或る少年の奇怪な人生
ふと気がつくと、僕は校舎の屋上にいた。なぜこんな所にいるのか、理由が思い出せない。わかるのは、今僕の気分は非常に落ち込んでいるということだけだった。空はこんなにも晴れ渡っているというのに。むしろ晴れ過ぎである。一応夏服を着ているものの、その効果はほとんど感じられない。
これ以上こんな所にいても仕方が無いので、僕は教室に戻ろうと思った。だが、僕の意志に反して何故か別の場所へと向かって行く。そして道中気付いたことがある。顔以外の体中、特に腹や背中がズキズキするのだ。誰かに殴られたのだろうか? 心当たりはあるものの、記憶には無い。あるのは陰鬱とした気分だけだった。
しばらくして、僕は校舎裏の一角に辿り着いた。そこには不良グループの連中が居り、ニヤニヤしながらこちらを見ている。そして彼等の傍まで行くと、僕はなぜかその場に横たわった。自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない。僕が倒れこむと、彼等は僕を蹴り始めた。しかも傷の痛む箇所を正確に攻撃してくる。痛みにのた打ち回りながら、僕は必死に耐えた。
そして、僕の意識はここで一度途絶えた。
次に気がつくと、僕は風呂に入っていた。体の傷が微かに沁みる。気分も相変わらずどんよりとしたままだった。
あまり長々と入る気もしなかったので早々に風呂から上がった。ふと体を見て気付いた。それは、傷がかなり癒えているということだ。
不思議に思いながらも風呂場を出て脱衣所へと移動した。すると、何故か僕はすぐに服を着始めた。そんなことをすれば服が濡れてしまうのにと思った。だが何故か体は濡れておらず、衣服も濡れることなく着用された。
妙なこともあるものだと思ったが、今は自分の境遇をなんとかすることが先決だった。担任の先生に相談してみるか? 当てにはならないだろうと考えたが、このままでいるよりはマシだと思った。
そうして今後の対策を考えているうちに、僕の意識は再び途絶えた。
意識を取り戻した時、僕は生徒指導室にいた。他にも担任の先生と、僕をいじめている不良グループの生徒達がいる。先生が不良グループに何やら話をしているが、内容が上手く聞き取れない。雰囲気から察するに、恐らくは説教をしてくれているようではあった。
先生がひとしきり話し終える。すると、不良グループは何も言わずに部屋から出て行った。やはり駄目だったようだ。先生も後に続くように部屋から出て行った。僕に一言の声もかけることなく……
僅かながらも期待をしていただけに、僕の落胆は大きなものだった。そのせいなのだろうか、僕はまた意識を失った。
再び意識を取り戻すと、僕は教室にいた。服装もいつの間にか夏服ではなくなっていた。衣替えを終えているらしい。
しかし服装は変わっても気分は相変わらず最悪……かと思ったが、それ程でもなかった。その理由はすぐにわかった。不良グループのいじめ内容が、随分とおとなしいものになっていたからだ。先生の説教が効いたのだろうか? 今までの殴る、蹴るから、僕の机や持ち物に対する嫌がらせ程度になっていた。
とはいえマシになったというだけだ。こんなことをされていれば、やはり気分は憂鬱なままではあった。しかし、この後にとても不思議なことが起きた。
またしても僕は意識を失ってしまっていた。そして、気がついた時には教室で自分の席に座り、机を眺めていた。そこには大量の落書きがあったのだが、驚いたことに不良グループの生徒達が僕の目の前でその落書きを消してくれているのだ。
彼等がこれ程までに反省してくれていることを嬉しく思ったのだが、なぜか僕の気持ちは晴れずにいた。今までされてきたことに対する恨みなのだろうか? 広い心を持とうとしたが、僕の憂鬱な気分は変わらなかった。彼等は笑顔で作業してくれているというのに。
ただ、彼等の作業は不思議なものだった。彼等は雑巾等を使用することなく、その手に持ったマジックで落書きを消していた。彼等がマジックで落書きの上をなぞると、その部分が綺麗になっていたのだ。何か特殊な溶剤が使われたマジックなのだろうか?
