていると雇い主や先輩の五人に一人くらいはこんな物言いの人がいる。しかし、怒鳴られるのには慣れてはいると言っても、気持ちのいいものでは決して無い。


「では改めて試験のルールを説明する。禁止事項は携帯を含む持込品の操作。鏡やハンカチも相当する。また、許可を得ない発言や退室も禁止。トイレについても例外はない。試験前に行っていない馬鹿は不要だ」


 そう言われるとしたくなってくるもんでしょうが、と内心で文句を言った。

 前に行ったのは列車から降りた直後の一回きり、まだやばい程ではないが気になってくる。


「今後は配布されたデバイスを手放した者も指示すら聞けないクズと判定し不合格とする。分かったか!」


 クズ――その言葉とヤクザめいた試験官の言葉と迫力に、誰もが知らずデバイスを強く握り締める。

 試験場は落ちた針の音すら響きそうな静寂に包まれ、誰かのゴクリと息を飲む音までもがハッキリと聞こえてきた。


「これから二次試験を開始するが、最後に忠告する。この程度で怖気づくような温室育ちの使えない奴、仕事をなめてる覚悟の無い奴は――」


 試験官が大きく息を吸うのが見え、俺はまたかと眉をしかめる。


「今、この場から出て行け!」


 その声が響いた数秒後だった。


 ピーーーー


 再び、あちこちから悲鳴が上がった。


(……は!?)


 まさかと思ったが、周囲を見回すと多くのデバイスが無情にも赤く光っていた。

 幸い、自分のデバイスは真っ黒に沈黙したままだが、赤いデバイスを握っている者は泣きそうな顔でそれを凝視している。


「以上で二次試験を終了する。デバイスが赤く点灯した者は直ちに退出願う」


 確かに二次試験を始めるとは言ったが、なんかもう無茶苦茶である。


「また理由を聞きたがる者がいると思うので説明するが、今の試験は心の強さを計測した。覚悟の足りない者、ブランド志向で会社を選んでいる者、叱られる時に恐怖しか感じない者を選定した。我が社の精神疾患率は残念ながら高く、精神的にタフな者が求められている。悪いが退出願う」


 そこで、明らかに試験官の言葉が柔らかくなっているのに気付いた。

 おそらくだが、今までのヤクザまがいの態度はストレスを与える試験の一環だったのだろう。


(うーん、でもまあエリートが打たれ弱いってのは良く聞く話だよな)


 入社してすぐに精神的ノックアウトされて使い物にならなくなったとか言う話はエリート程多いと聞いた事がある。

 しかし、よく考えると自分も相当やばかった。

 もし、さっきの試験官の脅しの中に「職場でお荷物になると考えている者」とか、単純な能力不足を指摘されていたら迷わず「ダメかも」と不安になっていた事だろう。


(いやいや、結果オーライ。運も実力の内だって、ラッキーで勝った人はみんな言ってるし)


 とくかくこれで受験者はさらに減り、残りは当初の4分の1ほどにまで減ってしまったが、それでもまだ500人ほど残っている。

 一体何人合格するのか分からないが、500人とも合格と言う事は無いはずだ。

 ここまで来たら、なんとしても最後まで食らいついてやる。


「では、次の試験に進みます。各自、デバイスを確認しなさい」


 すっかり口調が穏やかになってしまった試験官がデバイスを見せる。

 と、そこに数字が浮かんでいた。


「そこに表示されているのは席の番号です。奥の部屋に入ってその席の番号に座りなさい。その時点でデバイスをテーブルにセット、立体ディスプレイに表示される画面から各自好きな科目を3つ選びなさい」


(科目?)


 その言葉に嫌な予感が最新の超ナメコ栽培キットのごとくニョキニョキと増殖する。

 逆に周囲のリクルーターからは安堵のため息が漏れる。


「では、今から10分後に学科試験を開始しますので」


 終わた。

 はい、完全に終わりましたよ。


 目に浮かんだ涙をぬぐい、俺は屠殺場に向かう家畜のごとく次の試験会場へと向かうのだった。

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