その疑問を口にしようとした時、再度僕の意識は途絶えてしまった。
気がつくと僕は教室にいた。外を見るとシトシトと雨が降っている。時計に目をやる。とうに放課後の時刻になっており、手にはホウキがある。そうだ、僕が掃除当番だった。しかし教室には僕しかおらず、他には誰もいない。
一人で教室掃除をしているのだろうか? いや、そんなはずはない。他にも掃除当番の人間がいるはずである。
ふと教室の入り口に目をやると、不良グループの連中が入ってきた。彼等も掃除当番なのだろうかと思ったが、彼等は掃除をすることなく突如僕にちょっかいをかけてきた。
暴力を振るってくることはなかったが、脅すような態度で僕に何か言ってきている。恐怖のせいだろうか、僕は彼等の言っていることがきちんと聞き取れずにいた。
彼等が話を終えたところで、僕は勇気を振り絞って彼等を注意した。こんなことを彼等に言うなんて、この上なく躊躇われる行為だった。
だが最近の彼等の様子を思えば、こちらがきちんと主張すれば話を受け入れてくれるのではないか? そう思ったのだ。緊張していたためか、僕は自分の喋っている内容がわからなかった。
そして、彼等を注意し終えたところで僕の意識は途絶えてしまった。次に意識が戻った時、彼等はどうなっているのだろう? 願わくば、僕の注意が聞き入れられているように。そう思いつつ、僕は目の前が真っ暗になることを確認した。
僕は目を覚ました。場所は教室だった。そして自身の変化に気付いた。心が、とても晴れやかなのだ! まるで、窓から見える青空のように。綺麗に色づいた桜の花も、僕を祝福してくれているように感じる。
周りのクラスメイト達も優しく接してくれて、僕をいじめていた不良グループ達も、特に何をするでもなくただ教室でたむろしていた。僕に何かしようという気配は感じられない。
僕の人生はこれからきっと素晴らしいものになっていくに違いないと思った。根拠は無かったが、きっとそうなのだと確信していた。
ふと教壇の上に立っていた先生が教室を出て行く。皆も教室から出て行き、つられるように僕も教室を後にした。
向かった先は体育館だった。体育館にはおよそ一学年分の生徒がいる。また、生徒だけでなく多くの父兄もいる。今日は何か特別な日だっただろうか?
思い出そうとするが、そもそも今日が何月何日なのかわからないでいることに気付き、周囲に何かわかるようなものがないか探してみる。そして、舞台横に立てられている看板に目が止まった。同時に、僕は自分の目を疑った。なぜなら、その看板には『入学式』という文字が書かれていたのだから。
入学式? なぜ今さら入学式なのだ? そんなものはとっくに終えているはずだ。でなければ今まで過ごしていた時間は何だったというのだ。
混乱する頭を必死に整理し、冷静さを取り戻そうと試みる。そのとき僕はさらに奇妙な事実に気付いてしまった。僕は僕自身の姿を、頭上から眺める形で見ていたのだ。自分の全身を、俯瞰で捉えている。それから校長が壇上から降りていくのが見えた。だが、体の向きと進行方向は『逆』だった。
その時、僕は気付いてしまった。自分が今まで何を見てきたのかを。そう、全ては『逆』だったのだ……
その瞬間、僕の視界は真っ暗になり、意識は深い闇へと落ちていった。
視界はまだ暗い。しかし、それを認識できるということは意識が戻っているということだった。
気分は極めて憂鬱で、全身にとてつもない痛みが、それこそ死んでしまうのではないかと思える痛みがあった。
目を開こうとするが瞼が重い。瞼の筋肉に意識を集中させ、僅かに目を開ける。視界には空があった。だが、青いはずの空は血のような赤に染まっている。
また、多くの人間が僕の周りにいることも確認できた。強張った表情の生徒、叫び声をあげる生徒、必死に何かをしている教師。そして、満足そうな薄ら笑いを浮かべている不良グループの連中。
皆がそれぞれの行動をとる中、誰一人として、悲しんでいる者だけはいなかった。
そして僕の意識が再び戻ることは、無かった。
(終)
初めまして。大江彗人と申します。
本作品を読んで頂き、ありがとうございます。
本作品が初投稿となるのですが、いかがでしたでしょうか?
今後も駄作ばかりを書いていくかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。